米国惑星科学研究所(PSI)のAlexis Rodriguezさんを筆頭とする研究チームは、アメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査機「バイキング1号(Viking 1)」の着陸機が、古代の火星で起きた天体衝突にともなう巨大な津波(Megatsunami)が運んだ堆積物の上に着陸していたとする研究成果を発表しました。
火星の生命もくしはその痕跡の検出を目的として打ち上げられたバイキング1号の着陸機は、1976年7月20日に火星北半球のクリュセ平原(Chryse Planitia)に着陸しました。結果的に生命やその痕跡は見つからなかったものの、地表から採取したサンプルの分析や、二酸化炭素が主成分の薄く乾燥した大気の観測などが行われ、着陸機は1982年11月まで運用されました。
バイキング1号の着陸地点は大規模な洪水によって形成されたとみられる南西のマジャ渓谷(Maja Valles)の下流域に位置していましたが、着陸後に送られてきた画像には河川の特徴を示す地形などは見当たらず、着陸機は岩が散らばる厚さ数mの堆積物の上に降り立ったと考えられています。着陸地点を覆う堆積物は天体衝突時の噴出物や溶岩の破片ではないかと予想されたものの、付近にはクレーターが少なく、また溶岩の破片が少ないこともわかったため、堆積物の起源は謎のままだったといいます。
NASAの火星探査機「マーズ・リコネサンス・オービター(MRO)」で撮影された画像やシミュレーションを利用して分析を行った研究チームは、バイキング1号着陸地点の堆積物が今から34億年前に発生した巨大な津波に由来するものだと結論付けました。この津波は当時の火星北半球を覆っていた海に直径3kmの小惑星が衝突したことで生じたと推定されています。
シミュレーションで示された発生時の津波の高さは約250mで、バイキング1号の着陸地点には傾斜地を遡上した津波によって運ばれた岩石が堆積したと考えられています。研究チームは衝突によって形成されたとみられる直径111kmのクレーターも特定しており、2022年8月には正式に「ポール・クレーター」(Pohl、アメリカのSF作家フレデリック・ポールに由来)と命名されました。
研究チームを率いたRodriguezさんは、34億年前に数百万年間隔で2回の巨大な津波が火星で発生していたとする研究成果を2016年に発表しています。ポール・クレーターの一部は別の津波の影響を受けているとみられることから、ポール・クレーターを形成した天体衝突は1回目の津波の原因だったと研究チームは考えています。クレーターの底では形成から何万年にも渡って熱水活動が継続し、エネルギーと栄養に富んだ環境が維持されていた可能性があるといいます。
Rodriguezさんは今後、火星探査車による将来のミッションを見据えて、火星の海の歴史全体の情報が得られそうな比較的狭いエリアを特定したいとコメントしています。
Source
- Image Credit: NASA/JPL, Rodriguez et al.
- PSI - NASA May Have Landed on a Martian Megatsunami Deposit Nearly 50 Years Ago
- Rodriguez et al. - Evidence of an oceanic impact and megatsunami sedimentation in Chryse Planitia, Mars (Nature)
文/松村武宏