米スペースX社は1月6日17時6分(アメリカ東部標準時)、タイの通信衛星タイコム6を搭載したファルコン9を、米フロリダ州ケープ・カナベラル空軍ステーションから打ち上げた。昨年の12月3日には通信衛星SES-8の打ち上げに成功しており、わずか1ヶ月で2機の打ち上げを成功させたことになる。

さらに今年、スペースX社はファルコン9を10機以上打ち上げる予定で、また超大型ロケットのファルコンヘビーの試験打ち上げも計画されているなど、商業打ち上げ市場のみならず、宇宙開発を揺るがすほどの大きな革命が起ころうとしている。

スペースX社は、正式にはスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ(Space Exploration Technologies Corporation)と言い、電子決済サービスでお馴染みのペイパルを経ち上げたイーロン・マスク氏によって、2002年に設立された。同社はロケットエンジンなどの部品の開発から、ロケットの製造、打ち上げ運用まで一貫して行うことを目指し、他社から技術者を引き抜くなどして技術力を付け、そしてまず小型ロケットのファルコン1を開発した。

ファルコン1は2006年3月に1号機が打ち上げられるも失敗、続く2号機と3号機も失敗し、2008年9月28日の4号機で初めて成功、2009年にも5号機による衛星の打ち上げに成功した。

また2005年からは大型ロケットのファルコン9の開発も始められた。また同時期、アメリカではスペースシャトルの引退に伴い、国際宇宙ステーション(ISS)への物資や人員の輸送を民間企業に担わせようとする動きが出始め、スペースX社もこれに呼応し、ファルコン9によって打ち上げられる、ドラゴンと呼ばれる無人輸送機と有人宇宙船の開発に着手した。NASAからの資金供給によって開発は加速され、ファルコン9は2010年6月4日に1号機の打ち上げに成功した。

この1号機ではドラゴンの模型が搭載されていただけだが、同年10月8日に打ち上げられた2号機では輸送機型のドラゴンが搭載されて打ち上げられ、成功。2012年6月22日の3号機の打ち上げにも成功し、さらにドラゴンはISSまで飛行し結合、物資を補給した後に分離、大気圏に再突入し、回収する試験まで行われた。

2012年10月8日に打ち上げられた4号機では、NASAとの契約によるISSへの商業補給サービス(CRS)の1回目としてドラゴンが搭載されていた。しかし飛行中に9基ある第1段エンジンのうち1基に異常が発生し、他の8基のエンジンを予定より長く燃焼させることで挽回し、ドラゴンは予定通りの軌道に投入されたものの、同乗していた通信衛星オーブコムG2を予定より低い軌道にしか入れられず、同衛星は後に運用が断念された。

2013年3月1日にはCRS契約に基づく2回目の打ち上げに成功し、ドラゴンを無事、ISSへと向かう軌道へと乗せた。

ファルコン9が順調に打ち上げ回数を重ねる中、それと平行して、ファルコン9の打ち上げ能力を向上させたファルコン9 v1.1と呼ばれる機体の開発も行われた。このv1.1構成の機体は2013年9月29日、ファルコン9の6号機の打ち上げから投入され、それまでのファルコン9とは姿形も異なるロケットであるにもかかわらず、初打ち上げで成功を収めた。

同年12月3日には通信衛星SES-8を搭載したファルコン9の7号機、v1.1としては2号機の打ち上げが行われた。ファルコン9にとって初めてとなる静止衛星の打ち上げであったが、完璧な成功を成し遂げ、今回のタイコム6の打ち上げへとつなげられた。

ファルコン9は今年、ISSへのドラゴン補給ミッションの打ち上げが4回、通信衛星や地球観測衛星などの通常の人工衛星の打ち上げが9回から10回予定されている。さらに加えて、ファルコン9を基に開発されている、超大型ロケットのファルコンヘビーの試験打ち上げも予定されており、つまり平均すると毎月1機以上のペースで、スペースX社はロケットを打ち上げるということになる。

ファルコン9の最大の魅力は価格の安さで、他の同性能のロケットと比べると、半額か、さらにそれ以下の価格で打ち上げられる。その反面、打ち上げ回数が少ないことによる信頼性の低さが欠点だが、もし今年、予定通り10機以上の打ち上げをこなすことができれば、ファルコン9は右に出るものはいない、革命的なロケットとなるだろう。

また衛星産業でもファルコン9に対する期待は高まっている。例えばファルコン9は静止衛星を打ち上げる際に、軌道傾斜角の大きな静止トランスファー軌道にしか投入できないという問題を抱えている。

静止衛星というのは高度36,000km、かつ赤道上に存在する円軌道のことで、この軌道に直接衛星を投入することは難しい。そこで静止トランスファー軌道と呼ばれる、静止衛星の一歩前の軌道へ送り込むのが基本となっている。静止トランスファー軌道というのは、大きな楕円を描く軌道で、地球からもっとも遠い点(遠地点)は静止軌道と同じ高度36,000kmにあるが、地球にもっとも近い点(近地点)は数百kmと低く、軌道傾斜角も0度ではなく、打ち上げ場所の緯度と同じ角度である場合が多い。この軌道に衛星を投入した場合、静止軌道への移動は衛星側が行わねばならず、その分推進剤を消費してしまう。静止衛星という場所は安定しておらず、定期的にスラスターで調整をしないと少しずつずれて行ってしまうから、つまり燃料の残量はそのまま静止衛星の寿命とも言える。そこで衛星側にとっては、静止衛星への移動をなるべく少ない推進剤で行いたいという事情がある。

ロシアのプロトンであれば、衛星によっては静止軌道への直接投入が可能であるが、ファルコン9も含めた他のロケットは、もっぱら静止トランスファー軌道か、あるいはスーパー・シンクロナス・トランスファー軌道と呼ばれる、静止トランスファー軌道より効率的に静止軌道へ移行できる軌道へ送り込む運用を行っている。つまり他のロケットとの差別化を図るために、いかにしてお客である衛星に、静止衛星への移動において負担を掛けないような打ち上げができるかが一つの鍵となる。

そこで衛星製造の大手の一つボーイング社では、ファルコン9のために、電気推進を使用する衛星の開発を進めている。電気推進は非常に燃費が良く、今までより少ない燃料で静止衛星への移動が可能となる。その反面、移動にかかる時間が従来より延びてしまが、そこは製造期間を短縮することで補われる。また他の衛星でも、燃料の搭載量を増やすことで、ファルコン9で打ち上げても寿命が変わらないような改修が行われつつあり、つまりファルコン9の限界を衛星側の努力でカバーし、衛星を使う側にとっては、今までより安く、ただし性能は変わらない衛星を手にすることができるような協力体制ができつつある。

現在の大型静止衛星の打ち上げ市場は、アリアン5を持つアリアンスペース社と、プロトンMを持つインターナショナル・ローンチ・サービシズ社がほぼ二分している状況にあるが、ファルコン9がそこへ割り込み、さらには市場を牽引するまでにシェアを奪う可能性もある。

そしてスペースX社では再使用ロケットの開発も進めており、実用化できれば現在のファルコン9よりさらに打ち上げ価格が下がるといわれている。そうなれば人工衛星を使ったサービスがさらに広がり、より多くの人が宇宙技術の恩恵にあずかることができるようになろう。そして宇宙旅行や火星への有人飛行も現実味を帯びてくる。

ファルコン9がもたらすであろう革命とは、単に新たな企業が業界の勢力図を塗り替えるということに留まらず、人類の生存圏を拡大させるほどの壮大なものになるかもしれない。

 

■SPACEX SUCCESSFULLY LAUNCHES THAICOM 6 SATELLITE TO GEOSTATIONARY TRANSFER ORBIT | SpaceX
http://www.spacex.com/press/2014/01/06/spacex-successfully-launches-thaicom-6-satellite-geostationary-transfer-orbit

Last Updated on 2022/11/14