現在、世界をリードする民間宇宙企業として名を馳せるようになったスペースXは、わずか22年ほどの間に様々な快挙を成し遂げています。空を見て楽しむだけだった宇宙をより身近なものにし、さらにSF映画のようなことをものすごいスピードで実現しているのです。
今回は、同社のスタイリッシュな宇宙服にスポットを当てて、スペースXの魅力をご紹介したいと思います。
■現在までのスペースXについて
スペースXの創立は2002年。アメリカ航空宇宙局(NASA)のスペースシャトルがまだ現役で宇宙に人を運んでいた頃、イーロン・マスク氏が立ち上げました。
この頃から、マスク氏は大きな野望を持っていました。それは赤い惑星「火星」を開拓して、人類を複数惑星にまたがる文明にすることです。
スペースXはその目標に向けてロケットや宇宙船の開発を進めていくのですが、今回分かりやすくお話するために、同社が成し遂げたことを3つのポイントに絞って挙げてみたいと思います。
・宇宙へ頻繫に物資を輸送できる打ち上げサービス
・コストダウンを図った再利用可能なロケット
・宇宙飛行士だけでなく民間人も大人数搭乗できる宇宙船
どの項目も今までのロケット開発では達成出来ず、断念していたことでしたが、スペースXは次々と成功を収めてきたのです。
では、どのようにしてそれらを達成したのかを見ていきましょう。
Falcon 1(2006年~2009年)
スペースXは最初にFalcon 1(ファルコン1)ロケットを開発しました。2006年、創立からわずか4年で1回目のロケット打ち上げを行いましたが、トラブルが続いて3回連続で失敗してしまいます。会社も破綻寸前に追い込まれましたが、4回目の打ち上げで見事成功をおさめました。Falcon 1の打ち上げ成功は、民間が開発したロケットとして初の軌道到達となりました。
マスク氏はもともとロケットをロシアから買うつもりでしたが、あまりにも高い値段を提示され、交渉が上手く行きませんでした。火星移住を目標とする上ではコスト面を考えなければなりません。そこで、マスク氏はコスト削減に力を注ぎ、できる限り内製しようと試みます。
ある時には、燃料タンクが壊れ、タンクが膨らみ亀裂が生じてしまうということが起きました。その際にマスク氏は、「いや〜そのくらい直せよ」「膨らんだところをハンマーでたたいて修正し、溶接すれば、実験が続けられるだろう」(ウォルター・アイザックソン/著 井口耕二/訳 「イーロン・マスク上」より)と部下に指示を出す、いわば“なんとかしろ精神”で挑んでいました。そのおかげか、スペースXは創立からわずか数年でロケット用部品の70%を自社で生産するようになりました。
また、宇宙航空研究開発機構(JAXA)元宇宙飛行士の野口聡一さんは、「宇宙に行くことは地球を知ること」(野口聡一/著、矢野顕子/著、林公代/取材・文)という本の中で、後述するスペースXの有人宇宙船での訓練中に液晶パネルの表示が間違っていた時、その場で画面を設計した技術者に来てもらったところ、次の日には直っていたと述べています。このエピソードもまた、スペースXの持つ“スピード感”を感じさせます。
スペースXは創立当初からロケットの機体やエンジンを自社で開発・生産しており、これが今後の大きな成功のカギとなるのです。
Falcon 9(2010年~現在)
その次に開発されたのは、2010年に登場したFalcon 9(ファルコン9)ロケットです。Falcon 9は2024年時点でスペースXの打ち上げサービスを担う主要ロケットです。
このFalcon 9では打ち上げたロケットの1段目を地上に垂直着陸で帰還させることに成功し、一部ながらもロケットの再利用を実用化させました。
垂直着陸でロケットが戻ってきた時の映像はスペースXの公式YouTubeチャンネルなどで公開されているので、まだ見たことがない人にはぜひご覧頂きたいです。興奮せずにはいられない映像です。
【▲ "The Falcon has landed" | Recap of Falcon 9 launch and landing(動画)】
(Credit: SpaceX)
こちらはロケットに搭載されたカメラで撮影した映像です。かなりのスピード感にびっくりします。
【▲ First-stage landing | Onboard camera(動画)】
(Credit: SpaceX)
2024年3月時点でのFalcon 9の打ち上げ回数は合計309回。そのうち、再利用したロケットを飛ばした回数は239回です。4年前の2020年6月時点では打ち上げ回数はまだ89回でしたが、その後はどんどん加速しています。設計から開発、打ち上げまでを一貫して行い、スピード感をもって改善していくスペースXだからこそ出来たことだと言えます。
Dragonシリーズ(2010年~現在)
その次に宇宙への物資輸送目的で開発されたのが宇宙船「Dragon(ドラゴン)」です。物資輸送に使われる補給船は「Cargo Dragon(カーゴドラゴン)」と呼ばれています。Cargo Dragonは2010年12月にFalcon 9に搭載されて初めて打ち上げられ、2012年5月の2回目の打ち上げでは国際宇宙ステーション(ISS)へのドッキングに成功しました。
そして、後にスペースXは物資だけでなく、人間も打ち上げてしまいます。
それが、日本人宇宙飛行士も搭乗する有人宇宙船「Crew Dragon(クルードラゴン)」です。Crew Dragonは“出来るだけ簡単な操作で宇宙に行ける手段を作る”という目的のもとで開発されました。操作は全てタッチパネルで行うように作られていて、特別な訓練が必要だったボタン操作も一般の人が行えるように設計されています。
2020年5月にはCrew Dragonに2人の宇宙飛行士が搭乗してISSに向かいました。スペースシャトルが退役してから約9年、ロシアのソユーズ宇宙船に頼っていたアメリカにとって、Crew Dragon初の有人飛行は誇らしい瞬間となりました。みなさんがよく知っている野口元宇宙飛行士は、Crew Dragonによる2回目の有人宇宙飛行ミッション「Crew-1」の一員として同年11月に搭乗し、ISSで長期滞在を行いました。
Falcon Heavy(2018年~現在)
2018年には、より推進力が高く、当時打ち上げ能力世界最大のロケットと言われたFalcon Heavy(ファルコン・ヘビー)」ロケットが登場します。Falcon Heavyは64トンの物資を運ぶことができ、これは火星にも物資を輸送できるということを示しています。2018年2月に行われた初回のデモフライトでは、マスク氏が所有するテスラ・ロードスターにダミー人形を載せ、見事打ち上げを成功させました。テスラの車が地球をバックに写っている写真は本当にSF映画のようで感動ものです。
この時点で、スペースXはすでに頻繫に物資を輸送できる打ち上げサービスと、再利用可能でコストダウンを測ったロケットの実用化を達成しています。さらに民間企業主導の有人宇宙飛行にも成功し、誰もが宇宙に行ける時代へ大きく近づきました。
かなり長くなりましたが、スペースXのすごさを感じて頂けましたでしょうか? これをすべて民間企業が行っているのですからびっくりしますね。
最後にもう1つだけ、ロケットを紹介します。マスク氏の目標は複数の惑星に生命・文明を広げることなので、まだまだスペースXの成長は止まりません。
Starship(開発中)
3つ目のポイントである”宇宙飛行士だけでなく、民間人も大人数搭乗できる宇宙船”というのは、現在開発中の大型宇宙船「Starship(スターシップ)」で叶おうとしています。Starshipは2017年に構想が発表されて以来、完成に向けて猛スピードで開発が進められています。
Starshipは今までにない超巨大な宇宙船で、なんと100人の搭乗が可能です。これは、ひょっとしたら読者のみなさんも本当に乗ることになるかもしれない、歴史的なロケットになるでしょう。Starshipは過去に3回の軌道打ち上げ試験を行っており、今年2024年6月6日には4回目の試験が行われたばかりです。
■宇宙服
さあ、スペースXの今までの経緯をおさらいしたところで、映画のようなかっこいいシルエットで話題を呼んだ宇宙服をご紹介したいと思います。
与圧服
スペースXが開発した宇宙服はかなりスタイリッシュですが、あれは船外活動用ではなく「与圧服」と呼ばれていて、宇宙船の打ち上げ時、ISSとのドッキング時・分離時、地球への帰還時に船内で着用するものです。ですから、ISSで過ごしている間もずっと着ているわけではなく、宇宙に行く時と帰るときにだけ着用します。
では、なぜ行く時と帰る時に専用の服が必要なのでしょうか?
高度の非常に高い環境では、気圧が大きく下がり、人間は生きていくことが出来ません。もしも宇宙船に何らかの故障などが発生した場合、内部の気圧を一定に保つことができる与圧服をあらかじめ着用しておくことで、身を守ることができるのです。
デザイン×技術
与圧服の黒と白で統一されたデザインには、立っていても座っていてもかっこよく見えるようにと、たくさんのこだわりが詰まっています。胴体の部分は細く見えるように側面が黒色になっており、肩のラインは四角く、また鎖骨から膝までの部分には縫い目がなくグレーのラインだけが施されています。スマートなデザインに合わせたスーパーヒーローのような膝高のブーツがかっこいいですね。また、従来のNASAの宇宙服が重さ42㎏だったのに対し、スペースXの与圧服は約4/1の10kgになっています。
ヘルメットの部分は3Dプリンターで作られており、グローブはタッチパネルに対応しています。一見すると上半身と下半身が分割されているように見えますが、実はヘルメットから足先まで全て一体型になっており、着用する時は唯一の開口部である股の部分から頭を先に入れるようになっています。また、開口部は3段階式のチャックで開け閉め出来る構造で、1番内側は宇宙服の中の空気を守る重要なチャックになっています。
秘密のコネクターで従来の問題を一気に解決
さらに、太ももの部分には宇宙船と繋がるコネクターが内蔵されていて、与圧服内部の空気を循環させたり非常時の冷却空気を送りこんだりする他に、通信を行うための接続コネクターも兼ねています。
与圧服の見た目をスッキリさせる上で、この内蔵されたコネクターが一番と言ってもいいほど重要な役割を果たしています。従来のNASAの宇宙服には多くのコネクターがあり、宇宙飛行士は一人では着られないほどの装置を抱え、宇宙服の気圧や温度を自分で調整していました。
しかし、スペースXの与圧服は宇宙飛行士がCrew Dragonに座ると宇宙服内の圧力や温度を自動で認識し、圧力の減少を制御するシステムが稼働し、大気圏投入時には宇宙服内を低温にコントロールしてくれるシステムを取り付けたのです。
このおかげで、今までは何人もの人が手伝っていた宇宙服の装着が1人で全て完結出来るようになりました。ちなみに、太もものコネクター部分は外側からは全く見えず、宇宙服の全身が映っている写真を見ても、四角い枠があるだけで、なんの凹凸もないように見えます。本当に見た目にこだわって作られているのが伝わりますね。
また、先日スペースXは新たに開発した船外活動(EVA)用の宇宙服を発表しました。スマートで見た目にこだわったデザインや細かな動きを可能にする技術は、船外活動用宇宙服でも踏襲されています。この宇宙服を身に付けた宇宙飛行士が、宇宙空間を遊泳する姿を見るのが楽しみです。詳しくは以下の関連記事をご覧下さい。
関連記事
・スペースXが船外活動用宇宙服を公開 民間主導のミッションで使用予定(2024年5月9日)
■まとめ
スペースXのロケットやこだわりが詰まった宇宙服には様々な革新的な技術が使われており、紹介すればするほどどんどん深みにはまって行きそうですね。同社の大きな成功の影には、ロケットや宇宙船などを自社で開発・製造する体制があり、スタッフ達の誇りが感じられそうです。
スペースXが衛星の打ち上げを5カ月の間に11回も成功させていた時でも、マスク氏は一切の気の緩みを許しませんでした。ある夜遅くに発射台を訪れたところ、社員が2人しか残っていないことを知ったマスク氏は「全員について、本来なにをしているべきなのか、48時間以内にまとめて報告しろ」(ウォルター・アイザックソン/著 井口耕二/訳 「イーロン・マスク上」第57章より)と言い放ったこともあるそうです。どこまでも集中して結果を求める姿勢が必要だと考え、切迫感を持って望んでいたからこそ、このようなスピードで成長することが出来たのだと思います。
現在はStarshipの開発に力を注ぐスペースXですが、同社のロケットや宇宙船は今後も活躍の機会をどんどん増やしていくことでしょう。
今後の打ち上げスケジュールはsoraeの「ロケット打ち上げ情報」から得ることが出来ます!
Source
- SpaceX
- JAXA 有人宇宙技術部門 - 宇宙服
- National Air and Space Museum - SpaceX Dragon Launch and Entry Suits
- Primal Space - How SpaceX Mastered Space Suits (YouTube)
- YKK株式会社 - こんなところにYKK
- スペースX - Wikipedia
- Soichi Noguchi, Ph.D. - 野口宇宙飛行士の宇宙暮らし054 SpaceX 宇宙服解説
- 野口聡一/著、矢野顕子/著、林公代/取材・文「宇宙に行くことは地球を知ること」
- ウォルター・アイザックソン/著、井口 耕二/訳「イーロン・マスク 上」「イーロン・マスク 下」
文/池澤朱音 編集/sorae編集部