欧州宇宙機関のガンマ線観測衛星「インテグラル」(Credit: ESA/D. Ducros)

【▲ 欧州宇宙機関のガンマ線観測衛星「インテグラル」(Credit: ESA/D. Ducros)】

欧州宇宙機関(ESA)が運用する「Integral(インテグラル)」は、宇宙から飛来するガンマ線を観測する人工衛星です。2002年10月17日の打ち上げから今年で19年を迎えたインテグラルは、謎に満ちたガンマ線バーストなどの観測で数多くの成果をあげています。

2021年9月22日、インテグラルはミッションの継続が危ぶまれるほどのトラブルに見舞われました。わずかな時間的猶予のもとでインテグラルを救った欧州宇宙運用センター(ESOC:European Space Operations Centre)の運用管制チーム(FCT:Flight Control Team)による復旧作業の様子を、ESAが10月18日付で紹介しています。

■インテグラルを救え! バッテリー残量はわずか3時間分

ESAによると現地時間9月22日正午頃、インテグラルで3基稼働していたリアクションホイールのうち1基が突如停止しました。リアクションホイールは回転することで宇宙機の姿勢を安定させたり、回転速度を調整して姿勢を変更したりするための装置です。停止したリアクションホイールから質量4トンの機体全体へと回転力が伝わったことでインテグラルは回転し始め、システムは緊急安全姿勢モード(ESAM:Emergency Safe Attitude Mode)へと移行しました。

停止したリアクションホイールはすぐに再始動することができたものの、インテグラルはおよそ21分ごとに1回転のペース(毎分約17度)でふらつきながら回転し続けました。1時間に約3回と聞くとそれほど高速で回転しているようには感じませんが、ESAによるとこの回転速度は通常の状態と比べて最大5倍に達するといいます。

以前であれば、スラスターを噴射することで機体の回転を止められたかもしれません。しかし、インテグラルの推進システムは故障のため2020年7月から使えなくなっており、以降はリアクションホイールのみで機体の姿勢制御が行われていました。インテグラルの運用チームを監督するオペレーションマネージャーのRichard Southworthさんは、機体の回転が止まらないインテグラルとの通信は途切れ途切れになり、状況の分析がさらに困難になったと振り返ります。

悪いことに、機体が回転し続けたことで太陽電池の発電量が低下し、バッテリーは放電を続けていました。当初、インテグラルが電力を失うまでの残り時間はわずか3時間しかないと見積もられていたといいます。

インテグラルの立体分解図。リアクションホイール(Reaction wheels)は左下のパネル内側にある(Credit: ESA)

【▲ インテグラルの立体分解図。リアクションホイール(Reaction wheels)は左下のパネル内側にある(Credit: ESA)】

運用チームはまず最初に残り時間を稼ぐことに集中。様々な機器や重要ではない装置をオフにすることで、電力が尽きるまでの時間は段階的に6時間以上まで引き伸ばされました

続いて運用チームは専門家の力を借りつつリアクションホイールの状態を分析し、機体の回転にブレーキをかけるための一連のコマンド(指令データ)を慎重に作成。同日午後遅くまでに送信されたコマンドによって予備のホイールの1基が過剰な角運動量を吸収する役割を果たし、回転速度を大幅に遅くすることに成功します。この時点では多くのチームメンバーが自宅からリモートで作業を行っていたようで、自身は電車に乗りながら作業にあたったというESOCのAndreas Rudolphさんは「誰もが大きな安堵のため息をつきました」と語ります。

これで解決というわけではなく、今度は電力が尽きる前にインテグラルのバッテリーを再充電しなければなりません。そのためには回転速度をさらに下げて機体を安定させ、太陽電池アレイを太陽に向ける必要があります。また、運用チームのエンジニアは、リアクションホイールどうしの角運動量の微妙なバランスを取るために、ホイールの回転速度を極力ゼロに近づけたいと考えていました。インテグラルを救うための献身的な努力は、翌9月23日の早朝まで続いたといいます。

数時間後、高度が最も低くなる近地点を通過した後にインテグラルは再び回転し始めましたが、前日の経験が活かされたことで2時間半後には制御を取り戻しています。その後のインテグラルは安定した状態が続き、9月27日にはすべてのシステムがオンラインに復帰。トラブル発生から9日後の10月1日には科学観測が再開されました。

インテグラルで起きた今回のトラブルと復旧作業についてまとめた図(英語)。左から順にリアクションホイールの停止・機体の回転・機体の制御を取り戻すためのコマンド送信・バッテリーの再充電・科学観測への復帰が示されている(Credit: ESA)

【▲ インテグラルで起きた今回のトラブルと復旧作業についてまとめた図(英語)。左から順にリアクションホイールの停止・機体の回転・機体の制御を取り戻すためのコマンド送信・バッテリーの再充電・科学観測への復帰が示されている(Credit: ESA)】

ESAによると、今回のトラブルの発端はシステムのシングルイベントアップセット(SEU:Single Event Upset)とみられています。SEUとは電子回路に衝突した高エネルギー粒子によって引き起こされる一過性の現象で、0と1で表現されるデジタルデータが反転してしまう(0が1に、あるいは1が0に)ことで生じます。SEUは太陽活動が活発化することでも生じ得ますが、今回は「ヴァン・アレン帯」(参考:Wikipedia)に閉じ込められていた荷電粒子が原因ではないかと推測されています。ヴァン・アレン帯は地球を取り巻くドーナツ状の放射線帯で、約15万×1500kmという細長い軌道を飛行するインテグラルはヴァン・アレン帯を通過します。

インテグラルの観測対象のひとつであるガンマ線バーストは謎が多い天文現象のひとつで、トラブルを乗り越えたインテグラルの観測が新たな知見につながるかもしれません。Southworthさんは「機知に富んだ運用チームの働きと専門家の助力のおかげで、インテグラルは生き続けています。20年近い歳月は、5年が想定されていたミッションへの期待を大きく上回るものです」とコメントしています。

 

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Image Credit: ESA
Source: ESA
文/松村武宏

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