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インドの衛星打ち上げロケットPolar Satellite Launch Vehicle:PSLVが20機の衛星を同時に軌道投入した2016年9月の打ち上げ。Image Credit:ISRO

 

PSLV、史上最多の衛星同時打ち上げへ

2017年2月初旬、インドの衛星打ち上げロケット PSLV C37号機が103機の人工衛星を同時に軌道投入すると報じられている。成功すれば、2013年に29機の衛星を打ち上げたアメリカのミノトールIロケット、2014年に33機の衛星を同時に打ち上げたウクライナのドニエプルロケット、PSLV自身の持つ20機同時打ち上げを越える記録となる。

インドの報道によれば、当初PSLV C37は1月打ち上げで搭載される衛星数は83機(うち3機はインド国内の主衛星CARTOSAT 2Dなど、80機がインド国外からの商用打ち上げ)ということだった。その後、さらに20機が追加され、準備作業のため打ち上げは2月にずれ込んだという。

商用打ち上げ受注の衛星の発注元は詳細には明らかにされていないが、アメリカの地球観測衛星ベンチャーSky and Space GlobalのBlue/Green/Red Diamond(いずれも3Uのキューブサット)などの名前が上がっている。アメリカ、ドイツなどが主な発注元だという。

103機の衛星のうち、100機が海外からの受注衛星であり、海外受注分の総重量は500~600kgとなる。単純計算で平均6kgで、多くがキューブサットなどの超小型衛星であることがうかがえる。

インドのPSLVは、“DLA”と呼ばれる衛星を目的の軌道に投入する首振り機能を持ったディスペンサーを実用化しており、これが商業衛星打ち上げ受注の加速につながってきた。だが、画像で見るDLAは少なくとも数十kgから100kg前後の衛星を直接取り付けるようになっている。キューブサットのような超小型の衛星を放出する際は、DLA上にさらにカナダの大学が開発した“NLS:Nanosatellite Launch System”といった専用のケースに衛星を入れて取り付ける必要がある。

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米スペースフライト・インダストリーズによる小型衛星放出機構、“シェルパ”。Image Credit:Spaceflight Industries

 

では、ISROはどのようにして今回のミッションのような超小型衛星の大量軌道投入を実現するのか。その答えを、IEEE Spectrumが報じている。アメリカの衛星打ち上げサービス企業、スペースフライト・インダストリーズが衛星ディスペンサーを提供しているというのだ。

1999年設立のスペースフライト・インダストリーズは、“シェルパ”と呼ばれる小型衛星を軌道投入するための衛星放出機構を持ち、キューブサット~150kg程度の衛星軌道投入サービスを提供する企業だ。打ち上げ計画表に複数の米国外のロケットを載せており、これまでにもロシア/ウクライナのドニエプル・ロケットでの打ち上げサービス提供実績がある。

PSLVとの協力はこれが初めてではなく、2016年9月には地球観測衛星ベンチャーのブラックスカイ・グローバルは、スペースフライト・インダストリーズを通して50kg級地球観測衛星“ブラックスカイ・パスファインダー1”をPSLVから軌道に投入している。アメリカの企業だから米国製ロケット限定というわけではなく、ジェイソン・アンドリュースCEOは2015年のインタビューで「そこにロケットがあれば、行って交渉する」と述べており、衛星打ち上げロケットの種類を問わない。ただし、中国のロケットに関してはITARによる規制のため、米企業は打ち上げサービスを利用できない。ドニエプル・ロケットの打ち上げが休止している現在、低価格で信頼性の高いインドのPSLVは打ち上げサービスコーディネーターにとっても魅力的というわけだ。

シェルパとPSLVの組み合わせは、超小型衛星ビジネスにとって非常に魅力的だと考えられる。打ち上げスケジュールに非常に融通が効くようなのだ。

インドの報道が「PSLV C37で83機の衛星を軌道投入」と報じたのは2016年の12月末。それからわずか1週間ほどで追加の衛星20機が増え、打ち上げ予定日は1月末から2月初旬へ少しずれ込んだ。ピギーバック(相乗り)衛星が主衛星を待たせてでもギリギリまでスケジュールを空けてくれるのだとしたら、PSLVは商用打ち上げ向けには最高に顧客に優しいロケットということになる。

 

衛星大量打ち上げのビジネスの先にあるもの

宇宙輸送ビジネスの面でスペースフライト・インダストリーズとISRO・PSLVが良い関係を築いていたとしても、宇宙の環境の面では今回のフライトに懸念を持つ見方もある。

今回の103機の衛星放出が成功すれば記録達成であることは確かだが、実は2年半前には200機以上の人工衛星を軌道に投入しようという試みがなされたことがある。ただし、チップサイズの話だ。

2014年、米コーネル大学の学生らがキックスターターで資金を集めて完成させた、超小型人工衛星“KickSat”が打ち上げられた。KickSat自体は10×10×30cm、3Uサイズのキューブサットだが、この中に実に210個におよぶ衛星が詰め込まれていた。“スプライト・チップサット”と名付けられた超小型衛星群は32×32×4mmと切手サイズ。重量は1枚あたり7.5g程度で、こうした100g以下の衛星を超小型衛星の中でも“フェムトサテライト”と呼ぶ。

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KickSat本体とチップ衛星“スプライト・チップサット” Image Credit:KickSat Project blog

 

KickSatのミッションが成功していれば、210個のフェムトサテライトが軌道上に放出されていたが、実際には放出は行われず、機器に何らかの不具合があったと見られている。2015年に宇宙状況認識(SSA)に関する国際シンポジウムのため来日した米国空軍宇宙軍団第14 空軍司令官・米国戦略軍宇宙統合機能構成部隊指揮官のジョン・W・ジェイ・レイモンド中将は、講演の中でKickSatの例を上げ、地上から追跡困難な10cm角以下の衛星が大量軌道投入される計画であったことに懸念を示した。こうした衛星の打ち上げ情報や追跡可能性について、宇宙の環境を守るコミュニティとの情報共有が重要だが、そうした協力関係は築けていないという。

キューブサットはフェムトサテライトとは異なり、最低でも10cm角以上のサイズであって、宇宙状況認識の監視対象として追跡可能である。急増する超小型衛星開発に対し「スペースデブリを増やす」と一方的に否定するのは不当だとの見方もある。また、スペースフライト・インダストリーズはインタビューで、自社が引き受けたピギーバック衛星にはFCCまたはNOAAの承認があることを必ず確認していると強調している。スペースデブリの増加は長期的に自社のビジネスにとっても不利益であり、衛星が打ち上げから25年以内に軌道を離脱して大気圏に再突入するルールの徹底など、対策のために最善の措置を講じているという。

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シェルパは衛星放出後、最大18年程度は軌道にとどまり、その後は大気圏に再突入するという。Image Credit:Spaceflight Industries

 

衛星放出機構のシェルパは、それ自体は推進機関を持たず、およそ10~18年は軌道に留まると見られている。また、放出された超小型衛星は3~10年程度で大気圏に再突入する可能性が高い。ミッションが終了した後には、できるだけ早く軌道から離脱できるような機構を組み込んだ超小型衛星も増えており、衛星側は日々改良されているといえる。

今回の103機打ち上げが成功すれば、大量打ち上げの需要は一段と高まると考えられる。インドのPSLVは、宇宙へのアクセス提供してくれるロケットとしてさらに信頼度が高まるかもしれない。そして、スプライト・チップサットやキューブサットによる地球観測衛星群を運用するプラネット・ラブスのように超小型衛星コンステレーションに何らかの機能を持たせるビジネスも増えるだろう。ビジネスが加速するなかで、宇宙の環境保全側と足並みを揃えられるだろうか。

 

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