ISSに保管されていたフリーズドライ精子から作られた「宇宙マウスの仔」。(Credit:Teruhiko Wakayama, University of Yamanashi)

【▲ ISSに保管されていたフリーズドライ精子から作られた「宇宙マウスの仔」(Credit: Teruhiko Wakayama, University of Yamanashi)】

近年、月だけでなく火星への有人探査計画も本格的になってきました。かつてはSFの領域だった月面基地やスペースコロニーなどの建設も現実のものとなりつつあります。

そこでの何十年にも及ぶ長期滞在や永住を考えた場合、人類や家畜の生殖・繁殖も必要となることでしょう。しかし、宇宙環境では強力な宇宙放射線が降り注ぐため、本人だけでなく子や孫世代への影響が懸念されます。ところが、これまで哺乳類の宇宙生殖実験はほとんど行われたことがありませんでした。

山梨大学大学院総合研究部発生工学研究センターの若山清香助教、JAXAの鈴木智美研究開発員などからなる研究グループは、ISSを利用した生物学実験としては史上最長となる5年10ヶ月間ISSに保存したマウスのフリーズドライ精子から健康なマウスを多数作り出すことに成功しました。

この研究プロジェクトはSpace Pupと名付けられ、研究成果が2021年6月11日「Science Advances」誌オンライン版に掲載されました。

「Space Pup」プロジェクトの説明図。(山梨大学プレスリリースより)(Credit: 山梨大学)

【▲「Space Pup」プロジェクトの説明図。(山梨大学プレスリリースより)(Credit: 山梨大学)】

ロットチェックを経て、それぞれの個体のフリーズドライ精子は6グループ(箱)に分けられ、3箱はISS「きぼう」内の冷凍庫で9ヶ月間(以降「1年間保存」とします)、2年9ヶ月間(「3年間保存」)および5年10ヶ月間(「6年間保存」)保存し、残りの3箱は「対照区」として地上のJAXA筑波宇宙センター内の冷凍庫で、宇宙保存用と同じ条件(同温度・同期間)で保存されました。

宇宙保存用の3箱は2013年8月4日に「こうのとり」4号機で打ち上げられ、それぞれ2014年5月19日(第1回目)、2016年5月12日(第2回目)、2019年6月4日(第3回目)に回収されました。また、フリーズドライ精子の放射線耐性の限界を明らかにするため、この実験と並行して、地上でフリーズドライ精子および新鮮精子にX線を0から30Gyまで照射しました。

その結果、宇宙で3年間および6年間保存した精子のDNAダメージを、地上で3年間および6年間保存した精子と詳細に比較しところ、細かいDNAダメージや受精能力については、宇宙3年間と宇宙6年間の間だけでなく、「宇宙区」と「地上区」の間にも全く差が見られませんでした。

宇宙で6年間保存した精子から合計168匹の仔が生まれていますが、いずれも外見は正常であり、網羅的遺伝子発現解析でも異常は見られませんでした。一部のマウスについては性成熟後に交配し、健康な仔および孫が生まれることも確認されました。

この研究は、宇宙でも保存精子を使った生殖が可能であることを初めて示しました。本研究で明らかになったフリーズドライ精子の放射線耐性(最大30Gy)と、実際に被ばくした宇宙放射線量(0.41mGy/日)から、フリーズドライ精子はISSで理論上約200年間保存できることもわかりました。

フリーズドライ精子の技術を用いれば、今後建設が始まる月周回有人拠点「ゲートウェイ」内で深宇宙放射線の研究も可能になると思われます。そこで、研究者たちはJAXAと共同で、ゲートウェイでの研究に採択されることを目指した予備実験を開始しているとのことです。

また、地球においても、生物多様性との関わりから、可能な限り多くの遺伝子資源を永久に保存する必要があります。本研究で使用した精子の凍結乾燥保存技術を用いれば、動物の遺伝子資源も植物の種子と同様に簡単に保存できるようになります。

しかし、地球上には大地震や洪水、温暖化の影響などがあるため、長期間安全に保管できる場所はありません。最近発見された月の縦孔に動物の遺伝子資源を保管することができれば、将来必要になるときまで安全に保存できるだろうとしています。

関連:月の縦孔では宇宙放射線の被ばく線量を減らせるとした研究成果が発表される

この研究成果は、哺乳類とはいえマウスの段階での実験です。しかし、宇宙開発関連技術の進展を考えると、本格的なスペースコロニー時代の幕開けは意外と近いのかもしれません。

 

Image Credit: Teruhiko Wakayama, University of Yamanashi、山梨大学
Source: 山梨大学Science AdvancesAstronomy Magazine
文/吉田哲郎

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