予想以上の結果を改めて確認 NASAの小惑星軌道変更ミッション「DART」を検証
【▲ ASIの小型探査機「LICIACube」が撮影したディモルフォスへのDART探査機衝突時の様子(Credit: ASI/NASA)】

アメリカ航空宇宙局(NASA)とジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所(APL)は、2022年9月に小惑星への衝突実験が実施されたNASAの「DART」ミッションに関するデータの分析結果を発表しました。DARTは小惑星の地球衝突を回避する手法として期待されている技術……簡単に表現すれば「小惑星への体当たり」を実証するためのミッションで、実際に小惑星の軌道が変化したことがすでに確認されていました。今回の検証結果は4本の論文にまとめられ、いずれもNatureに掲載されています。

2013年2月にロシア上空で爆発して1000名以上を負傷させた小惑星のように、地球への天体衝突は現実の脅威です。地球に接近する軌道を描く「地球接近天体」(NEO:Near Earth Object、地球接近小惑星)と呼ばれている小惑星のうち、特に衝突の危険性が高いものは「潜在的に危険な小惑星」(PHA:Potentially Hazardous Asteroid)に分類されていて、将来の衝突リスクを評価するために追跡観測が行われています。

ある小惑星が地球に衝突する確率が高いと判断された場合、事前にインパクター(衝突体)を体当たりさせて小惑星の軌道を変えることで、甚大な被害をもたらす小惑星の衝突を回避できるかもしれません。NASAのDART(Double Asteroid Redirection Test、二重小惑星方向転換試験の略)は惑星防衛(プラネタリーディフェンス※)の一環として、「キネティックインパクト」(kinetic impact)と呼ばれるこの手法を初めて実証するためのミッションでした。

※…深刻な被害をもたらす天体衝突を事前に予測し、将来的には小惑星などの軌道を変えて災害を未然に防ぐための取り組みのこと。

【▲ DARTのミッションを解説したイラスト。DARTが衝突することで、ディディモス(Didymos)を周回するディモルフォス(Dimorphos)の軌道が変化する(白→青)と予想されている(Credit:NASA/Johns Hopkins APL/Steve Gribben)】
【▲ DARTのミッションを解説したイラスト。DARTが衝突することで、ディディモス(Didymos)を周回するディモルフォス(Dimorphos)の軌道が変化する(白→青)と予想されている(Credit:NASA/Johns Hopkins APL/Steve Gribben)】

ミッションのターゲットは、小惑星「ディディモス」(65803 Didymos、直径780m)とその衛星「ディモルフォス」(Dimorphos、直径160m)からなる二重小惑星です。ディディモスは約2.1年周期で太陽を公転するアポロ群の小惑星で、その衛星であるディモルフォスはディディモスを11時間55分周期(探査機衝突前)で公転していました。

DART探査機は2022年9月27日8時14分(日本時間)に、衛星であるディモルフォスへ衝突することに成功しました。衝突によって噴出物(イジェクタ)が広がっていく様子は、衝突前にDART探査機から放出されたイタリア宇宙機関(ASI)の小型探査機「LICIACube」をはじめ、「ハッブル」宇宙望遠鏡や「ジェイムズ・ウェッブ」宇宙望遠鏡、地上の望遠鏡などで撮影されています。

【▲ 衝突3秒前にDART探査機が撮影したディモルフォス表面の画像に、DART探査機の衝突位置を図形で示した図。中央の四角形は探査機本体(全長約1.3m)を、上下の長方形は2基の太陽電池アレイ(長さ8.5m)を表す(Credit: NASA/Johns Hopkins APL)】
【▲ 衝突3秒前にDART探査機が撮影したディモルフォス表面の画像に、DART探査機の衝突位置を図形で示した図。中央の四角形は探査機本体(全長約1.3m)を、上下の長方形は2基の太陽電池アレイ(長さ8.5m)を表す(Credit: NASA/Johns Hopkins APL)】

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NASAやAPLによると、地上から観測された二重小惑星の明るさの変化やレーダー観測のデータを分析した結果、DART探査機の衝突によってディモルフォスの公転周期は33分(±1分)短くなったことが確認されました。公転周期が短くなったということは、探査機の衝突によってディモルフォスの公転速度が遅くなり、公転軌道が小さくなったことを意味します。ちなみに2022年10月の時点では32分(±2分)短くなったとされていましたから、今回の分析によって不確かさが小さくなった(より正確な値になった)ことになります。

また、衝突時のDART探査機の質量は579.4kg(±0.7kg)、ディモルフォスに対する相対速度は6.1449km/s(±0.0003km/s)とされていますが、約33分という公転周期の短縮は事前の予想を大きく上回っていました。分析の結果、DART探査機の衝突によってディモルフォスに与えられた運動量は、衝突にともなう大量の噴出物が放出された時の反動によって2.2~4.9倍に増幅されたとみられています。噴出物が運動量を数倍に跳ね上げるのであれば、キネティックインパクトでは小惑星の軌道をより効果的に変更できる可能性があります。

【▲ 衝突まで100分の数秒の時点におけるDART探査機の位置を示したグラフィック。黄色はDARTが撮影した画像をもとに作成されたディモルフォスのデジタル地形モデル、灰色はDART探査機、白色の線は探査機の軌道を表す(Credit: NASA/Johns Hopkins APL)】
【▲ 衝突まで100分の数秒の時点におけるDART探査機の位置を示したグラフィック。黄色はDARTが撮影した画像をもとに作成されたディモルフォスのデジタル地形モデル、灰色はDART探査機、白色の線は探査機の軌道を表す(Credit: NASA/Johns Hopkins APL)】

観測技術の向上と観測体制の拡充によって、近年では小惑星をより発見しやすくなりました。最近も地球衝突前に発見されたごく小さな小惑星の観測例が相次いでいます。DARTミッションのターゲットになったディディモスとディモルフォスをはじめ、ほとんどの小惑星は地球に被害をもたらす脅威とはならないものの、今後は地球への衝突確率が高い小惑星が見つかったり、既知の小惑星の軌道が変化して地球に衝突する可能性が高まったりするかもしれません。

今回の分析結果からは、直径1km未満の小惑星であれば事前に偵察ミッションを行わなくても、その軌道を変更できる可能性が示されました(もちろん、事前に探査機を送り込んで観測することができれば、より効果的な対策の立案に役立つでしょう)。必要なのは衝突までに最低でも数年、可能であれば数十年の警告期間だとされています。成功裏に終わったDARTミッションは将来への明るい見通しをもたらしましたが、惑星防衛は新たな小惑星の発見やその後の軌道変化を追跡するための地道な観測活動の積み重ねにも支えられているのです。

 

Source

  • Image Credit: ASI/NASA, NASA/Johns Hopkins APL/Steve Gribben, NASA/Johns Hopkins APL
  • NASA - NASA’s DART Data Validates Kinetic Impact as Planetary Defense Method
  • Johns Hopkins APL - NASA's DART Data Validates Kinetic Impact as Planetary Defense Method
  • Terik Daly et al. - Successful Kinetic Impact into an Asteroid for Planetary Defense (Nature, arXiv)
  • Thomas et al. - Orbital Period Change of Dimorphos Due to the DART Kinetic Impact (Nature, arXiv)
  • Cheng et al. - Momentum Transfer from the DART Mission Kinetic Impact on Asteroid Dimorphos (Nature, arXiv)
  • Li et al. - Ejecta from the DART-produced active asteroid Dimorphos (Nature, arXiv)

文/sorae編集部