ケンブリッジ大学のSunny Vagnozziさんをはじめとした研究グループは、ダークマター(暗黒物質)の検出を目的としてイタリアのグランサッソ研究所で2016年から2018年にかけて実施された「XENON1T」実験において、ダークマターではなくダークエネルギー(暗黒エネルギー)が検出されていた可能性を示した研究成果を発表しました。
今回の成果はダークマターの検出を目的とした実験がダークエネルギーの検出にも利用できることを示唆しており、研究グループは今後計画されている実験でダークエネルギーが直接検出される可能性を指摘しています。
■ダークマター検出器「XENON1T」で捉えられた超過事象
宇宙に存在する物質とエネルギーのうち、約27パーセントはダークマター、約68パーセントはダークエネルギーが占めると考えられています。私たちの身体をはじめ、生物や惑星、太陽などの恒星、恒星が集まってできた銀河といった存在を作り上げている通常の物質(バリオン)は、わずか5パーセント程度を占めるにすぎないと言われています。
ダークマターと通常の物質は重力を介してのみ相互作用するため、光(電磁波)を使って直接検出することはできず、ダークマターの正体は今も謎のままです。そのため、銀河や銀河団といった大きなスケールでは銀河の回転速度や重力レンズ効果(光源となる天体を発した光の進む向きが別の天体やダークマターの重力によって曲がる現象)の観測を通して、間接的にダークマターの存在や分布が推定されています。
冒頭で触れたXENON1Tは、銀河よりもはるかに小さなスケールである地上の実験施設においてダークマターの候補となる素粒子の直接検出を目指し、日米欧を中心とした国際共同実験グループ「XENONコラボレーション」によって実施された実験です。検出器には摂氏約マイナス100度に冷却された液体キセノンが3.2トン使用され、その一部がダークマター検出に利用されました。キセノン原子はダークマターと相互作用する際に非常に弱い光や電子の信号を発するといい、この信号を捉えることでダークマターの検出を試みたのです。
実際にはダークマターとキセノンの相互作用が起こることは稀で、検出される事象の大半は検出器に含まれる放射性物質に由来する背景事象だといいます。ところが2020年6月、XENON1Tで予想外の過剰な電子散乱事象が観測されていたことが発表されました。実験に参加した東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)によると、予想された背景事象は232個だったのに対し、実験で得られたデータにはこれを53個上回る超過事象が含まれていたといいます。
この超過事象を説明できる原因のひとつとして、「太陽アクシオン」が検出された可能性があげられています。アクシオンは理論上存在が予測されている未知の素粒子のひとつで、太陽アクシオンは太陽で生成されたアクシオンのことを指します。アクシオンはダークマターの候補でもあるため、もしも事実であれば、XENON1T実験はその目的だったダークマターの検出に成功したことになります。
■超過事象の原因はダークマター候補のアクシオンではなくダークエネルギーだった?
しかし、Vagnozziさんたちの研究グループは、XENON1Tの観測データを太陽アクシオンで説明することは難しいと指摘します。研究グループによると、検出された超過事象を説明するのに必要なアクシオンの量は、太陽よりもはるかに重い星の進化においてアクシオンの放出にともなうエネルギーの損失が大きな影響を及ぼすことを示しており、従来の観測結果と矛盾するのだといいます。
そこで研究グループは、XENON1Tで検出された超過事象の原因がダークマターではなく、ダークエネルギーである可能性を検証しました。ダークエネルギーは負の圧力を持ち、宇宙の加速膨張を説明できるとされる未知のエネルギーです。
研究グループによると、ダークエネルギーはすでに知られている素粒子間の相互作用(ゲージ粒子が媒介する強い力、弱い力、電磁気力、重力の4つ。重力を媒介するとされる重力子(グラビトン)は未発見)とは別に存在することが予想される「第5の力」と関連付けられることがあるといいます。この第5の力が現れるのは宇宙の加速膨張を論じるような物質密度の低い大きなスケールの場合であり、アインシュタインの重力理論が検証されている局所宇宙(天の川銀河やその周辺)のように物質密度の高い小さなスケールでは「隠される」ことが予想されていて、ダークエネルギーに関する多くの理論では第5の力を隠す仕組み(screening mechanisms)が備わっているといいます。
Vagnozziさんたちは、この仕組みの一種(chameleon screening)を用いた物理モデルを作成。太陽の中心核のように高密度の領域ではダークエネルギー粒子が生成されないものの、中心核よりも外側にある速度勾配層(タコクライン、太陽の対流層の底にあたる)では強い磁場のもとでダークエネルギー粒子が生成されている可能性があり、XENON1Tの超過事象を説明できることを示しました。
今回の研究はあくまでもダークエネルギーが検出された可能性を示すものであり、Vagnozziさん自身「まずはこれが単なる偶然ではないことを知る必要があります」と語っています。過剰事象が実際にダークエネルギーに由来するものであれば、今後予定されているXENON1Tのアップグレード後の実験などによって、10年以内にダークエネルギーが直接検出できる可能性があると研究グループは予測しています。
なお、2020年10月には東北大学と東京大学の研究者からなるグループによって、XENON1T実験の超過事象はアクシオンに由来するものであり、白色矮星の冷える速度が予想よりも速い問題(白色矮星の冷却異常)も説明できるとする研究成果が発表されています。XENON1Tで検出されたのはダークマター候補のアクシオンか、ダークエネルギーか、それとも別の原因があるのか、いずれにしてもさらなる観測で検証する必要があります。将来の実験結果が楽しみです。
Image Credit: XENON Collaboration
Source: ケンブリッジ大学 / Kavli IPMU / 東北大学
文/松村武宏