地球に最も近いブラックホールが「ヒアデス星団」に存在するかも?
【▲ 図: ヒアデス星団 (Image Credit: ESO/Dss2, Giuseppe Donatiello) 】

2015年に初めて「重力波」が直接検出されて以来、この宇宙にはブラックホール同士の連星「連星ブラックホール」がどの程度存在するのかに研究者の関心が集まっています。特に注目されているのは恒星の密度が高い星団における連星ブラックホールの存在ですが、これまで行われてきたのは年齢の古い「球状星団」についての研究がほとんどで、もう1つの星団の形態である「散開星団」についての研究は行われていませんでした。

パドヴァ大学のStefano Torniamenti氏などの研究チームは、この種の研究が可能な散開星団「ヒアデス星団(Hyades Star Cluster)」についての調査を行いました。その結果、ヒアデス星団の中心部には2~3個のブラックホールが存在する可能性が高く、仮に星団を飛び出していたとしても、そのタイミングは1億5000万年以内であることが示されました。ヒアデス星団は地球から約150光年先にあるため、もしも本当に存在する場合、地球に最も近いブラックホールとなります。

ヒアデス星団
【▲ 図: ヒアデス星団 (Image Credit: ESO/Dss2, Giuseppe Donatiello) 】

■星団内にブラックホールは存在するのか?

2015年以降、これまでに数十例の「重力波」 (※1) が検出されており、そのいくつかは恒星質量ブラックホール (※2) 同士の衝突にともなって発生したことが分かっています。重力波の発生源の探索や、宇宙に存在するブラックホールの数を推定する上で、ブラックホール同士の連星は宇宙のどのような場所に、どの程度存在するのかが注目されています。

※1…アインシュタインの一般相対性理論で予測されていた、質量のある物体によって発生する時空の波。重力波でなければ説明が付かない現象は1974年に初めて見つかっていましたが、重力波を直接観測したのは、偶然にも相対性理論が提唱されてから100年の節目にあたる2015年になってからです。

※2…質量が太陽の数倍~十数倍程度のブラックホール。重い恒星の中心核が潰れて形成されると考えられています。

ブラックホールはその名の通り “黒い” ため、単独では電磁波を放射せず、光学的に観測することはできません。近くの物体が引き寄せられることで形成された降着円盤から間接的に電磁波が放射されることはありますが、そのようなブラックホールはかなり少数派であり、宇宙のあちこちには降着円盤を持たないブラックホールが眠っていると推定されています。

そのようなブラックホールでも、重力を介して周囲に及ぼした影響を捉えることで、間接的に調べることは可能です。特に、星団内では影響が顕著に現れると考えられます。星団は恒星の密度が高いため、ブラックホールの近くを恒星が通過する頻度も高くなり、恒星の運動方向や運動速度に生じた変化を捉えやすいと考えられるからです。

このような恒星の運動の変化は、恒星の密度が高い「球状星団」 (※3) においてかなり顕著に現れると推定されています。球状星団は中心に近付くほど恒星の密度が高くなり、重力も強くなる傾向にあるため、より重い恒星は中心部に移動し、恒星の密度が高まることで明るさも増すと考えられます。ただし、一部の球状星団はこの傾向から外れており、中心部の恒星密度がそれほど高くないことがあります。

※3…星団のうち、多数の恒星が重力で集合し、概ね球状の形を取ったもの。数百光年以内に数万個以上の恒星が密集しています。

もしもブラックホールが星団の中心部に存在すれば、近くを通過する恒星の運動が変化し、場合によっては星団を飛び出してしまうことも考えられます。極端な例として、逃げ出した恒星で形成されたとみられる恒星ストリームを持つ「パロマー5」のような球状星団もあります。つまり、典型的ではない球状星団は、その中心部にブラックホールが存在する可能性が高いと考えられるのです。

関連: 球状星団「パロマー5」に予想を上回る数のブラックホールが存在する可能性 (2021年7月6日)

しかし、このような研究はこれまで年齢の古い球状星団のみを対象に行われており、もう1つの星団の形態である「散開星団 (※4) については行われていませんでした。恒星の密度からブラックホールの存在を間接的に予測する手法は球状星団の研究では行われていますが、散開星団には適用されないためです。

球状星団は数百光年の範囲内に数万個以上の恒星が密集している天体ですが、散開星団は同じ範囲に数十~数百個の恒星しか存在していません。散開星団では連星 (※5) や潜在的な逃走者 (※6) の影響が大きくなるため、ブラックホールの存在を球状星団と同じ手法で予測するのは難しいのです。

※4…星団のうち、1つの分子雲から同時に形成された多数の恒星が集合しているもの。

※5…連星は遠くから見れば1つの重力源として振る舞うため、同じ重さの恒星2個からなる連星は、2倍重い恒星が1個だけの天体であるかのように振る舞います。恒星数の多い球状星団であれば連星の存在がもたらす誤差はわずかですが、恒星数が少ない散開星団では問題で、中心部ほど重い恒星になるという傾向に逆らいます。

※6…星団の位置にあるものの、実際には重力的に結合していない恒星のことを指します。星団とは無関係な天体なので除かなければなりませんが、区別することは困難です。これも、恒星数が少ない散開星団では大きなノイズとなります。

■ヒアデス星団には複数のブラックホールが存在する可能性が高いと判明

Torniamenti氏などの研究チームは、「おうし座」の方向150光年先にある散開星団「ヒアデス星団」を対象に研究を行いました。ヒアデス星団は中心部に向かうにしたがって恒星の質量が大きくなる傾向にあり、恒星ストリームも観察されているなど、ブラックホールを持つとみられる球状星団と似たような特徴があります。

Torniamenti氏らは、ヒアデス星団の中心部にブラックホールがあるのかどうかを調べるため、ESA (欧州宇宙機関) の宇宙望遠鏡「ガイア」の観測データを調べました。ガイアは恒星の位置を非常に精密に観測しているため、位置のわずかなずれをもとに恒星の実際の位置や運動速度を調べることができます。つまり、ブラックホールによる恒星の運動に対する影響を、推定ではなく実測で調べることができるのです。恒星の位置から星団内のブラックホールを直接調べる試みは今回が初めてです。

Torniamenti氏らはガイアのデータから調べたヒアデス星団の恒星の運動をもとに、N体シミュレーションを実行しました。これはコンピューター上にヒアデス星団を再現した恒星の集団を作り、お互いが与える重力の影響によって個々の恒星の運動速度や星団全体の大きさがどのように変化するのかを調べる手法です。今回の研究ではブラックホールが0個~5個の場合を想定してシミュレーションを実行しました。

その結果、ヒアデス星団には星団全体の質量の9%以下を占める3個以内のブラックホールが存在する可能性が高く、シミュレーションでは2個もしくは3個と仮定した場合に最も良い結果が得られました。いずれの結果でも、ブラックホール1個あたりの質量は太陽の8.7倍~11.0倍であるため、恒星質量ブラックホールとなります。

また、ヒアデス星団の中心部からブラックホールが逃げ出している可能性も検討されました。その結果、現在のヒアデス星団の恒星の動きをよく表せるのは、今から1億5000万年以内にブラックホールが逃げ出していた場合であることが分かりました。これはヒアデス星団全体の歴史の4分の1に相当します。

Torniamenti氏らは結論として、ヒアデス星団には現在でも複数のブラックホールがあるか、すでに逃げ出していたとしてもまだヒアデス星団の近くに存在すると考えています。この結果が正しければ、地球から約150光年先という、観測史上最も近い場所にブラックホールが存在することになります。この距離は、確実な発見記録としてはこれまでで最も近い、地球から1560光年先にあるブラックホール「Gaia BH1」までの10分の1以下です。

関連: 観測史上地球に最も近いブラックホール「Gaia BH1」を発見 (2022年11月17日)

■実際にブラックホールを見つけるのは難しい

今のところ、ヒアデス星団内のブラックホールが実際に観測される可能性は低いとTorniamenti氏らは考えています。複数のブラックホールが存在する場合は連星をなしている可能性が高く、重力波を放出しているかもしれません。しかし、予測される重力波の周波数やエネルギーは、現在あるいは近い将来に実行される手法で検出できる範囲から外れているため、重力波で検出される可能性はかなり低いと考えられています。また、ヒアデス星団の背景には恒星がほとんど存在しないことから、重力マイクロレンズ法 (※7) で観測される可能性も低いと考えられます。

※7…観測者と遠くの天体の間に別の天体が入り込むと、遠くの天体が明るくなります。これは、間に入り込んだ天体の重力によって光が曲げられて発生する現象であり、あたかも凸レンズのように光を集中させるために起こる現象であるため、これを「重力レンズ効果」と呼びます。そして、恒星や惑星といった、銀河と比べるとずっと軽い天体で起こる重力レンズ効果を利用し、一時的な増光を観測する手法を「重力マイクロレンズ法」と呼びます。

一方で、今回の研究結果は、今まで未開拓だった散開星団の中にもブラックホールが存在することを証明する手法を示したという点で画期的です。散開星団にブラックホールがどの程度の割合で存在するかを知ることで、宇宙全体のブラックホールの数や、重力波の発生源がどの程度存在するのかを推定することができます。また、背景に恒星がある散開星団であれば、重力マイクロレンズ法でブラックホールを直接発見できるかもしれません。

 

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文/彩恵りり