三菱重工と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2月28日3時37分、種子島宇宙センターからH-IIAロケット23号機を打ち上げた。このロケットには、全球降水観測計画主衛星(GPM主衛星)と、7機の小型副衛星が搭載されており、順次分離され、宇宙へと旅立った。
GPM主衛星は米航空宇宙局(NASA)のゴダード宇宙飛行センターと、JAXAが共同で開発した衛星だ。かつて日米は、熱帯地域の降雨を観測することを目指した熱帯降雨観測ミッション(TRMM)を開発、1997年に打ち上げられ、設計寿命を大きく超えて、現在も運用が続けられている。
TRMMはその名の通り熱帯地域を中心に観測することを目的としているが、TRMMの打ち上げから数年後、次世代の降雨観測衛星はどうあるべきかという議論の中、TRMMよりも高精度であることはもちろんのこと、より広い範囲、全地球規模で観測することが求められた。しかしそれは1機の衛星で行うには限度があり、そこで米国が、複数の国や機関を巻き込み、複数の衛星を使って観測することを提案。インドやフランス、欧州などが応じ、GPM計画が始まった。
現在、このGPM計画に参加している衛星は、GPM主衛星を含めると12機にもなる。まず米海洋大気庁(NOAA)が運用する防衛気象衛星のDMSP F17と18、同じくNOAAが運用するJPSS-1と、NOAA 18と19、NASAとJAXAが運用するTRMM、欧州気象衛星開発機構(EUMERSAT)が運用するMetOp BとC、NASAとNOAAが運用するスオミNPP、フランス国立宇宙研究センター(CNES)とインド宇宙研究機関(ISRO)が運用するメーガ・トロピク、そしてJAXAが運用するGCOM-W1と、今回打ち上げられたGPM主衛星だ。また今後も、GPMに加わる衛星は増えていく予定だ。
GPM主衛星は、NASA開発のマイクロ波放射計(GMI)と、JAXAと情報通信研究機構(NICT)が開発した二周波降水レーダー(DPR)の、2つの観測機器を武器に、TRMMでは観測できなかった弱い雨から豪雨まで、その雨滴や雪、氷粒子の大きさや、雲の中での分布、そして降水の分布を、より正確に捉えることができるようになっている。
重要なのは、GPM主衛星の観測データが、他のGPM参加衛星の取得データの基準になるという点だ。他の衛星の多くは、地球を南北に回る軌道を飛んでいるが、GPM主衛星は、赤道に対する角度が65度という、異なる軌道を回る。これにより、ちょうどたすき掛けのように他の衛星の軌道と交差するように飛ぶことができ、他の衛星が観測した場所をGPM主衛星も観測することで、そのデータが正しいかどうかを検証でき、GPM計画全体のデータの正確さを高めることで、全地球を大半を、およそ3時間おきという高い頻度で観測することが可能となっている。
GPM計画によって、天気予報の当たりやすさの改善や、洪水などの水災害の予測や対処、また気候変動の仕組みの解明などに貢献することが期待されている。それは人類全体の生活に関わる問題であり、日本が率先し、また継続的にこうした計画を進めることには大きな意味があろう。
GPM主衛星の質量は3,750kg。太陽電池パドルを広げた際の全幅は13mほど。設計寿命は3年が予定されており、順調に行けばTRMMのように延長して運用することもできよう。
現在衛星とは通信が確立されており、太陽電池パドルを広げた状態で飛んでいる。このあとハイゲイン(高利得)アンテナの展開が行われる予定だ。しかし、衛星の姿勢を制御するリアクション・ホィール(モーメンタム・ホィール)の使用率が想定を越えており、現在対処が行われている。NASAによれば危機的な状況ではなく、修正は可能とのことだ。ハイゲインアンテナの展開は、その対処後になるとされる。無事にアンテナが展開できれば、その次に観測機器に電源が入れられ、約60日間に渡って検査が行われた後、本格的な運用に入る。GPMのデータの提供は約半年後から始まる予定だ。
また今回、ロケットの余力を活かして、7機の小型衛星が搭載されており、GPM主衛星に続いて分離された。これらのうち、3機はロケットに搭載されたカメラで分離が確認された。他の4機に関しては、分離を撮影できる方向にカメラを搭載していないため確認できなかったが、米国のレーダーが軌道上に今回の打ち上げに由来する物体を9つ捉えており、7機すべてが分離に成功したことが確認された。
打ち上げから24分9秒後に、まず信州大学が開発したShindaiSat「ぎんれい」が分離された。その後17時8分から12分にかけて、同大学の上空を衛星が通過した際に、信号が取れたと発表された。 ShindaiSatは発光ダイオード(LED)を用いて、デジタル信号やモールス信号を発信、世界初の衛星・地上間の光通信実験を行う。LEDの光は、天候にもよるものの、1等星ぐらいの明るさで見えるとのことだ。またアマチュア無線衛星としても利用される。寸法は398 x 398 x 445mmで、質量は32.9kg。
打ち上げから28分19秒後には、香川大学のSTARS-II「GENNAI」が分離された。その後、5時過ぎに香川大学の地上局で信号の受信に成功、またアマチュア無線家からも受信報告が来ているとのことだ。
STARS-IIは300mの長さを持つテザー(紐)を、重力を利用して伸展させたり、電流を発生させたり、制御に利用したりといった実験を行う。香川大学は2009年にSTARS(愛称「KUKAI」)をやはり相乗り衛星として打ち上げ、今回より短いテザーの実験に成功しており、今号機はそれをさらに進化させた形だ。寸法は398 x 398 x 445mm、質量は32.9kg。
そして打ち上げ32分29秒後には、帝京大学が開発したTeikyoSat-3を分離、その後信号の受信にも成功した。同機にはキイロタマホコリカビという粘菌が積まれており、宇宙の微小重力環境と、高い放射線環境によってどのような影響を受けるかの観察が行われる。寸法は320 x 320 x 440mm、質量は21.65kg。
続いて36分39秒後に筑波大学のITF-1「結(ゆい)」が分離された。「結」は現時点で信号が受信できておらず、今後に期待される。「結」は新型のマイコンを搭載し、宇宙でも使えるかどうかの実証が行われる。また展開機構がない、固定式のアンテナも搭載しており、こちらも実証が行われる。寸法は109 x 102 x 130mm、質量は1.2kg。
また37分59秒後に大阪府立大学のOPUSAT(オプサット)が分離された。欧州のアマチュア無線家によって信号が取得され、またその後、同大学の地上局でも受信に成功した。OPUSATはリチウムイオンバッテリーとリチウムイオンキャパシターを利用した、複合電源が搭載されており、その実証試験が行われる。また展開式の太陽電池パドルや磁気トルカによる太陽指向制御なども行われ、この小さな規模の衛星としては野心的なミッションが予定されている。寸法は100 x 100 x 100mm、質量は1.5kg。
39分19秒後には、多摩美術大学と東京大学が共同で開発したINVADER(インベーダー)が分離。その後衛星からの電波の受信に成功している。寸法は100 x 100 x 100mm、質量は1.8kg。衛星からのデータを芸術に利用したり、衛星を使って音楽を作成したりといった、これまでにはない新しい試みが計画されている。また後継機のDESPATCHが、今年12月に「はやぶさ2」の相乗りとして宇宙へ打ち上げられる予定となっている。
そして最後に、打ち上げから40分39秒後に鹿児島大学が開発したKSAT2が分離。その後の記者会見で「ハヤトII」と名付けられたことが発表された。鹿児島大学は2010年5月に、やはり相乗りという形でKSAT「ハヤト」を打ち上げたが、残念ながら主ミッションの実施ができず、今回2号機でのリベンジを目指し、名前が受け継がれたという。打ち上げ直後は信号は受信できなかったが、今日の夜になり、受信に成功した。
ハヤトIIは先代のハヤトで果たせなかった、大気水蒸気の観測を目指す。また宇宙からの動画撮影や、パンタグラフ式伸展ブームの実証試験など、いくつもの意欲的な実験が計画されている。寸法は112 x 12 x 113mm、質量は1.68kg。
H-IIAによる、こうした小型衛星への打ち上げ機会の提供は、今回で4回目となる。また今後も、三菱重工やJAXAとして、こうした取り組みを続けていくとしており、今年打ち上げ予定の「だいち2」(ALOS-2)や「はやぶさ2」の打ち上げでも実施される。打ち上げ後の記者会見では、有償とはなるものの、こうした機会を商業目的の衛星へも提供して行きたいという考えが示された。