2021年5月25日、JAXAは2021年度の大樹航空宇宙実験場における実験計画について発表しました。
大樹航空宇宙実験場は北海道広尾郡大樹町の大樹町多目的航空公園に置かれ、1997年から町とJAXAの前身機関である航空宇宙技術研究所(NAL)、宇宙開発事業団(NASDA)、宇宙科学研究所(ISAS)とが協力して実験を行ってきました。
現在は航空実験の他、2007年度に閉所した三陸大気球観測所から移転する形で大気球の実験機知としての運用が実施されています。
2021年度は、大気球が5実験、航空・宇宙技術が6実験、計画されています。
大気球実験
5月上旬から8月下旬にかけ、最大5機が放球される予定です。工学実証3実験と理学観測2実験が行われます。工学実証としては、火星探査用飛行機の高高度飛行試験、高精度変位計測装置の実証、極薄ペロブスカイト太陽電池の気球飛翔が、理学観測としては、成層圏における微生物捕獲実験、気球VLBI実験が行われる予定です。
宇宙との関わりという点で注目されるのは、火星探査用飛行機と太陽電池の開発です。また、微生物捕獲実験は地球生命に関わる点で、宇宙からサンプルを持ち帰った「はやぶさ2」と対照的な内容です。
注目される実験
火星探査用飛行機は、将来の探査計画に向けての技術開発です。地上を走る探査車(ローバ)は急な崖や大きな谷を越えられず観測に限界がありますが、飛行機ならば地形の制約を受けません。ただし、地球よりも大気が薄いため、現在地球で飛んでいる飛行機をそのまま持っていけば済むわけではありません。この実験は2016年度に続くもので、試験機を火星の大気密度に近い高度35km付近まで大気球で持ち上げ、滑空させながら飛行データを取るのを目的としています。
極薄ペロブスカイト太陽電池は2019年に続く試験です。2020年も計画されていましたが、疫病の影響などによって延期されていました。2009年に開発されたこの太陽電池は、従来品に比べ、製造が容易で材料費が安く、発電の効率が高く、軽く、曲げられることから次世代太陽電池として開発が進んでいます。前回の実験ではガラス板の上に作られた電池での実験でしたが、今回は導電性フィルムの上に作られた電池の実験を行います。開発が進み気球そのものを太陽電池として発電できるようになれば、これまでのように電池を地上から持ち運ぶことが減り、より長期間の実験や、より大出力の機器を用いた実験に道が開けます。また、宇宙開発ほかへ応用もできる技術です。
成層圏における微生物捕獲実験は、「バイオポーズ(Biopause)」と呼ばれる、地球生命が存在する限界高度を解き明かす内容です。2019年度の実験では成層圏からサンプルを採集しましたが微生物が検出されなかったことから、今回はより高度を下げて成層圏下部から上部対流圏のサンプル収集を目指します。
航空・宇宙技術実験
航空機と宇宙技術開発の実験が行われます。航空機としては、救難ヘリコプタ用状況認識支援システム(SAVERH)センサ・表示システム飛行実験、ヘリコプタの安全性・利便性向上~障害物検知の飛行実験~、小型無人機の自動飛行・ミッション性能向上技術の研究が、宇宙技術としては、火星衛星探査計画(MMX)搭載LIDAR EM性能確認試験、障害物検出用3次元センサのフィールド実験、低軌道衛星との光通信実験が行われます。
注目はヘリ実験とMMX用LIDAR実験でしょう。
注目される実験
救難ヘリコプタ用状況認識支援システム(SAVERH)センサ・表示システム飛行実験は、昨年度からの引き続きです。夜間や悪天候時にも安全に実施できるようにするため、パイロットにわかりやすく飛行情報を見せる方法の実験を、ヘリ機首下部に搭載した赤外線マルチカメラと、パイロットのヘルメットと一体化したヘッドマウントディスプレイを用いて行います。具体的には、昨年度の実験で実証した、機体周辺のリアルタイム障害物マップを更に改良することになります。
火星衛星探査計画(MMX)搭載LIDAR EM性能確認試験は、2024年の打ち上げを目指して開発が進む、日本の火星探査機MMXに搭載するレーザー高度計のエンジニアリングモデル(EM)の機能と性能を確認する試験です。得られたデータを元に本番であるフライトモデル(FM)に繋げていきます。MMXは火星の衛星フォボスからのサンプルリターンを計画しており、この高度計はフォボスへの着陸時などで用いられる予定です。
航空と宇宙の総合基礎実験
JAXAの正式名称は宇宙航空研究開発機構ですが、その名が表す全分野にまたがる実験内容があります。一つ一つは種かも知れませんが、そこから花開く技術は将来に大きな果実となることが期待されています。
新型コロナウイルス感染症に係る緊急事態措置等が実験計画に大きな影響を与えるとのこと。早期の収束を願ってやみません。
Image Credit: 金木利憲、JAXA
記事/金木利憲