アメリカ航空宇宙局(NASA)は2024年6月4日付で、先日打ち上げから34周年を迎えた「ハッブル宇宙望遠鏡(Hubble Space Telescope: HST)」の姿勢制御について、現在3基稼働しているジャイロスコープ(ジャイロセンサー、角速度センサー)のうち1基が度々誤った測定値を示している問題を受けて、1基のジャイロだけを稼働させるモードに移行するための作業を進めていると発表しました。【最終更新:2024年6月5日10時台】
ジャイロスコープは姿勢制御に関する機器の一つで、高速で回転するホイールが組み込まれています(ハッブル宇宙望遠鏡の場合は毎分1万9200回転)。回転するホイールの回転軸は望遠鏡の向きが変わっても同じ方向を指し続けようとするため、基準の方向に対するホイールの回転軸の方向の変化を捉えることで、望遠鏡の回転方向や回転速度を検出することができます。
ハッブル宇宙望遠鏡で現在使用されているジャイロスコープは、2009年5月に実施されたスペースシャトルによる5回目のサービスミッション(STS-125)で交換された6基のうちの3基です。残りの3基は配線に使用されている非常に細い金属ワイヤーが損傷してしまったため、すでに使われていません。稼働中の3基についても1基がすでに故障の兆候を見せ始めており、2023年11月にはこのジャイロスコープが誤った測定値を示したことでハッブル宇宙望遠鏡はセーフモードに切り替わり、科学観測が一時中断されるトラブルがありました。
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NASAによると、2023年に問題が生じたのと同じジャイロスコープが再び誤った測定値を示したため、ハッブル宇宙望遠鏡は2024年5月24日にセーフモードに切り替わりました。このジャイロスコープはここ6か月の間に誤った値を示すことが多くなっていて、ジャイロの電子機器をリセットしても一時的な解決にしかならず、その度にセーフモードへ切り替わる原因になっているといいます。
セーフモードで中断されることなく科学観測を行えるようにするために、NASAはハッブル宇宙望遠鏡を1基のジャイロスコープだけで運用するモード(以下「1ジャイロモード」)へ本格的に切り替えることを決定しました。1ジャイロモードは1999年10月に当時稼働していた6基のジャイロのうち4基が故障したことを受けて考案された2基のジャイロだけを使用するモード(以下「2ジャイロモード」)から発展した運用方法です。2ジャイロモードは2005年~2009年にかけて、1ジャイロモードは2008年の短期間にそれぞれ運用された実績があり、3基のジャイロを稼働させる場合と比べて効率は下がるものの、科学観測の品質に影響はないとされています。1ジャイロモードでは現在も正常な値を示している2基のジャイロのうち1基は将来のために温存されることになります。
1ジャイロモードでは磁力計、太陽センサー、スタートラッカーといった他のセンサーとジャイロスコープを連携させてハッブル宇宙望遠鏡の姿勢を測定します。最初のステップでは磁力計、太陽センサー、ジャイロを使って望遠鏡を観測対象の中心から10度以内の方向へ向け、次にスタートラッカーとジャイロを使って数十秒角(1秒角=60分の1分角=3600分の1度)以内に向けます。続いてガイド星を利用するファインガイダンスセンサーを使って0.15秒角(150ミリ秒角)以内に向けた後、使用する観測機器に応じてセンサーの調整を行い、望遠鏡は観測対象の中心から0.02秒角(20ミリ秒角)以内に向けられます。
一方で、1ジャイロモードにはデメリットもあります。まず、ハッブル宇宙望遠鏡を観測対象へ向けるのに必要な時間が長くなるため、ある特定の時点で観測できる対象についての柔軟性が低下します。また、ハッブル宇宙望遠鏡にとってはまれな観測対象ですが、火星よりも近い場所を移動する天体を追跡することもできないといいます。
NASAによると、望遠鏡側と地上側のシステムを再構成し、計画されている今後の観測に対する影響を評価した後に、2024年6月中旬からハッブル宇宙望遠鏡による科学観測を再開する予定だということです。
Source
- NASA - NASA to Change How It Points Hubble Space Telescope
- NASA - Pointing Control
- NASA - Operating Hubble with Only One Gyroscope
文・編集/sorae編集部