6回目の飛行中に火星ヘリコプター「Ingenuity」のカラーカメラによって高度10mから撮影された画像

【▲ 6回目の飛行中に火星ヘリコプター「Ingenuity」のカラーカメラによって高度10mから撮影された画像(Credit: NASA/JPL-Caltech)】

アメリカ航空宇宙局(NASA)のジェット推進研究所(JPL)は現地時間5月27日、火星ヘリコプター「Ingenuity(インジェニュイティ)」6回目の飛行を実施したことを明らかにしました。今回は飛行中に異常が発生したものの、最終的にIngenuityは火星の地表へ安全に着陸しており、JPLでは再度飛行する準備ができているとしています。

今回のIngenuityによる飛行は現地時間5月22日に行われました。Ingenuityのチーフパイロットを務めるJPLのHåvard Grip氏によると、高度10mまで上昇したIngenuityはまず南西に向かって水平に150m移動し、続いてカラーカメラで西の方角を撮影しながら南へ15m移動。最後に北東へ50m移動した後に3番目の離発着地点へ着陸するという、合計215mの自律飛行が計画されていました。

問題が発生したのは、Ingenuityが南西に150m移動する最初の区間を飛行中の時でした。ある時点を境にIngenuityが速度を調整し始め、振動するようなパターンで機体が前後に揺れるようになったといいます。機体の揺れは飛行が終わるまで続き、データには20度を超えるピッチ角(前後の傾き)とロール角(左右の傾き)の変動や大きな制御入力の値、消費電力の急増が記録されていたといいます。

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■Ingenuityが位置・速度・姿勢を推定するための2つの仕組み

6回目の飛行翌日に火星探査車「Perseverance」が撮影したIngenuity(赤丸)(Credit: NASA/JPL-Caltech/ASU/MSSS、赤丸は筆者が追加)

【▲ 6回目の飛行翌日に火星探査車「Perseverance」が撮影したIngenuity(赤丸)(Credit: NASA/JPL-Caltech/ASU/MSSS、赤丸は筆者が追加)】

Grip氏によると、今回の飛行で発生した異常な揺れは、Ingenuityが自身の位置・速度・姿勢を把握するためのシステムに生じた障害が原因のようです。

Ingenuityには機体の加速度と回転速度を測定する慣性計測装置(IMU:Inertial Measurement Unit)が搭載されていて、飛行制御システムはIMUのデータから推定される現在の位置・速度・姿勢をもとに毎秒500回のレートで機体をコントロールします。

簡単な例ですが、「出発地点から北へ向かって毎秒2mの平均速度で5秒間移動した」ことがわかれば、現在地点は出発地点から北へ10m進んだ場所だと推定することができます。また、「出発地点から北へ向かって50m移動してから東へ向きを変える」必要があれば、このままの平均速度であれば20秒後に右へ90度向きを変えればいいこともわかります。

ただ、計測で得られたデータにはある程度の誤差が生じます。位置・速度・姿勢の実際の値とIMUのデータから推定された値の差は時間が経つほど拡大していくため、IMUだけに頼っていると現在位置を見失ってしまうかもしれません。

そこでIngenuityでは、IMUを補うためにカメラが利用されています。Ingenuityには地表のモノクロ画像を1秒あたり30枚撮影するナビゲーションカメラが搭載されていて、ナビゲーションシステムは新しい画像が撮影されると直ちに地表の特徴(岩や砂紋のように高さが異なる部分や色の違いなど)を認識します。

ナビゲーションカメラが撮影した画像に写る地表の特徴の位置は、Ingenuityが移動したり姿勢を変えたりすることで変化します。地表の特徴の予測位置と画像から認識された実際の位置の差を割り出すことで、ナビゲーションシステムは機体の位置・速度・姿勢の推定値を補正する、という仕組みです。

■ある時点を境に画像のタイムスタンプが不正確に

ところが、今回は飛行開始から約54秒が経った時点で、ナビゲーションカメラからシステムへと画像を送る経路上で障害が発生したといいます。この障害では1点の画像が失われましたが、何よりも影響が大きかったのは、これ以降にナビゲーションカメラからシステムに送られたすべての画像のタイムスタンプ(撮影日時の情報)が不正確になってしまったことでした。ナビゲーションシステムは誤ったタイムスタンプに従って画像を処理し、実際とは異なるタイミングで撮影された地表の様子をもとに位置・速度・姿勢の推定値を補正しようとしたため、結果としてIngenuityは自ら機体の異常な揺れを引き起こしてしまったことになります。

幸いなことに、障害発生後もIngenuityは飛行を継続し、予定されていた地点から5m以内の場所へ着陸することができました。Grip氏によると、Ingenuityを設計した際には、不安定になるのを避けるために重大なエラーを許容する(飛行制御システムに十分な安定余裕を設ける)ことに腐心したといいます。過去5回の飛行ではIngenuityが期待通りに動作していたものの、今回の飛行ではこの設計に助けられたといいます。

また、着陸に向けた降下の最終段階ではナビゲーションカメラの使用を停止し、IMUのデータのみで垂直方向の速度を推定するように設計したことも功を奏したようです。これは地面に接触するまでのあいだ機体の速度をスムーズかつ連続的に割り出すための仕組みでしたが、今回は結果として障害の影響を取り除くことにつながりました。Ingenuityは飛行の最後に機体の振動を止めて姿勢を水平に保ちつつ、設計通りの速度で着陸しています。

Grip氏はIngenuityの今回の飛行について、対処すべき脆弱性が明らかになったことに加えて、システムの堅牢性が複数の方法で確認できたと言及。得られたデータは火星を飛行するヘリコプターに関して蓄積された知識を拡大することになるだろうとしています。

 

Image Credit: NASA/JPL-Caltech
Source: NASA/JPL
文/松村武宏

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