多くの人口を養うには安定した食料供給源となる農業が欠かせず、農業を維持するためには正確な暦が欠かせません。古今東西の様々な文明が、暦を作るための正確な天文学的技術を発達させてきました。

しかしながら、16世紀以前のメキシコ盆地に住んでいた人々の場合は謎でした。1519年にスペイン人が到達する前、メキシコ盆地の人々はアストロラーベ、コンパス、日時計などの測定機器を持っていませんでした。それにも関わらず、メキシコ盆地周辺の人口は300万人以上であったと推定されています。この頃に最盛期を迎えていたスペイン帝国の最大都市セビリアの人口が当時5万人未満であったと推定されることを考えると、これは驚異的な違いです。

メキシコ盆地の気候は、農業にとってかなり難しい予測を伴います。春は乾燥している一方、夏と初秋にはモンスーン型の長雨 (日本で言う梅雨や秋雨のようなもの) が続きます。特に、春の半ばの天候は予測が難しいことで知られています。時々、長雨の時期になる前に雨が降り続くことがあり、もしこのタイミングで作付けをしてしまうと、その後の乾燥が発芽に悪影響を及ぼす可能性があります。

逆に、夏の長雨に入ったことを確認してから作付けを始めると、トウモロコシの生育期間を十分確保できないおそれがありますし、すでに生えている雑草との競合も考えられます。天候のみで作付けの時期を決定することがかなりのリスクを伴う以上、正確な暦の作成は欠かせないはずです。では、古代のメキシコ盆地の人々は、どのようにして正確な暦を測ったのでしょうか?

カリフォルニア大学リバーサイド校のExequiel Ezcurra氏らの研究チームは、複数の角度から、当時の人々がどのように正確な暦を作成したのかについて研究を行いました。

まず、すぐに気が付くのは、メキシコ盆地から見た景色です。太陽の昇る東側を見ると、いくつかの山の頂上が春分や夏至の太陽の位置と非常に近い位置にあることがわかります。裏を返せば、太陽の昇る位置から日付を決定することができるわけです。

ただし、太陽の昇る位置の変化は季節によって異なります。たとえば、春分や秋分の頃に太陽が昇る位置はほぼ1日で山の頂上から外れる一方で、夏至や冬至の頃の太陽は10日間程度は同じ場所から昇っているように見えます。太陽の昇る位置と山頂の位置が一致しているといっても、それだけでは暦の基準として用いられた証拠とは言えません。

【▲ 図1: トラロック山にある寺院跡。写真右側が東側で、西に石壁で作られた通路がある。この通路の角度は中庭と直角には接していない。 (Image Credit: Ben Meissner) 】

【▲ 図1: トラロック山にある寺院跡。写真右側が東側で、西に石壁で作られた通路がある。この通路の角度は中庭と直角には接していない。 (Image Credit: Ben Meissner) 】

【▲ 図2: 2022年2月25日7時20分に、寺院の通路から中庭の方を見た写真。太陽が通路の直線上から昇っている。 (Image Credit: Ben Meissner) 】

【▲ 図2: 2022年2月25日7時20分に、寺院の通路から中庭の方を見た写真。太陽が通路の直線上から昇っている。 (Image Credit: Ben Meissner) 】

そこで、当時の写本の記述を調べると、いくつかの記述がトラロック山について言及していることが分かりました。雨と雷の神の名を持つこの山には、長さ150mもある、両側を石壁で囲われた道があります。この道は中庭に通じており、全体で寺院を構成していたと考えられています。

ただ、中庭へと続く道は西側の斜面に傾斜して作られている上に、中庭に対して直角には接していません。計算してみると、この道から中庭の方を……つまり東の方向を見ると、2月23日から2月24日にかけて太陽が昇る位置と一致することがわかりました。2月24日は当時の暦で1年の最初の日に当たるため、この構造は意図的に設計されたことがわかります。

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このような寺院を建設する場所にトラロック山が選ばれた理由としては、同じく神聖であると見なされているテペヤック山との関係が推測されます。この日にテペヤック山の山頂からトラロック山を見ると、ちょうど山頂の位置に太陽が昇るためです。

【▲ 図3: 2022年2月26日7時20分に、テペヤック山山頂からトラロック山の方向を向いて撮影した写真。古代の人々の新年から少し過ぎた時期に撮影したため、太陽の位置が山頂から約1度北にずれている。 (Image Credit: Ben Meissner) 】

【▲ 図3: 2022年2月26日7時20分に、テペヤック山山頂からトラロック山の方向を向いて撮影した写真。古代の人々の新年から少し過ぎた時期に撮影したため、太陽の位置が山頂から約1度北にずれている。 (Image Credit: Ben Meissner) 】

これらのことから、当時の人々はメキシコ盆地の景観をうまく利用して、正確な暦を作成していたと推定することができます。太陽が昇る位置を利用することによって、高度な測定機器や、うるう年の調整のための高度な計算機器を使用せずとも、農業を維持するための正確な暦が作成できたと推定されます。

 

Source

  • Exequiel Ezcurra, Paula Ezcurra & Ben Meissner. - “Ancient inhabitants of the Basin of Mexico kept an accurate agricultural calendar using sunrise observatories and mountain alignments”. (Proceedings of the National Academy of Sciences)
  • Jules Bernstein. - “Precise solar observations fed millions in ancient Mexico; Aztec farming calendar accurately tracked seasons, leap years”. (University of California - Riverside)

文/彩恵りり

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