現代の天文学ではX線による観測が欠かせません。中性子星やブラックホールに関わる事象、超新星残骸や活動銀河核など、宇宙はX線を放射するさまざまな天体で満ちているのがその理由です。しかし、X線は地球の厚い大気に吸収されてしまうため地表には届きません。そのため、X線観測装置(X線望遠鏡)を搭載した人工衛星を軌道上に打ち上げて、大気圏の外からX線源を観測しています。
2024年1月9日に「長征2C」ロケットに搭載されて打ち上げられた中国科学院(Chinese Academy of Sciences)の科学衛星「Einstein Probe(アインシュタインプローブ)」もその一つです。欧州宇宙機関(ESA)の「XMM-Newton」、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「XRISM」といった、既存のX線宇宙望遠鏡によるX線源の観測体制に新たに加わることになります。
アインシュタインプローブには観測装置として広視野X線望遠鏡「WXT(Wide-field X-ray Telescope)」とフォローアップX線望遠鏡「FXT(Follow-up X-ray Telescope)」が搭載されています。2種類の装置はそれぞれ異なる役割を担っています。
WXTは「lobster eye(ロブスターアイ)」と呼ばれる新技術を採用した12個のモジュールで構成され、一度に全天のほぼ11分の1のパノラマを観測することができます。WXTの視野は3600平方度(※)を超える広大なもので、地球をわずか3周する間に全天をカバーできるということです。
※…平方度(へいほうど、square degree)は立体角の非SI単位。1平方度は一辺が1度(度数法による)の正方形と同じ面積を持つ球面上の範囲を切り取る立体角。
一方、FXTは視野が狭い代わりに感度が高く、WXTが捉えた短時間の現象をピンポイントで特定しクローズアップすることが可能です。FXTは2台のX線望遠鏡で構成され、WXTで捉えられたX線を放射する天体および事象の詳細な研究に用いられます。
打ち上げから数か月間、ミッション運用チームは観測装置の機能を確認するために必要なテストを実施し、科学機器の較正を行ってきました。この重要な段階ですでにアインシュタインプローブはさまざまなX線源からデータを収集し、画像を撮影しています。最初に撮影された画像では、超新星残骸、楕円銀河、球状星団、星雲に焦点が当てられました。
X線源の監視活動を開始したWXTは、2024年2月19日に最初の過渡的なX線源(「ガンマ線バースト」の候補)を発見しました。過渡的なX線源は継続的に輝いているわけではなく、突然現れて再び暗くなる天体です。このガンマ線バーストの候補も輝き続けた時間は100秒間でした。WXTはさらに14個の一時的なX線源を発見した他に、X線フレアを呈する127個の恒星も捕捉しました。
また、FXTも2024年3月20日にWXTによって発見されたX線源の追跡観測をすでに実施しました。これらの観測が実施されたことは、アインシュタインプローブの本格的な観測に向けた準備が整ったことを意味します。
アインシュタインプローブプロジェクトの科学者Erik Kuulkers氏は「機器が完全に較正されていないにもかかわらず、WXT によって最初に発見された過渡的なX 線源を、FXTを使用してすでに追跡観測できたことは驚くべきことです」と語っています。
アインシュタインプローブは引き続き軌道上での較正作業を続け、2024年6月中旬頃には通常の観測を開始する予定とのこと。3年間に及ぶミッション期間中、高度600kmの地球低軌道を周回しながら、WXT装置を用いて一時的なX線源を監視および探査し、FXT装置を用いて新たに検出されたX線源や既知の興味深い天体の詳細な調査を実施することになります。
アインシュタインプローブの機能は、XMM-NewtonとXRISMによる高度な研究の補完に多大な貢献をします。さらに本ミッションは、ESAが開発を予定している史上最大のX線宇宙望遠鏡「NewAthena(Advanced Telescope for High-ENergy Astrophysics:高エネルギー天体物理学先端望遠鏡)」によるX線観測に備えるための基礎となります。
アインシュタインプローブによって撮影された最初の画像は、北京で開催されたアインシュタインプローブコンソーシアムの第7回ワークショップで発表されました。
関連記事
・中国科学院の宇宙観測衛星「アインシュタインプローブ」打ち上げ成功 欧州宇宙機関も開発に協力(2024年1月29日)
Source
- ESA - Einstein Probe opens its wide eyes to the X-ray sky
文/吉田哲郎 編集/sorae編集部