こんにちは、外科医の後藤です。
現在、日本に1000万人以上の患者がいるとされ多くの人に影響を及ぼしている「頭痛」ですが、実は飛行機搭乗時と宇宙飛行においても頭痛が起こることは、あまり知られていないのではないかと思います。
頭痛は私の専門である脳神経外科に直接的にかかわる領域であり、この問題解決については特に力を入れて臨床と研究を行っているところです。
今日はその頭痛についての基本的な説明と、宇宙頭痛と飛行機頭痛についてこれまで知られている内容を説明します。
地上での一般的な2つの頭痛
「頭痛」とは、医学的には大きく一次性頭痛と二次性頭痛の2つに分けられます。
危険なのは二次性頭痛の方で、これはくも膜下出血・脳出血・脳静脈血栓症・脳腫瘍・髄膜炎など頭蓋内に器質的疾患(はっきりとした病変)がある場合や、身体に異常が起こって生じている頭痛です。
直ちに治療しなければ生命にかかわる場合もあり、医療現場では頭痛の患者さんに対してはまず、これら二次性頭痛を鑑別することを最優先に診療しています。
CTやMRIなどの画像検査で危険な二次性頭痛が否定されれば、残るのは特に頭蓋内に病変のない(少なくとも画像上映らない)一次性頭痛です。
この一次性頭痛の代表が片頭痛・緊張型頭痛の2つであり、疫学調査では日本人全体で片頭痛は約5-10%、緊張型頭痛は約20%と、日本人の4人に1人が一次性頭痛で悩んでいることになります。
片頭痛については、おそらく名前を聞いたことがある方が多いかと思いますが「ずきずきとした、または押されるような痛みが頭部の一部分において生じ、数時間以上持続する。さらに、光や音によって症状が悪化したり、吐き気を伴うことがある」というのが一般的な特徴です。
緊張型頭痛は俗に肩こり頭痛ともいわれ、「後頚部や肩の筋肉が固まることにより後頭部や頭全体の締め付けられるような痛み・重たさが生じる」という特徴があります。
いずれも治療としては、不規則な睡眠・過度のストレス・ブルーライトなどの悪化因子を避けるなどの生活改善、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)などの薬物療法が主となります。
宇宙頭痛、その病態と原因について
宇宙頭痛は、宇宙飛行時に飛行士が悩まされる強い頭痛であり、頭痛の世界標準分類である国際頭痛分類第3版では「ホメオスターシス障害による頭痛」として新たに記載されています。
ホメオスターシスとは「生体恒常性」と訳され、自律神経・内分泌・免疫といった生体の安定を保つシステムを指します。
打ち上げ時・宇宙滞在時・再突入時いずれにおいても生じることがあり、「じっとしていられないほど強い痛み」となることも多く、ミッション遂行に多大な影響をおよぼし得るものです。
やや古い研究ですが、宇宙飛行士の頭痛を解析した2009年の文献報告では、17人の宇宙飛行士(男性16, 女性1人)のうち実に12人が打ち上げから宇宙滞在・帰還時までの間に中程度から重度の頭痛を経験していました。
これらすべてのクルーにおいて、もともと地上で頭痛を生じたことはなかったとのことです。
これら宇宙頭痛の74%は、宇宙酔いの症状とは関係なく起こっていたという事は重要な点であり、宇宙滞在初期に生じる生体変化と同列ではない可能性があります。
宇宙頭痛の原因はいまだ仮説段階ですが、有力な説として微小重力での頭部方向への体液シフトによる頭蓋内圧上昇(頭蓋骨内部の圧力が上昇すること)、宇宙酔いと同様に視覚・前庭系・深部感覚などの感覚不一致、国際宇宙ステーション内での高い二酸化炭素濃度などが原因として考えられています。
体液シフトによる頭蓋内圧変動、それが一因と指摘されているSANS(Spaceflight-Associated Neuro-Ocular Syndrome)については現在、宇宙医学上の大きな問題として指摘されていますが、宇宙頭痛についてはほとんど知られていないのではないでしょうか。
その要因として、おそらく宇宙飛行士は宇宙での健康状態での悪化を知られると次回以降のミッションアサインに影響が出ることを恐れるため、申告を控えるからではないかと著者らは述べています。
宇宙頭痛を地上で再現し、その対策を検討した研究があります。
まず、Head-down-tilted bed restといって水平位から頭部を5-10°ほど下げた状態とします (下図)。
その状態で一定期間を過ごしながら、数回有酸素運動を行ったり遠心加速器で人工重力を与えることで、頭痛が軽減するかを調べたものです。
22人の頭痛歴のない被験者に対して行われ、運動や遠心加速器により頭痛の軽減は見られたものの、頭痛の発症そのものや期間は変わりがなかったという結果でした。
宇宙頭痛は、今後の民間宇宙旅行においても大きな問題となる可能性があり、その病態解明が求められているところです。
飛行機頭痛、その病態と原因について
宇宙まで行かなくても、飛行機に乗った際に頭痛を経験した方が少なからずいるのではないかと思います。
飛行機頭痛は、近年の報告では航空機利用者の8.3%に生じるとされ、決してまれな頭痛ではありません。
主に着陸に向けた降下時に発症しますが、離陸上昇時や水平飛行時に生じることもあります。
急激に出現し、数秒で最高に達し15-30分で自然消失するとされ、きわめて強く耐えがたい痛みが前頭部から目の周囲に生じます。
原因は明らかではありませんが、気圧変化による副鼻腔(鼻の奥にある広い空洞)に存在する三叉神経という痛みを感じる神経への刺激が考えられています。
また飛行機頭痛を生じる方に多い特徴としてもともと頭痛もち、副鼻腔炎の存在、頭蓋内のう胞性病変がある方などが指摘されています。
頭蓋内のう胞とは、透明中隔・くも膜のう胞・ベルガ腔などといったものが代表的で、脳内部および周囲を循環している脳脊髄液がたまった水風船のような空間が脳内に見られるものです。
基本的には良性であり、治療が必要なケースは少ないですが飛行機ではこれが頭痛を引き起こす原因となる可能性が指摘されています。
飛行機頭痛も宇宙頭痛と同様、「ホメオスターシス障害による頭痛」として生体安定性が破綻する二次性頭痛に分類されています。
宇宙旅行での帰還時に問題として生じる可能性があり、対策が求められていくのではないでしょうか。
地上で多くの人を悩ませる頭痛が、航空機搭乗や宇宙飛行でも生じるという悩ましい事実。
まだ病態として不明点が多く、今後人類の宇宙への往復が日常となる時代へ向けて、真相解明が求められる病態です。
私も脳神経外科を専門とする一人として、微力ながら解明に向けた研究を進めていきたいと思います。
【特集】宇宙医療コラム 一覧
参考資料
- Space headache on Earth: head-down-tilted bed rest studies simulating outer-space microgravity. Cephalalgia, 2015
- Space headache: a new secondary headache. Cephalalgia, 2009
- An unusual case of an airplane headache. Headache, 2004
- Prevalence of migraine in Japan : a nationwide survey. Cephalalgia, 1997
- 宇宙フライトによる健康へのリスクと生体に起きる変化 JAXA宇宙教育センター 資料
- 飛行機頭痛 週刊 医学のあゆみ 特集 飛行機・新幹線内での医療 Vol. 270, No. 2, 2019
- 脳ドック受診者に占める飛行機頭痛 宇宙航空環境医学 Vol. 54, No. 2, 2017
- 国際頭痛分類第3版 医学書院, 2018
- 脳外科医 澤村豊先生のホームページ
Source: ABLab
文/後藤正幸 (Twitter)(Facebook)
「宇宙に、医療を」目標とする脳神経外科医。医療分野での宇宙ビジネス創出を目指して、日々活動中。最新の宇宙医学研究を、多くの人に分かりやすく伝える発信を行なっている。
Last Updated on 2021/11/14