推定質量“太陽327億個分”のブラックホール 重力レンズを利用して確認
【▲ 図1: ブラックホールの想像図。背景がリング状に歪んでいる部分があるが、これは重力レンズ効果で実際に起こる現象である(Credit: ESA/Hubble, Digitized Sky Survey, Nick Risinger (skysurvey.org), N. Bartmann)】

超大質量ブラックホール(超巨大ブラックホール)」とは、ほとんどの銀河の中心に存在すると言われている、非常に大きな質量を持つブラックホールです。その質量は、小さなものでも太陽の数十万倍、大きなものでは100億倍を超えるとも推定されています。

しかし、超大質量ブラックホールの性質はほとんど明らかになっていません。その理由の1つは、直接・間接を問わず、超大質量ブラックホールの観測データがほとんどないためです。

【▲ 図1: ブラックホールの想像図。背景がリング状に歪んでいる部分があるが、これは重力レンズ効果で実際に起こる現象である(Credit: ESA/Hubble, Digitized Sky Survey, Nick Risinger (skysurvey.org), N. Bartmann)】
【▲ 図1: ブラックホールの想像図。背景がリング状に歪んでいる部分があるが、これは重力レンズ効果で実際に起こる現象である(Credit: ESA/Hubble, Digitized Sky Survey, Nick Risinger (skysurvey.org), N. Bartmann)】

天体において最も基本的な情報である質量の値でさえ、大半のブラックホールは推定に頼っています。例えば、天の川銀河の中心部にある超大質量ブラックホール「いて座A*」は太陽の約430万倍の質量を持つと算出されています。これは、私たちから見て近い位置にあるブラックホールであり、周辺を公転する恒星から算出可能であるという理由があり、非常に例外的です。大部分の超大質量ブラックホールの質量の推定には、ブラックホールを持つ銀河の総質量から推定する方法と、銀河中心部からの放射エネルギーやスペクトル線の性質から推定する方法が主に利用されていますが、どちらも超大質量ブラックホールそのものを観測しているわけではなく、推定するためのモデルも不完全なため、非常に曖昧な数値しか算出されません。

こういった背景状況の中で、「エイベル 1201 BCG(Abell 1201 BCG)」と呼ばれる銀河は、超大質量ブラックホールの質量を直接測定することが可能な数少ない銀河です。約27億光年先にあるエイベル 1201 BCGでは、近年の観測により、円弧状の構造が発見されています。これは、エイベル 1201 BCGが「重力レンズ効果」によって光を曲げ、地球から観てエイベル 1201 BCGの後ろ側にある銀河の像を歪めた結果であると考えられています。

重力レンズ効果は、重力が時空を歪めるという一般相対性理論で予言された効果であり、どのように光が曲げられるのかは計算可能です。エイベル 1201 BCGに観られる円弧状の構造物は、極めて狭い半径かつ大質量の物体によって生じたものであり、その密度は超大質量ブラックホール以外では説明がつきません。

初期分析値となる2017年の推定では、エイベル 1201 BCGにある超大質量ブラックホールは太陽の約130億倍の質量を有すると推定されました。ただし、当時はまだ円弧状の構造についてあまり解像度の高い画像が得られていなかったことや、銀河に含まれる恒星や暗黒物質といった他の重力源の量や分布の推定に不十分な点があったことから、確かさがあまり高くない数値であるという問題がありました。

【▲ 図2: エイベル 1201 BCGの観測画像。上下の違いは異なる波長で観測されたことを示している。中央列はエイベル 1201 BCG本体を差分で除去した画像であり、残された円弧状の構造物は、重力レンズ効果によって歪められた、エイベル 1201 BCGの後方に存在する銀河の像である。 (Image Credit: Nightingale, et.al) 】
【▲ 図2: エイベル 1201 BCGの観測画像。上下の違いは異なる波長で観測されたことを示している。中央列はエイベル 1201 BCG本体を差分で除去した画像であり、残された円弧状の構造物は、重力レンズ効果によって歪められた、エイベル 1201 BCGの後方に存在する銀河の像である(Credit: Nightingale, et.al)】

ダラム大学のJ. W. Nightingale氏らの研究チームは、この状況を改善するためにエイベル 1201 BCGの再観測と分析を行いました。

まず、研究チームはハッブル宇宙望遠鏡の「広視野カメラ3 (WFC3/UVIS)」を使用し、合計5回・露光時間7150秒分の観測を行い、エイベル 1201 BCGの紫外線および可視光線での画像を新たに取得。次に、イギリスの統合スーパーコンピューティング施設「DiRAC(Distributed Research using Advanced Computing)」にて、重力レンズ効果のモデルソフト「PYAUTOLENS PYAUTOLENS」を使用したスーパーコンピューターによる解析を行いました。

DiRACでの解析は、超大質量ブラックホールの質量と位置が異なる銀河を仮定して数十万回のシミュレーションを実行することで、どのモデルがハッブル宇宙望遠鏡の撮影画像と一致するのかを検証するために行われました。この方法により、エイベル 1201 BCGの中心部にある超大質量ブラックホールの質量を推定できます。

検証の結果、撮影画像と最も一致するモデルでは、エイベル 1201 BCGの超大質量ブラックホールは太陽の約327億倍(115億倍から519億倍の間)の質量を持つと推定されました。この質量値は、エイベル 1201 BCGの超大質量ブラックホールが放射エネルギーなどの間接的な推定方法に寄らずに発見された最も重いブラックホールであることを意味します。

エイベル 1201 BCGの中心部にブラックホールは存在せず、明るい天体も存在しないという非現実的な仮定の下でも、中心部の物質質量の上限は太陽の530億倍であると推定されています。異なる仮定にもとづくモデルの計算結果がほぼ同じような上限値を示したことは、計算モデルが妥当であるという検証にも繋がります。

一方、今回の研究成果は従来の定説に対して疑問も投げかけています。これまでの観測成果をもとに、超大質量ブラックホールの質量と銀河内の天体の運動速度には相関関係があると言われています。しかし今回の観測結果からは、エイベル 1201 BCGの超大質量ブラックホールの質量は相関関係から大きく外れた値であることも判明しました。

近年、超大質量ブラックホールの質量が詳しく観測された銀河では、このように相関関係から外れた値が見つかることが増えています。天体の運動速度から超大質量ブラックホールの質量を推定する従来の考え方は修正が必要になるかもしれません。

 

Source

文/彩恵りり