日本でも1980年代から研究が続く太陽光発電衛星、その実現の可能性は?
【▲JAXAが提案したSSPSのコンセプトモデル(反射鏡タイプ)(Credit: JAXA)】

太陽光発電といえば、風力発電と並ぶ再生可能エネルギーの双璧です。東日本大震災以降、日本でも太陽光発電の導入が進んできました。2023年4月に国際エネルギー機関が発行した「太陽光発電システム研究協力プログラム報告書」によれば、電力需要に占める太陽光発電の割合が高い国として、日本は10.2%で9位につけています(1位はスペインで19.1%)。また、2022年の国内における太陽光発電の年間導入量は6.5GWで7位でした(1位は中国で106GW)。累積導入量は2022年の時点で84.9GWで、日本は3位と健闘しているのです。

しかし、日本はもともと国土が狭く、太陽光発電施設の設置に適した平野部は限られています。太陽光発電の今度の導入に関しては、現在主流の重いシリコン型太陽光パネルのままでは今後の大幅な伸びを期待しにくいとされています。また、経済産業省・資源エネルギー庁によれば、日本では太陽光パネルの費用が海外と比べておよそ1.5倍、工事費もおよそ1.5~2倍と割高であることを示す調査結果もあるといいます。こうした国土や費用の制約もあり、太陽光発電は各家庭、マンション、オフィスビルなどに設置されるような、主要な発電システムとはなっていません。

この傾向は日本だけでなく、世界でも同様です。太陽光パネルの設置に適した場所が不足していることに加えて、発電量が天候に左右されやすく、パネルの表面が汚れても発電量が低下しますし、そもそも夜間は発電できないというデメリットなどがその理由です。

■1980年代から研究が続けられてきた日本の太陽光発電衛星

そうした事情を背景に、従来の太陽光発電が抱える課題を克服できる技術として研究が進められているのが、究極の太陽光発電ともいうべき「宇宙太陽光発電システム」(SSPS:Space Solar Power System)です。

※…SBSP(Space-Based Solar Power)とも。本記事ではSSPSと表記します。

SSPSの概要は次の通りです。常に太陽光を受けられる軌道に平方kmスケールの巨大な太陽光パネルを備えた衛星を配置し、地上にはアンテナと整流回路(マイクロ波-電力変換回路)が一体となった「レクテナ」を建設します。太陽光パネル衛星で発電した電力は一旦マイクロ波に変換してからレクテナに伝送し、地上でマイクロ波から電力に再変換することでエネルギーを得る、というシステムです。

仮に、地球の影に入ることが少ない高度約3万6000kmの静止衛星軌道に面積2平方kmの太陽光パネル衛星を配置すれば、90%以上の時間帯で発電可能です。宇宙では太陽光の強度が地上の約1.4倍になるため、地上設置型の太陽光パネルと比べて同じ面積でも発電量は5~10倍になると推定されています。

【▲SSPSのイメージ。高度3万6000kmのSSPS衛星で発電された電力はマイクロ波に変換され、パイロット波を発している地上のレクテナへ向かって送電されます。レクテナのサイズは直径4km。(Credit:経済産業省製造産業局宇宙産業室/一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構)】
【▲SSPSのイメージ。高度3万6000kmのSSPS衛星で発電された電力はマイクロ波に変換され、パイロット波を発している地上のレクテナへ向かって送電されます。レクテナのサイズは直径4km。(Credit:経済産業省製造産業局宇宙産業室/一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構)】

実は、SSPSのアイディアはとても古く、1968年に米国のPeter Glaser博士が提唱したのが最初です。当初は欧米などでも盛んに研究されましたが、財政上の課題や政策上の方針転換などにより、次第に国としての研究開発は行われなくなっていきました。ただ、近年になって米国で再評価されているほか、中国でも研究が活発化しています。

多額の研究予算をかけた国の大規模プロジェクトというわけではないものの、日本では1980年代からSSPSの研究が続けられています。SSPSは日本の将来的な宇宙開発の1つとして捉えられており、2023年6月に宇宙開発戦略本部から発表された最新の「宇宙基本計画」によれば、文部科学省と経済産業省の主導による宇宙太陽光発電の研究開発が、少なくとも2033年までは継続されることがロードマップに記されています。

また、2025年度を目標に、SSPSに欠かせない重要技術であるマイクロ波での長距離伝送を実現するための実験として、まずは低軌道から地上へのエネルギー伝送の実証を行うとされています。

【▲2023年6月に宇宙開発戦略本部から発表された最新の「宇宙基本計画工程表」にあるロードマップ。最下段に「宇宙太陽光発電の研究開発[文部科学省、経済産業省]」とある。その2行目は、2025年度目標で、「地球低軌道から地上へのエネルギー伝送実証に向けた研究開発[経済産業省等]」となっています。(Credit:宇宙開発戦略本部決定)】
【▲2023年6月に宇宙開発戦略本部から発表された最新の「宇宙基本計画工程表」にあるロードマップ。最下段に「宇宙太陽光発電の研究開発[文部科学省、経済産業省]」とある。その2行目は、2025年度目標で、「地球低軌道から地上へのエネルギー伝送実証に向けた研究開発[経済産業省等]」となっています。(Credit:宇宙開発戦略本部決定)】
日本ではこれまでのところ、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構(JSS)が発電量100万kW級のSSPS衛星のコンセプトを発表しています。各スペックは以下の通りです。

【▲JAXAが提案したSSPSのコンセプトモデル(反射鏡タイプ)と、JSSが提案したSSPSのコンセプトモデル(シングルバス・タイプ、同機関の前身である財団法人無人宇宙実験システム研究開発機構が2002年に発表)のスペック(Credit: sorae編集部)】
【▲JAXAが提案したSSPSのコンセプトモデル(反射鏡タイプ)と、JSSが提案したSSPSのコンセプトモデル(シングルバス・タイプ、同機関の前身である財団法人無人宇宙実験システム研究開発機構が2002年に発表)のスペック(Credit: sorae編集部)】
【▲JAXAが提案したSSPSのコンセプトモデル(反射鏡タイプ)(Credit: JAXA)】
【▲JAXAが提案したSSPSのコンセプトモデル(反射鏡タイプ)(Credit: JAXA)】
【▲JSSが提案したSSPSのコンセプトモデル(シングルバス・タイプ、同機関の前身である財団法人無人宇宙実験システム研究開発機構が2002年に発表)のスペック(Credit: JSS)】
【▲JSSが提案したSSPSのコンセプトモデル(シングルバス・タイプ、同機関の前身である財団法人無人宇宙実験システム研究開発機構が2002年に発表)のスペック(Credit: JSS)】

■SSPS衛星の技術的課題とメリット

SSPS衛星を実際に建設するとした場合、どのような技術的課題が考えられるのでしょうか? 容易に想像できるのは、面積2平方kmという巨大な建造物をどうやって衛星軌道に配置するのか、という点でしょう。

これまでに人類が建造した宇宙最大の人工物は国際宇宙ステーション(ISS)ですが、そのサイズはおよそ108.5m×72.8mで、サッカーのフィールド程度です。それに対し、SSPS衛星はパネルの部分だけでも一辺1.4km強が必要となります(正方形で建設する場合)。ISSと比べてざっと15~20倍のサイズが必要であり、どれだけ巨大な構造物を必要とするかがわかるというものです。

まして、ISSは一度に打ち上げられたのではなく、スペースシャトルなどを使って少しずつ構成要素を打ち上げて建設されました。たとえば日本の実験棟「きぼう」は船内実験室のサイズが直径4.4m×全長11.2m、船外実験プラットフォームが全長5.2m×全幅5.0m×全高3.8mなので、全長は合計16m強です。やや複雑な構成をしているという事情もありますが、「きぼう」の各部分はスペースシャトルが5回(STS-119、同123、同124、同126、同127)にわたってISSまで運んで組み立てられたのです。

ISSを大きく上回るSSPS衛星の建設となれば、今よりも大幅な低コストで大量の物資を一度に衛星軌道へ輸送できる手段が必要になりますし、これだけ巨大な建造物を宇宙で建設するための技術、そして長期間にわたって運用する技術も開発しなければなりません。

【▲日本がこれまでに宇宙で建設した最大の構造物であるISSの日本実験棟「きぼう」。2023年2月20日にISSの別のモジュールから撮影され、若田光一宇宙飛行士がX(旧ツイッター)に掲載した1枚。(Credit:JAXA/NASA)】
【▲日本がこれまでに宇宙で建設した最大の構造物であるISSの日本実験棟「きぼう」。2023年2月20日にISSの別のモジュールから撮影され、若田光一宇宙飛行士がX(旧ツイッター)に掲載した1枚。(Credit:JAXA/NASA)】

そのようなSSPS衛星を地球から資材を打ち上げて建設するのでは、コストがかかり過ぎます。月面に建設した工場で資材を生産し、打ち上げにはマスドライバー(リニアモーター式の打ち出しシステム)を利用するなど、コストを大きく抑える工夫が必要になるでしょう。また、日本だけでSSPS衛星を運用する場合には、宇宙飛行士が建設やメンテナンスを行うために日本独自の有人宇宙船が必要になるかもしれません。

解決すべき課題は他にもあります。これほど大きな面積の衛星にはスペースデブリや微小天体(小惑星)が衝突する危険性も高くなりますし、静止軌道には気象衛星や通信衛星が数多く配置されていることから、仮に静止軌道にSSPS衛星を配置するとしたら他の衛星との調整も必要になると考えられます。

さらに、運用寿命を終えたSSPS衛星を廃棄する時のこともあらかじめ考えておかなければなりません。また、人の健康をはじめ、地球環境、航空機、電子機器などに対するマイクロ波の影響の有無も、明確にすべき課題です。

その一方で、SSPSには大きなメリットがあるのも事実です。SSPS研究の第一人者である京都大学の篠原真毅教授によれば、十分に投資をしてSSPSを一度稼働させられれば、そこから地球へ供給されるエネルギーによってSSPSの成長が増進される「自己増殖状態」を実現でき、地球上の成長限界を回避できることが、過去の研究のシミュレーションで示されているといいます。

日本政府もSSPSの可能性に期待しているようです。政府が諸外国に対して日本に関する情報を発信している英語Webサイト「KIZUNA」では2023年4月、日本の2つの太陽光発電に関する有望な技術として、次世代フレキシブル太陽電池(ペロブスカイト型太陽電池)とともにSSPSが紹介されていました。とはいえ、SSPS衛星やその受電部のレクテナの建設には膨大な予算が必要であり、前述の通り現在は実現できていない技術も必要です。

国内の自動車メーカーでもハイブリッド車や電気自動車へのシフトが進められていることからもわかるように、今後は再生可能エネルギーによる発電がますます求められていくはずです。SSPS衛星を日本一国で建設するのはとても大変そうですが、SDGsの観点からも、開発に本腰を入れるべき時が来ているのかも知れません。そう遠くない未来、宇宙太陽光発電に支えられたクリーンな世界が到来することを期待しましょう。

 

Source

文/波留久泉

最終更新日:2023/09/21

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