深宇宙探査の鍵を握る技術? “人工光合成”の実現可能性を探る研究
【▲ 1970年代にスタンフォード大学が設計したトーラス型スペースコロニーの内部の様子をアーティストが描いた想像図(Credit: Don Davis/NASA)】

酸素が人間の生存に必要不可欠であることは言うまでもありません。地球の大気中に酸素が存在することを私たちは当然のように捉えがちですが、二十数億年以上前に出現したシアノバクテリアが「光合成」で生成するまで、大気中の酸素はほとんど存在しなかったと考えられています。

光合成とは、光エネルギーを使って水と二酸化炭素から炭水化物を合成する光化学反応のことで、酸素はその副産物として生成されます。しかしながら、光合成のプロセスが完全に解明されているわけではありません。

【▲ 1970年代にスタンフォード大学が設計したトーラス型スペースコロニーの内部の様子をアーティストが描いた想像図(Credit: Don Davis/NASA)】
【▲ 1970年代にスタンフォード大学が設計したトーラス型スペースコロニーの内部の様子をアーティストが描いた想像図(Credit: Don Davis/NASA)】

長期間にわたる深宇宙探査や宇宙旅行、さらにはスペースコロニーの建設といった今後の宇宙開発の進展にあわせるように、酸素の重要性はさらに増していくものと考えられます。例えば、地球から火星へ旅行するには往復2~3年ほどかかりますが、宇宙船に積み込めるペイロード(搭載物)の制約から、持ち運べる酸素の量は制限されます。

国際宇宙ステーション(ISS)では、ソーラーパネルから供給された電気を使って水を「電気分解」することで一部の酸素を得ています。また、宇宙飛行士が吐きだした二酸化炭素を水とメタンに変換する装置も稼働しています。

しかし、これらの技術は信頼性がまだ低く、効率が非常に悪い上にメンテナンスにも手間がかかると言います。酸素を生成するプロセスでは、ISSの「環境制御・生命維持システム(ECLSS)」で使用される全エネルギーの3分の1が必要だとされています。

そこで考え出されたのが「人工光合成」という発想です。自然界で行われている光合成のプロセスを、人工的な装置で代替しようというのです。

この度、ウォーリック大学(University of Warwick)のカタリーナ・ブリンカート(Katharina Brinkert)氏ら3名の研究者は、人工光合成の技術的な実現可能性を検討し、装置の性能を評価する論文を発表しました。

研究チームによれば、人工光合成装置を用いることで、酸素を運搬する際の重量やスペースの制限を回避できる可能性があります。また、自然の光合成と同じプロセスになる人工光合成では、太陽エネルギーを使って水と二酸化炭素から酸素を生成すると同時に、二酸化炭素をリサイクルすることになります。ISSで例えれば異なる役割を担う2つの装置が1つに統合されることになりますし、触媒の使用により化学反応がスピードアップするので効率的です。さらに、メンテナンスにかける労力も軽減されるといいます。

自然界の光合成ではクロロフィルと呼ばれる物質が光の吸収を担っていますが、この人工光合成装置では金属触媒をコーティングできる半導体材料の使用が想定されています。太陽光を集める大きな鏡を使用して反応を促進すれば、ISSで稼働しているような生命維持システムの補完(エネルギーの節約)にも役立つ可能性があります。

近年、月の土壌であるレゴリスから直接酸素を取り出す研究も進められていますが、そのためにはレゴリスを高温で加熱する必要があります(※)。一方、人工光合成装置は火星や月の居住施設内で室温・常圧の環境で作動できます。つまり、人工光合成装置であれば、水を主な資源として地球外の居住施設で直接使用できることになります。将来の月面探査で想定されている月の南極付近のクレーターには水の氷が埋蔵されていると推定されており、この装置を使用する上で興味深いことです。

※…マイクロ波を使えば加熱する場合よりも効率的に取り出せるとする研究成果も最近発表されています。関連:“レンジでチン” すれば取り出せる? 月の砂から効率良く水を得られることが判明(2023年5月27日)

火星の大気は主に二酸化炭素で構成されているため、人工光合成装置を利用するのに理想的な場所のように思われます。ただし、火星は地球と比べて太陽から遠いため、太陽光が弱くなります。ところが、実際に太陽光の強度を計算してみると、鏡で太陽光を集光すれば、火星でも使用できる可能性が示されたということです。

2020年に打ち上げられて2021年に火星に着陸したアメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査車「Perseverance(パーシビアランス)」には、二酸化炭素から酸素を生成する「MOXIE(Mars Oxygen In-Situ Resource Utilization Experiment:火星酸素現場資源活用実験、モクシー)」と呼ばれる装置が搭載されています。しかし、この装置は高温(800℃)で作動させる必要があるため、酸素の生成時にはそれなりのエネルギーを消費します。人間が生活するのと同じ環境で、太陽光さえ集めれば酸素を生成できるとなれば、人工光合成装置への期待は高まります。

関連:NASA火星探査車「Perseverance」火星で合計50グラムの酸素生成に成功(2022年9月17日)

【▲ 火星探査車「Perseverance」に搭載されている酸素生成実験装置「MOXIE」(Credit: NASA/JPL-Caltech)】
【▲ 火星探査車「Perseverance」に搭載されている酸素生成実験装置「MOXIE」(Credit: NASA/JPL-Caltech)】

宇宙船内や地球外の居住施設における、効率的で信頼性の高い酸素の生成と二酸化炭素のリサイクルは、今後の深宇宙探査にとって解決すべき大きな課題です。

既存の電気化学的なプロセスに基づいた装置に代わる人工光合成装置を実現するには、さらに集中的な研究が必要だといいます。将来の実現に向けた可能性は、自然の光合成プロセスの重要な部分をいかにして技術的に模倣するかに掛かっています。将来的には、人工光合成の実現が地球外での生命維持の鍵を握ることになるかもしれません。

本記事は、2023年6月6日付けで「The Conversation」に掲載された「Space colonies: how artificial photosynthesis may be key to sustained life beyond Earth(スペースコロニー:人工光合成が地球外での生命維持の鍵になる可能性)」を元にして再構成したものです。

研究成果の論文は2023年6月6日付けの「Nature Communications」に掲載されています。

 

Source

  • Image Credit: Don Davis/NASA
  • The Conversation - Space colonies: how artificial photosynthesis may be key to sustained life beyond Earth
  • Ross et al. - Assessment of the technological viability of photoelectrochemical devices for oxygen and fuel production on Moon and Mars (Nature Communications)

文/吉田哲郎

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