こちらはアメリカ航空宇宙局(NASA)の月周回衛星「ルナー・リコネサンス・オービター(LRO)」が取得した月面の画像です。地球からは直接見ることができない月の裏側にある「ヘルツシュプルング・クレーター」(直径約570km)から北東にやや離れた場所が捉えられています。
矢印の先には、直径16m(左側)のクレーターと直径18m(右側)のクレーターが重なり合った一組のクレーターが写っています。実はこのクレーター、NASAによれば天然のものではなく、人工物によってつい最近形成されたクレーターなのだといいます。
2022年3月に衝突した人工物によって形成、二重構造が手がかりになるかも?
「過去に打ち上げられたロケットの一部とみられる人工物が2022年3月4日に月の裏側へ衝突する」という予測が、同年1月から3月にかけて話題になったのを覚えていますでしょうか?
当初、衝突する物体は2015年に打ち上げられたスペースXのロケット「ファルコン9」の第2段だと考えられていましたが、その後の分析で2014年に打ち上げられた中国のロケット「長征3号丙」に関係する可能性も浮上していました。物体は日本時間2022年3月4日21時25分頃にヘルツシュプルング・クレーター付近へ衝突したとみられていますが、NASAによれば人工物がどのロケットに由来するのかは今も不明のままです。
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LROによる冒頭の画像は、衝突から2か月半ほどが経った2022年5月21日に取得されました。NASAによると、クレーターが見つかった場所はヘルツシュプルング・クレーターに近い北緯5.226度・東経234.486度の地点で、予測よりも東北東寄りに位置しています。
人工物の衝突で二重構造クレーターが形成
興味深いのは、この人工物の衝突では2つ並んだ二重構造のクレーターが形成されたという事実です。衝突直前の2022年2月28日に撮影された画像と比較すると、昔から存在していた天然のクレーターのすぐ近くに衝突したというわけではなく、2つとも人工物の衝突によって形成されたことがわかります。二重クレーターが形成されたのは予想外だったものの、衝突した人工物の正体を示している可能性があるとNASAは言及しています。
月面にはロケットの一部や探査機といった人工物がこれまでに何度も衝突していて、LROは月の周回軌道から衝突地点を撮影してきました。NASAはその一例として、アポロ計画で使われた月ロケット「サターンV」の第3段「S-IVB」の衝突クレーターを捉えた画像を示しています。S-IVBの衝突によって形成されたクレーターは輪郭がやや不規則ではあるものの、すべて単一のクレーターとして形成されています。
一般的な液体燃料ロケットの第1段や第2段といったステージは、主に推進剤(燃料と酸化剤)を充填するタンクの下端にロケットエンジンを取り付ける円筒構造になっています。切り離されたステージはタンク内に推進剤がほとんど残っておらず、質量はエンジンが取り付けられている一端に集中しているため、過去の衝突では単一構造のクレーターが形成されています。
しかし、今回の衝突で形成されたのは二重構造のクレーターでした。NASAによれば、このクレーターの構造は、衝突したステージの両端に質量が集中していたことを示している可能性があるといいます。つまり、エンジンがあるのとは反対側の端(上端)にも、何らかの重い物体があったかもしれないというわけです。ちなみに、2022年3月4日の衝突で形成された二重クレーターの最大幅は29mで、S-IVBの衝突で形成されたクレーターの直径(35m以上)に近いといいます。
冒頭の画像はLROの光学観測装置「LROC」を使って取得されたもので、NASAから2022年6月24日付で公開されています。
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Source
- Image Credit: NASA/Goddard/Arizona State University
- NASA - NASA's Lunar Reconnaissance Orbiter Spots Rocket Impact Site on Moon
文/松村武宏