アメリカ航空宇宙局(NASA)は2024年4月15日付で、米国の現地時間2024年3月8日にフロリダ州ネイプルズの住宅へ落下した物体について、国際宇宙ステーション(ISS)から放出された人工物の一部だったとする調査結果を明らかにしました。【最終更新:2024年4月17日16時台】
NASAによると、回収された物体の寸法と特徴、それに材料の分析を行った結果、落下したのはISSで使用されていたニッケル水素バッテリーを廃棄する時に使用された金属製の部品の一部だと判断されました。こちらの画像には落下物の実物と金属製部品が並んで写っていますが、落下物はサイズなどの特徴が部品の支柱部分とよく一致するように見えます。
ISSでは経年劣化にともなうバッテリーの劣化や発電能力の低下を補うために、古いバッテリーを新しいバッテリーに交換したり、新しい太陽電池アレイを増設したりする作業が数年かけて実施されてきました。ニッケル水素バッテリーの廃棄もその一環として行われたもので、今回の落下物は宇宙ステーション補給機「こうのとり(HTV)」9号機の曝露パレットに搭載された状態で2021年3月11日にISSから投棄されたバッテリーに関連しています(詳しい経緯は後述)。投棄時点で約2.6トンあった曝露パレットは2年~4年後に大気圏へ再突入すると予想されていました。
欧州宇宙機関(ESA)はこの曝露パレットが協定世界時(UTC)2024年3月8日に大気圏へ再突入する可能性があると前日付で発表していました。再突入の予想日はネイプルズに物体が落下したのと同じ日であり、バッテリーを曝露パレットに取り付けるために使用された部品の一部が燃え尽きずに地上へ到達したものとみられています。
NASAは曝露パレットやバッテリーなど放出された物体は全て燃え尽きると予想されていたと述べています。一方、ESAは前述の再突入予想の発表にて、人に被害が及ぶリスクは非常に低いとした上で、一部が地上に到達する可能性に言及していました。今回の人工物落下を受けてNASAは、地球低軌道での運用に責任を持ち、地上の人々を保護するべく人工物を放出する際のリスク軽減に引き続き尽力するとしており、今回落下した部品の一部が地上に到達した理由を特定する作業を進めるとともに、大気圏に再突入する物体の挙動を推定するための工学モデルを必要に応じて更新するということです。
■どうして「こうのとり」9号機の曝露パレットは放出されたのか
前述の通り、今回落下した物体は「こうのとり」9号機の曝露パレットにニッケル水素バッテリーを固定するために使用された部品の一部と判断されました。曝露パレットは2021年3月に投棄されてから3年間、制御されない状態で地球低軌道を周回し続けていたことになりますが、そもそもなぜISSから投棄されることになったのでしょうか。
ISSでは2016年から2020年にかけて、古くなったニッケル水素バッテリーをGSユアサが開発・製造したリチウムイオンバッテリーに交換する作業が行われました。同社によると、ISSでは48個のニッケル水素バッテリーが使用されてきましたが、新しいリチウムイオンバッテリーは半分の24個で古いバッテリーと同等の性能を発揮します。新しいバッテリーは日本が運用していた「こうのとり」6号機から9号機に6個ずつ搭載されてISSに運ばれました。
「こうのとり」の補給キャリア(補給物資を搭載するスペース)は、ISSの船内で必要となる食料品などの物資を搭載する与圧部と、ISSの船外に取り付ける実験装置などを搭載する非与圧部に分かれていました。バッテリーはISSの船外に取り付けられるため、曝露パレットに固定した状態で補給キャリア非与圧部に搭載されました。到着した新しいバッテリーは曝露パレットごとISSの船外に一旦据え置かれ、宇宙飛行士が船外活動を行って所定の位置に取り付けました。
一方、不要になった古いバッテリーの一部は新しいバッテリーを取り外した後の曝露パレットに固定されました。「こうのとり」のミッション終了時に一緒に大気圏へ再突入させて廃棄するためです。新しいバッテリーのうち最初の6個を運んだ「こうのとり」6号機は古いバッテリーを搭載して2017年2月に大気圏へ再突入し、ミッションを終えました。
しかし、2018年9月に打ち上げられた次の「こうのとり」7号機では古いバッテリーを廃棄することができませんでした。2018年10月にロシアの有人宇宙船「ソユーズMS-10」が打ち上げに失敗し、緊急脱出した宇宙飛行士がISSに到着できなかったために、バッテリーの交換を予定通り行えなくなってしまったことがその理由です。「こうのとり」7号機は曝露パレットをISSに残したまま、2018年11月に大気圏へ再突入してミッションを終えています。
7号機の曝露パレットは古いバッテリーを取り付けてからロボットアームを使ってISSから投棄することが一時検討されたものの、次の「こうのとり」8号機に搭載して廃棄されました。するとISSには8号機の曝露パレットが残ってしまうため、さらに次の「こうのとり」9号機に搭載して廃棄することになりました。
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「こうのとり」は2020年5月に打ち上げられた9号機で運用を終えたため、ISSには最終的に9号機の曝露パレットが残されました。最大幅約4.1メートル、前述の通りバッテリー搭載時の重量が約2.6トンにもなる曝露パレットを搭載できる補給船は「こうのとり」以外に存在しなかったため、9号機の曝露パレットは単体でISSから放出する形で投棄されることになったのです。
ISSは軌道傾斜角51.6度の軌道を周回しているため、投棄された「こうのとり」9号機の曝露パレットもほぼ同じ軌道を周回しつつ、わずかな大気の抵抗によって徐々に高度を下げていくことになりました。当初は燃え尽きると予想されていたので結果論になってしまいますが、投棄された時点では北緯51.6度~南緯51.6度の範囲ならどこにでも落下する可能性がありました。大半は太平洋・大西洋・インド洋といった海洋が占めていますが、アメリカ大陸やユーラシア大陸の一部、アフリカ大陸やオーストラリア大陸も含まれています。日本も全土がおさまっているので、日本国内のどこかに落下する可能性もゼロではなかったことになります。
■地球低軌道の商業利用活性化を前に求められる宇宙物体の低リスクな廃棄方法
宇宙飛行士を安全に帰還させなければならない有人宇宙船はもとより、自律・遠隔制御される無人補給船やロケット上段(2段目など)は、どこに帰還・落下するのかをコントロールしながら大気圏へ再突入することができます。宇宙船なら回収しやすい陸上への着陸や沿岸への着水が行われますし、役目を終えた補給船やロケット上段は人口密度の低い南太平洋へ制御落下させることが多く行われています。
その一方で、制御されない状態で地球を周回した人工物が大気圏へ再突入して、一部が地上に到達してしまうケースもあります。その一例として最近注目されるのは中国の大型ロケット「長征5号B」のコアステージです。中国宇宙ステーション(CSS)のモジュール打ち上げなどに使用されてきた長征5号Bは、全長約33メートル・直径5メートルのコアステージと、その周囲に取り付けられる4本のロケットブースターで構成されています。1段目よりも小さな2段目がペイロード(搭載物)を軌道に投入する日本の「H3」など一般的なロケットとは異なり、長征5号Bではペイロードを載せて地球低軌道に到達したコアステージがそのまま巨大なスペースデブリ(宇宙ゴミ)となって落下するリスクがあります。2020年5月には長征5号Bの破片とみられる物体がコートジボワールに落下し、地上の建物に被害が生じたと報じられました。
長征5号Bのコアステージほど大きな物体ではなくても、地上へ落下するリスクはあります。2021年3月にはスペースXの「Falcon 9(ファルコン9)」ロケットの2段目で使用されているヘリウム用のタンクが米国ワシントン州に落下して回収されています。また、今回フロリダ州に落下した物体のように、大気圏再突入時に燃え尽きるという予想を覆して地上へ到達してしまうこともあります。これらのケースでは人的被害は報告されていませんが、2022年に発表された研究成果では、1992年~2022年にかけて制御されない状態で発生した1回の再突入につき、平均10メートル四方の範囲で1人以上の死傷者が生じ得た確率を約14パーセントと算出しています。
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近年では地球低軌道の商業利用が加速しています。その一つの象徴と言えるスペースXの衛星インターネットサービス「Starlink(スターリンク)」では、サービスを支える小型の通信衛星がすでに6000機以上も打ち上げられていますし、「OneWeb(ワンウェブ)」や「Project Kuiper(プロジェクト・カイパー)」といった競合サービスでも多数の衛星打ち上げが実施・計画されています。
地球低軌道の商業利用は通信だけに留まらず、ISSの運用終了後を見据えた商用宇宙ステーションの建設計画も複数の民間企業が進めています。こうした民間の宇宙ステーションも運用期間が長くなれば、ISSのように設備の修繕や更新を行う必要が生じるはずですし、不要になった装置などを廃棄する必要に迫られることもあるでしょう。
不要になったのが自律的に飛行できるモジュールであれば宇宙ステーションから分離後に制御落下させられるかもしれませんし、小さな装置なら大気圏再突入能力がある補給船や往還機に積み込んで回収したり、もしくは再突入能力がない補給船と一緒に廃棄したりすることでリスクを排除・軽減できます。一例として、ISSではロシア区画で運用されていたドッキング室「Pirs(ピアース)」が2021年7月に廃棄されましたが、ピアースは単体では飛行できなかったため、ロシアの無人補給船「Progress(プログレス)」ごとISSから分離させて大気圏へ再突入させる方法で行われました。
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ただ、今回落下した曝露パレットのように「自律飛行能力も回収・廃棄手段もない物体」が落下するリスクを排除するためには、そもそもそのような物体が生じないように宇宙ステーションの各要素を設計・製造したり、さまざまなサイズ・質量・状態の人工物を回収・廃棄できるシステムを整備したりする必要があります。
軌道を周回しているスペースデブリを回収・除去する技術は国内外で実用化に向けた取り組みが進められています。たとえば2024年2月に打ち上げられた日本の民間企業アストロスケールの商業デブリ除去実証衛星「ADRAS-J(アドラスジェイ)」は、2009年1月から地球低軌道にある「H-IIA」ロケット15号機の上段(重量約3トン)に接近し、大型デブリ除去の実用化に向けた技術実証を行う予定です。
人工衛星やロケット上段であれば、早期に大気圏へ再突入するように軌道の高度を低下させたり、人のいない海域に制御落下させたりすることでスペースデブリになることを防ぐことができます。一方、宇宙機として制御できるように作られていない宇宙ステーションの一部などが何らかの理由で投棄された場合、いつどのタイミングでどこに落下するのかをあらかじめ正確に予測しておくことはほぼ不可能です。しかし、今後実用化されるであろうデブリ除去技術を応用すれば、今回再突入した曝露パレットのような人工物が制御されないまま軌道に残り続ける状況を避けられるかもしれません。
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スターリンクに代表される大規模な衛星コンステレーションは地上からの天文観測を妨げる可能性があるとしてその影響が懸念されていますが、地球低軌道の商業利用が活性化しつつある中で起こった今回の人工物落下は、軌道からの宇宙物体の落下という人命に直接影響しかねないリスクについても改めて考える必要性を物語っているかのようです。大気圏再突入時に燃え尽きるよう配慮されているスターリンク衛星のように、今後の地球低軌道利用ではスペースデブリの残留だけでなく、地上へ落下する際のリスク軽減に向けても実効的な対策が求められます。
Source
- NASA - NASA Completes Analysis of Recovered Space Object
- ESA - Reentry of International Space Station (ISS) batteries into Earth’s atmosphere
- JAXA - 宇宙ステーション補給機(HTV)
- GSユアサ - GSユアサの国際宇宙ステーション用リチウムイオン電池、第4回打ち上げが決定
文・編集/sorae編集部