宇宙には太陽の重さ(質量)の数百万倍・数十億倍といった非常に大きな質量を持つ「超大質量ブラックホール」がいくつも存在します。その中には上のイメージ画像のように物質をビームのように激しく吹き出す(「ジェット」と呼びます)ものがあるのですが、そうではないものもあります。なぜこのような違いが生まれるのか、天文学者たちはその理由を見つけ出したのかもしれません。
天文学者たちがこの研究に使ったのはNASAのX線観測衛星「チャンドラ」、欧州宇宙機関(ESA)のX線観測衛星「XMM-Newton」、ドイツのX線観測衛星「ROSAT」(Roentgen Satellite)、アメリカ国立科学財団(NSF)・アメリカ国立電波天文台(NRAO)が持つ電波望遠鏡群の「カール・ジャンスキー超大型干渉電波望遠鏡群」(VLA)、さらにアメリカのアパッチポイント天文台にある望遠鏡を使った「スローン・デジタル・スカイサーベイ」(SDSS)プロジェクトのデータなど多岐にわたります。これらのデータを使って、超大質量ブラックホールを抱える「クエーサー」と呼ばれる天体を700以上も調査しました。
超大質量ブラックホールからのジェットは非常に大きなエネルギーを運び、周囲の環境の進化に強い影響を与えます。強いジェットを放出するためには超大質量ブラックホールが速いスピードで回転している必要がありますが、速く回転しているブラックホールのすべてがジェットを持つわけではないことが知られていました。研究を主導したペンシルベニア州立大学のShifu Zhu氏は「私たちは超大質量ブラックホールがジェットを持つために必要なもう1つの条件を見つけました。それは、磁場が絡んだブラックホールのコロナとでも言うべきものです」と述べています。「X線で明るく輝くブラックホールコロナがなければ、ジェットも出ないようなのです」
天文学で「コロナ」と言えば太陽の外層大気を指しますが、ここでの「コロナ」はブラックホール周辺の高温ガスを指しています。イメージ図のオレンジ色・黄色で示されているようにブラックホールの周囲で物質が急速に回転する「円盤」がある場合、コロナはその上下で広がっています(図の白っぽい部分)。研究論文の共著者でペンシルベニア州立大学のNiel Brandt氏は「たとえばレシピに沿ってパンを作るには材料がいくつか必要になります。私たちの研究結果によると、明るいコロナは強力なジェットを作るのになくてはならない材料なのです」と語っています。
研究チームがこの成果を出す鍵となったのは、クエーサーがX線を放つ仕組みをよりよく理解することにありました。過去の研究では、ジェットを出さないクエーサーが出すX線と紫外線の強さには特徴的な関係があることが知られていました。この関係は、ブラックホール周囲の円盤にある物質から紫外線が放出され、それがコロナにある粒子にぶつかってX線が放出されるためであるとされています。今回の研究でジェットを出すクエーサーに対してこうした振る舞いに関する調査が行われた結果、クエーサーのX線と紫外線でどのくらい明るさ(強さ)が違うのかという点ではジェットを出さないクエーサーと非常によく似ていました。このことから、X線は円盤を起源とするものだけではなく、ブラックホールコロナからも放出されていると結論付けられたのです。
この結果は驚くべきものでした。これまでは、ジェットを出すクエーサーはジェットを出さないクエーサーに比べてX線で明るい傾向にあるため、ジェットをもつクエーサーが出すX線はジェットの根元から来るものと考えられていました。今回の研究でも明るさの違いは確認されましたが、その違いはジェットを持たない(またはジェットが弱い)クエーサーに比べてブラックホールコロナが明るいことによるものだったのです。「ジェットを持つクエーサーのX線はジェットというよりもブラックホールコロナから来ているという発見は、このX線放射の基本的な性質について35年も考えられてきたことに挑戦するものです」研究論文の共著者でテキサスA&M大学のGuang Yang氏は語ります。「これらのジェットの物理に新しい知見をもたらす可能性があります」
研究によると、クエーサーが強力なジェットを出すためには高速で回転するブラックホールに加えて、強い磁場が絡んだ明るいブラックホールコロナを持っていなければならないことを意味しています。超大質量ブラックホールが高速回転しているかどうかにかかわらず、ブラックホールコロナが薄く磁場が弱いものはジェットを持たないか、弱いジェットしか出さないということです。「クエーサーの強力なジェットと明るいコロナの発生は、根本的に磁場によって駆動されているのかもしれません」とZhu氏は言います。そしてその磁場は、ブラックホールの強い重力によって引き付けられて降り積もってくる物質が多くなり、ブラックホール周囲の円盤の厚みが増した結果として作られるのかもしれません。
なお今回の結果は、太陽質量の数百倍より軽い「恒星質量ブラックホール」で見つかっているものと似ています。このことは、ブラックホールの振る舞いという点ではブラックホールのサイズにかかわらず似ているかもしれないということを示しています。研究論文によると、今後もX線・赤外線・可視光・紫外線といった多波長での観測を続け、ブラックホールコロナの近くの様子やジェットを放出するまでの時間的な動きなどについて理解を深めていきたいということです。
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Image Credit: NASA/CXC/M. Weiss
Source: NASA, Chandra X-ray Observatory
文/北越康敬