インド宇宙研究機関(ISRO)の火星探査機マーズ・オービターが9月24日、火星を回る軌道へ入った。これにより火星は、米航空宇宙局(NASA)、欧州宇宙機関(ESA)、そしてISROの3機関による、史上最多の計7機もの探査機がひしめきあうこととなり、人類の火星探査の新たな章が始まった。

マーズ・オービターはインド標準時2014年9月24日7時17分(日本時間2014年9月24日10時47分)、火星の周回軌道に入るためのスラスター噴射を開始した。噴射時間は約24分間が予定されていた。

噴射の開始と終了は、すべて探査機自身のコンピューターの指令によって行われるため、運用チームはその成否を見守ることしかできない。さらに、噴射の開始直後に、探査機は地球から見て火星の裏側に入ってしまうことから、成否の確認は、探査機が火星の裏側から出て、データを送信し、さらにその電波が、火星と地球との距離を12.5分掛けて飛んでくるのを待たねばならなかった。

運用チームが固唾を呑んで待つ中、8時00分(同11時30分)に探査機からのデータが到着、噴射を予定通り終え、火星を回る軌道に入っていることが確認された。今後探査機は、より大容量のデータを送受信できるアンテナを地球に向ける予定で、軌道投入に関するより詳細な情報が送られてくることになっている。

この成功により、現在火星には、NASAの周回衛星2001マーズ・オデッセイとマーズ・リコネサンス・オービター、メイヴン、また無人探査車のオポチュニティとキュリオシティ、さらにESAの周回衛星マーズ・エクスプレス、そして今回のISROのマーズ・オービターによる、計3機関による、7機もの探査機が活動することになる。これは同時期の運用数としては過去最多となる。

マーズ・オービターの開発は2012年8月に始まり、開発期間は2年2ヶ月ほどと破格の短さである。また開発費も約45億4000万インドルピー(日本円で約70億円)ときわめて安価だ。もちろん物価の違いがあるため、他国からは安く見えても、インド自身にとってはかなりの出費ではある。

機体は、ISROがかつて開発した、通信衛星や測位衛星の技術を応用して製造されている。打ち上げ時の質量は1,337kgほどと、火星探査機としては軽い部類に入る。

インドにとってマーズ・オービターは、2008年に打ち上げた月探査機チャンドラヤーン1に続く2機目の宇宙探査機であり、そして初の深宇宙に飛ぶ探査機でもある。したがって、深宇宙探査での宇宙機の運用技術を獲得することを、第一の目的にしている。

一方で科学観測がないがしろにされているわけではなく、メタンの検出を目指したMSM(Methane Sensor For Mars)と呼ばれるセンサーをはじめ、5種類の観測機器が搭載されており、火星の地表から大気までの幅広い範囲に渡る観測が行われる。またNASAの火星探査機と連携した観測も行われる予定だ。特にメタンに関しては、これまでの探査機による探査によって火星大気中にその存在が確認され、生命活動がある証拠ではと期待されていたが、つい先ごろ、NASAのキュリオシティによる観測では検出されなかったと発表されたこともあり、同機による観測結果が注目されるところであろう。

マーズ・オービターは2013年11月5日、PSLVロケットに載せられ、サティシュ・ダワン宇宙センターの第一発射台から打ち上げられた。

打ち上げ後、探査機はまず地球を回る軌道に乗り、そこから6回に分けて軌道変更を行った。途中、4回目の軌道変更において不具合が起き、予定していた軌道に乗れなかったものの、修正を行い挽回した。そして12月1日に、火星へ向かう軌道に乗った。その後は順調に航行を続け、今年9月14日には、火星軌道投入時に使用されるコマンドの送信が行われた。また22日には、今回の軌道投入時に使用されたスラスターの試験噴射も行われており、ISROは万全の体制で火星軌道投入に挑んだ。

火星到着後は、火星にもっとも近い高度が365.3km、もっとも遠い高度が80,000kmの楕円で、かつ赤道からの傾きが150度の軌道を回り、6ヶ月から最大10ヶ月に渡る探査を行う予定となっている。

火星に探査機を送り込むことに成功したのは、米国、旧ソ連、欧州に続き4例目となる。また、最初の挑戦で成功したのは、欧州に続いて2例目となる。

マーズ・オービターの火星到着は、火星探査の歴史に新たな一ページを刻み込んだのと同時に、科学という人類の長年に渡る共同作業の、新たな章の始まりともなった。今後も、2016年にNASAの火星探査機インサイト、またESAとロシア連邦宇宙局との共同ミッション、エクソマーズの第1段階に当たる火星周回機トレイス・ガス・オービターと、着陸の技術実証機(EDM)が打ち上げられる予定となっている。また2018年には、エクソマーズの第2段である着陸機と探査車が打ち上げられ、2020年にも現在火星で活動中のNASAの探査車キュリオシティを改良した新しい探査車が打ち上げられる予定だ。さらに2030年代には、NASAを中心とした国際共同計画として、火星の有人探査も計画されている。

 

■ISRO: Mars Orbiter Mission
http://www.isro.gov.in/mars/updates.aspx