「プラスチックとクッキーの共通点」と聞かれても、ピンとくる人は少ないかもしれません。大きな共通点を1つ挙げるならば、それはどちらも炭素を中心とした有機化合物であるという点です。ですので原理的には、食べられないプラスチックを食べられるクッキーに化学的に変換することができます。
南イリノイ大学カーボンデール校のSandhya Jayasekara氏などの研究チームは、数年前から開発研究に取り組んでいるクッキー「µBites(マイクロバイツ)」についての最新成果を報告しています。このクッキーは、ペットボトルなどに使われるプラスチック「PET樹脂」を原料としています。もちろん、プラスチックがそのまま練り込まれているわけではなく、多段階の処理を通じて、人間が消化吸収可能な分子へと変換してます。
今回の最新の報告は、クッキーの価値を高めるために、色、香り、栄養価に関わる分子をPET樹脂から生成したという内容になっています。
プラスチック汚染と食糧不足を同時に解決する方法はあるか
全世界的な問題というカテゴリーにはいくつもの課題が山積していますが、「プラスチック汚染」と「食料不足」はその筆頭として挙げられるでしょう。環境中に残り続け、マイクロプラスチック問題にも繋がるプラスチック汚染と、現在でも数十億人が飢えに苦しんでいる食料不足。どちらも解決に動くべき課題であるのは間違いありませんが、克服すべき問題がいくつもあるため、解決への歩みはあまり進んでいないのが現状です。
ここで視点を化学の世界に変えてみると、プラスチックと食料には共通点があることが分かります。どちらも炭素を中心とした有機化合物であり、原理的には両者は変換可能です。例えば、植物廃棄物を原料としたバイオマスプラスチックを見かけたことはあるかもしれません。この植物廃棄物には、食料生産に伴う有機物も含まれます。また最近では、食品廃棄物をプラスチックへと変換する研究も進んでいるため、食料からプラスチックに向いた矢印は確立していると言えるでしょう。
しかしその逆、プラスチックから食料へと向いた矢印はあるのでしょうか? これは単純に想像がつかないというだけでなく、化学的な理由から難しいという課題もあります。プラスチックを構成する有機化合物は化学反応しづらい高分子でできているため、プラスチックを分解し、食料を構成する有機化合物へと変換するのが難しいからです。
もちろん、プラスチックを分解する化学反応がないというわけではありません。ただし従来の方法は、高い熱や圧力をかけるか、反応性の高い物質を使うかのどちらかであることが大半でした。この反応の維持にはエネルギーが必要であるため、二酸化炭素の排出のように別の環境問題を引き起こすことにも繋がります。始めから分解しやすい形でできたプラスチック(生分解性プラスチックなど)もありますが、製造コストが高かったり、長持ちするというプラスチックの利点が生かせないなど、別の課題もあります。
このため、従来の分解しにくいプラスチックを食料へと変換するには、環境負荷やコストの大きな化学反応をなるべく減らす必要があります。そして当然、プラスチックから作った食料という点に忌避感が生じることもあるため、生産した食料にはそれを上回る付加価値をつける必要もあるでしょう。
PET樹脂をクッキーに変換する「µBites」

南イリノイ大学カーボンデール校のSandhya Jayasekara氏などの研究チームは、これに対するユニークなアイデアを考案しています。この研究は元々、NASAが企画する「ディープ・スペース・フード・チャレンジ」向けに考案されたものです。月や火星のように地球から遠く離れた場所で恒久的な有人基地を建設する場合、限られた資源と設備でゴミ問題と食料問題の両方を解決しないといけないという点は、全地球的な課題を解決することと共通する点があります。
研究チームが取り組んでいるのは「µBites」というクッキーの開発です。これは一般的なプラスチックの1つで、ペットボトルなどに使われる「PET樹脂」を、食べられるクッキーに変換したものです。
研究チームは数年前からこの研究に取り組んでいます。2024年の時点では、プラスチックと植物廃棄物を、タンパク質、脂質、ビタミン、糖類などに変換し、3Dプリンターでクッキーとして成形、最終的にオーブンで焼けばクッキーとなる段階までが論文として発表されています。この変換の反応では、主に2段階の化学プロセスが挟まれています。
1段階目は「酸化熱水分解(Oxidative Hydrothermal Dissolution)」と呼ばれる反応です。これは高温の酸素と水を用いて、反応しにくいPET樹脂を利用しやすい分子へと変換する反応です。この反応には熱を加えなければならないという点はあるものの、反応の前後で有害な物質の利用・排出がないという利点があり、従来の似たような反応と比べるとコストや環境負荷が小さいという利点があります。またこの反応では、植物の茎や葉のような、利用されない植物廃棄物を変換することもできます。
2段階目は、遺伝子改変を施した酵母による反応です。この段階では、先ほどの酸化熱水分解で生じた分子が、人間が食料として消費できる分子へと変換されます。タンパク質やビタミンといった、生存に欠かせない栄養素へと変換することによって、限られた資源から得られる食料としての価値を高めます。
色や栄養価の合成により付加価値を強化
今回のアメリカ化学会の秋大会で発表された成果は、µBitesの付加価値をさらに高めるものです。
いくら栄養があると言っても、見た目や味が美味しそうでなければ、食べる気がしないというのが食事というものです。ましてやプラスチックから作ったという前提があるならば、いくら化学的には元の性質を失っているとはいえ、µBitesにはそれによる忌避感を上回る付加価値が必要になるでしょう。
今回の発表では、遺伝子操作した酵母(※1)を使った新しい成果が報告されています。遺伝子操作がされていると言っても、これらの酵母の元は、パンに含まれる酵母であったり、長年の研究で安全性が確認されている酵母の種です。
※1…「Saccharomyces boulardii」「Saccharomyces cerevisiae」「Rhodosporidium toruloides」の3種類。
例えば、バニラの香りがする「バニリン」が生成する酵母によって、クッキーに香りをつけることができます。あるいは、体内でビタミンAに変化する「β-カロテン」の生成効率を改善することにも成功しています。β-カロテンはニンジンに代表される赤橙色の原因でもあるため、クッキーに色味をつける事もできます。このほかにも、風味や色に関わる分子を生成することにも成功したため、全体的に味付けが向上しています。
今回発表された内容は、µBitesをおいしく感じるための工夫となっており、 “プラスチックからできたクッキー” という忌避感を軽減するのに役立ちます。まだ第三者機関による判定は行われていませんが、これまでに食べたことがある人々の反応はおおむね好意的なものとなっています。
また、µBitesはこれで完成形ではありません。でんぷんや食物繊維など、クッキーのメインである生地部分はまだ酵母などの微生物によって生み出せていないからです。研究チームは研究を続けることで、数年後には市販することを目指しています。
【▲動画: 今回の研究に対するHeadline Scienceのショート動画】
ひとことコメント
みんなはこれを食べてみたい? 私は食べてみたい!(筆者)
文/彩恵りり 編集/sorae編集部
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参考文献・出典
- Sandhya Jayasekara. “Engineered yeast consortia for converting plastic and biomass-derived compounds into valuable food additives”.(American Chemical Society)
- ACS Newsroom. “This cookie started its life as a plastic bottle”.(American Chemical Society)
- Lahiru N. Jayakody, et al. “Next-generation 3D-printed nutritious food derived from waste plastic and biomass”.(Trends in Biotechnology)










