【▲ 火星の地表を舞うレゴリス粒子の想像図(Credit: NASA/AI. SpaceFactory)】

アメリカ航空宇宙局(NASA)の副長官(当時)であったJames Reuter氏は、2023年5月にワシントンで開催された「Humans to Mars Summit」の席上、2040年までに火星への有人飛行を実現することがNASAにとって重要な目標であると発言しました。言葉通りならあと16年以内に実現されることになる有人火星探査ですが、火星行きの有人宇宙船の開発、長期間のミッションで宇宙飛行士が直面する心理的・生理的・物理的影響の克服など、多くの難題が予想される中、人類が目的地である火星で安全に居られるためにも解決すべき課題が残されているようです。

【▲ 2023年に開催されたHuumans to Mars Summitの様子】
(Credit: Space.com)

こうした課題のひとつに取り組んだイギリスのブリストル大学の学生Benjamin M. Griggs氏とLucinda Berthoud教授を含む研究グループは、火星表面に堆積する物質「レゴリス」が宇宙服に付着することを防ぐシステムを提案しました。

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宇宙飛行士にとって有害な火星環境

レゴリスは月や火星などの天体表面を層状に覆う砂状の物質のことで、たとえば月の高地では5〜10メートルの厚さのレゴリスが堆積していることが確認されています。特に火星のレゴリスの粒子は、宇宙線の被曝だけでなく「ダストデビル」と呼ばれる火星特有の渦や嵐が引き起こす静電気放電により静電気を帯びています。そのため、ファンデルワールス力で宇宙服に付着するようです。また、火星のレゴリスは発がん性物質のクロムを含んでいることが判明しており、呼吸系疾患のリスクを高める可能性があるといいます。実際、NASAが2007年に公表した報告書によると、月のレゴリスが人体に悪影響を及ぼす可能性が報告されています。

NASAのアルテミス計画では、レゴリス粒子が宇宙服などに付着しないようにするための様々な手法が提案されています。その中には宇宙服に対するコーティング技術や電子ビームを用いた掃除などが含まれますが、火星のレゴリスは月よりも有害であるため、宇宙飛行士の居住区域に入り込まないよう宇宙服からレゴリスを除去する必要があるといいます。

関連記事: 月面で宇宙服を洗濯するなら液体窒素が最適? レゴリス除去の有効性が判明(2023年3月12日)

電気の力を借りてレゴリスを除去

研究グループが提案したレゴリス除去システムは、「誘電泳動」という現象を応用しています。粒子が電場によって動く現象としては「電気泳動」が知られていますが、この現象は帯電している粒子に外部電場を与えると一方の極に移動するというものです。これに対して誘電泳動とは、均一でない電場の下で帯電していない粒子(誘電体)が分極し、電場の強い方向へと動く現象を指します。

このレゴリス除去システムは静電気除去デバイスと高電圧波形発生器から構成されており、静電気除去デバイス内の電極アレイに高電圧の矩形波を印加することによって、非一様な電場を発生させています。この電場のおかげで、静電気力と誘電泳動の組み合わせで電荷を帯びたレゴリス粒子と電荷を帯びていないレゴリス粒子の双方が除去されるといいます。

【▲ レゴリス除去システム。静電気除去デバイス(ERD)と高電圧波形発生器から成り立つ(Credit: Benjamin M. Griggs and Lucinda Berthoud)】

研究グループはレゴリス除去システムの性能を定量化するため、矩形波の周波数や振幅、電極とレゴリス層の間の距離、宇宙服の材質などの変数を詳細に調査しました。静電気除去デバイスにレゴリス粒子を付着させて実験を行なった結果、約98%のレゴリス粒子を静電気除去デバイスから分離できることが判明しました。

【▲ ERDに付着したレゴリス粒子(上図)とレゴリス粒子が除去された様子(下図)(Credit: Benjamin M. Griggs and Lucinda Berthoud)】

その一方で、レゴリス粒子と静電気除去デバイスとのあいだに宇宙服の素材であるノーメックスやテフロン、ケブラーなどを挟んで同様の実験を行なったところ、性能が著しく低下しました。レゴリス粒子とデバイス間の距離が増加したことが原因だと考えられるため、レゴリス除去システムを宇宙服の素材に直接織り込むなど、統合する必要があると結論付けています。

【▲ ERDとレゴリス粒子のあいだに宇宙服の素材を挟んだ状況(上図)。レゴリス粒子はほとんど除去されなかった(下図)(Credit: Benjamin M. Griggs and Lucinda Berthoud)】

研究グループによると、提案手法は太陽光パネルからレゴリス粒子を除去するなど、多岐にわたる応用が可能であり、アポロ計画で用いられていた機械的な除去方法に取って代わる可能性があるようです。また、火星ミッションにおいても有用な手段となるよう、レゴリス除去システムを洗練させる必要があるとしています。

 

Source

  • Universe Today - Electrodes in Spacesuits Could Protect Astronauts from Harmful Dust on Mars
  • Universe Today - NASA is Testing a Coating to Help Astronauts and Their Equipment Shed Dangerous Lunar Dust
  • doi:10.1016/j.actaastro.2024.02.016 - Development of electrostatic removal system for application in dust removal from Martian spacesuits
  • Space.com - Sending astronauts to Mars by 2040 is 'an audacious goal' but NASA is trying anyway
  • NASA - Lunar Regolith
  • NASA - Topical: Electrostatic dust removal from spacesuits
  • NASA - The Effects of Lunar Dust on EVA Systems During the Apollo Missions
  • NASA - Electrodynamic Dust Shield for Space Applications

文/Misato Kadono

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