地球の月の誕生をめぐっては、初期の地球に火星程度の大きさの原始惑星が衝突した際に飛び散った破片から形成されたとする「巨大衝突(ジャイアント・インパクト)説」が有力視されています。巨大衝突によって誕生した月では揮発性物質が存在しないと考えられてきましたが、現在の月において揮発性の元素である炭素の流出が初めて明らかになったとする研究成果が発表されています。
■JAXAの月周回衛星「かぐや」の観測データから炭素イオンの流出を確認
横田勝一郎氏(大阪大学)、渋谷秀敏氏(熊本大学)らの研究チームは、2007年から2009年にかけて月を周回した宇宙航空研究開発機構(JAXA)の月周回衛星「かぐや」による観測データを分析した結果、月面全体から炭素イオンが流出し続けていることが判明したと発表しました。流出する炭素イオンは形成された年代が新しい月の海のほうが月の高地よりも多く検出されており、地域によって差があることもわかったといいます。
NASAのアポロ計画によって集められた月面のサンプルに対する分析の結果、月には水や炭素といった揮発性物質が存在しないと考えられてきました。これは揮発性物質の蒸発をともなう巨大衝突によって生じた破片から月が形成されたとする従来の巨大衝突説(ドライ説)とも矛盾しません。
しかし近年になって、アポロ計画で得られたサンプルの再分析やその後の月探査機による観測などの結果、月にも揮発性物質が存在する証拠が得られるようになりました。特に月の南極域には水の氷がそう深くないところに埋蔵されているとみられており、NASAのアルテミス計画でも南極域での有人月面探査が計画されています。
今回の研究では、「かぐや」のプラズマ質量分析装置の観測データから算出された炭素イオンの流出量をもとに、月の炭素は太陽風や小天体の衝突によって後からもたらされたものではなく、月が形成された当初から炭素が存在していたことを示唆するものだとしています。
研究チームは、近年の研究成果をもとにある程度の揮発性物質が存在していたとする巨大衝突説(ウェット説)が最近になって提唱されていることに言及し、今回の結果はこのウェット説の観点から月の形成史を見直す契機になると期待を寄せています。
Image Credit: JAXA
Source: 熊本大学
文/松村武宏