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地球スイングバイを行うソーラー・オービターを描いた想像図(Credit: ESA/ATG medialab)
【▲地球スイングバイを行うソーラー・オービターを描いた想像図(Credit: ESA/ATG medialab)】

こちらは欧州宇宙機関(ESA)の太陽探査機「ソーラー・オービター(Solar Orbiter)」を描いた想像図です。ソーラー・オービターは搭載されている10種類の観測装置を使って探査機周辺の観測とリモートの観測を行い、太陽と宇宙天気(太陽の活動によって引き起こされる地球周辺の環境変化)の関係を探ることを主な目的としています。

ESAによると、ソーラー・オービターは最終的に太陽から約4200万km(太陽の直径の約30倍)まで6か月ごとに接近し、太陽の極域(北極や南極)を観測できるように30度以上傾いた軌道に入ることが計画されていますが、その軌道へ至るには地球と金星を利用した「スイングバイ」を何度か行わねばなりません。

スイングバイとは天体の重力を利用して探査機の軌道を変更する手法のことで、スイングバイを利用しない場合と比べて探査機に搭載する推進剤を減らせるメリットがあります。日本時間2020年2月10日に打ち上げられたソーラー・オービターは、すでに2回の金星スイングバイ(2020年12月と2021年8月)を終えています。

▲打ち上げから2030年9月までのソーラー・オービターの軌道を示した動画▲
地球で1回、金星で8回のスイングバイが予定されている(Credit: ESA/ATG medialab)

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そして今、ミッション中で唯一の地球スイングバイを行うために、ソーラー・オービターは一時的に地球周辺へ戻ってきています。ESAによると、ソーラー・オービターは日本時間2021年11月27日13時30分に北アフリカとカナリア諸島の上空で地球へ最接近します。冒頭の画像で背景に地球が描かれているのはそのためです。

最接近時のソーラー・オービターの高度は460kmで、これは国際宇宙ステーション(ISS)の高度とほぼ同じ。日本から見ることはできませんが、ESAによれば北アフリカやカナリア諸島に住む人は双眼鏡を使えばソーラー・オービターの輝きを目にするチャンスがあるとのことです(肉眼で見るには暗く、望遠鏡で追うには速すぎるようです)。

ESAによると、ソーラー・オービターは2020年6月15日に太陽から約7700万km(地球から太陽までの距離のおよそ半分)まで一度接近しましたが、今回の地球スイングバイ後は太陽から5000万km以内へ近付く軌道に入るといいます。今後は2030年9月までに金星を利用したスイングバイが6回予定されており、軌道を徐々に傾けることで太陽の極域の観測を目指します。

関連:「ソーラー・オービター」「ベピ・コロンボ」相次いで金星スイングバイを実施

■限りなく低いもののゼロではないデブリとの衝突リスク

ESAはソーラー・オービターの地球スイングバイについて、あるリスクに言及しています。

地球最接近時のソーラー・オービターの高度460kmは静止衛星が飛行する高度約3万6000kmよりもはるかに低く、高度2000km以下の地球低軌道に含まれます。ソーラー・オービターは通信や気象観測などで利用されている静止軌道と、宇宙ステーションから超小型衛星まで数多くの人工物が飛び交う地球低軌道を横切ることから、スペースデブリ(宇宙ゴミ)と衝突するリスクがゼロではないというわけです。

ソーラー・オービターの地球スイングバイを解説した図(英語)。地球への最接近は11月27日13時30分(日本時間)で、その前後に静止軌道と地球低軌道を通過する(Credit: ESA)
【▲ソーラー・オービターの地球スイングバイを解説した図(英語)。地球への最接近は11月27日13時30分(日本時間)で、その前後に静止軌道と地球低軌道を通過する(Credit: ESA)】

ESAが説明するように、ソーラー・オービターが実際に何らかの人工物と衝突する確率はきわめて低いものの、そのリスクは考慮されています。ソーラー・オービターが地球スイングバイを実施する際に人工物と衝突するリスクは、地球周辺の人工物を追跡するESAのスペースデブリオフィス(Space Debris Office)が評価しており、もしも潜在的な衝突のリスクがあると判断された場合、最接近の約6時間前にリスクを回避するための軌道修正が行われます。こうした衝突回避のための軌道変更は、ESAの地球観測衛星シリーズ「Sentinel(センチネル)」では5~6か月に1回ほどの頻度で行われているといいます。

地球を利用したスイングバイはソーラー・オービターが初めてではありません。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」も地球スイングバイを行いましたし、過去には土星探査機「カッシーニ」、木星探査機「ジュノー」、彗星探査機「ロゼッタ」なども実施しています。しかし、当時と比べても現在の地球周辺は人工衛星やデブリの数が増えており、衝突する確率がほとんどないとはいえども、過去と比べてリスクが高まっているとESAは指摘しています。

先日、ロシアが重量2トンの人工衛星を標的とした人工衛星破壊実験を実施し、追跡可能なものだけでも1500個以上のスペースデブリが地球低軌道で新たに生み出されてしまいました。地上なら吹けば飛ぶほどの小さな欠片のようなデブリでも、相対速度が秒速数km以上に達する宇宙では脅威となり得ます。

2016年にはESAの地球観測衛星「Sentinel-1A」の太陽電池アレイにデブリが衝突し、姿勢や軌道の変化と発電量のわずかな低下が引き起こされました。太陽電池アレイの損傷範囲は直径約40cmと推定されていますが、衝突したデブリのサイズはわずか5mm未満とみられています。ESAによると、このサイズのデブリは何億個も軌道を周回しているといいます。

人類の宇宙利用が困難になるほど爆発的にデブリが増える現象は「ケスラーシンドローム(Kessler syndrome)」と呼ばれています。何らかの原因で生じたデブリが次々にデブリを生み出していく連鎖反応の怖ろしさは、コミック/アニメ作品の「プラネテス」や映画「ゼロ・グラビティ」といったフィクションでも描かれてきました。

ケスラーシンドロームのような状況には至っていないとはいえ、デブリはすでに現実的なリスクとして私たちの頭上を覆っています。新たなデブリが発生するのを防ぐための取り組みや、デブリの捕獲・落下処分を実現させるための技術開発などが国内外で進められていますが、地球低軌道が取り返しのつかない状況に陥るのを避けるためにも、宇宙を利用するすべての国家や組織には責任ある行動が求められます。

 

関連:ロシア、衛星破壊実験を実施 1500以上のデブリ発生 ISSに滞在中の飛行士が一時緊急措置をとる

Image Credit: ESA/ATG medialab
Source: ESA
文/松村武宏

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