-PR-

20160610_ss520_1

既に伝えた宇宙航空研究開発機構(JAXA)の超小型衛星打ち上げロケット開発について、JAXAへの取材を基に、開発の経緯や今後についてより詳しく解説する。

前回記事:世界最小!超小型衛星打ち上げロケット、JAXAが突然発表

このSS-520ロケット4号機は、JAXAのこれまでの計画などに記載がなく、2016年5月27日に開催された文部科学省の宇宙開発利用部会、調査・安全小委員会で初めて存在が明らかになった。この小委員会の審査も、ロケット打ち上げのたびに安全性を審査する趣旨のもので、開発計画の審査ではないため計画の位置づけなどの説明はなかった。

文部科学省が進めてきたJAXAのロケット開発

2016_07_19_tsukuba

JAXAはもともと旧文部省と旧科学技術省が進めてきた宇宙関係機関を統合してできた組織なので、ロケット開発をはじめとして多くのプロジェクトが現在も文部科学省の予算で行われている。JAXAのロケットのうち、H-IIAロケットなど衛星打ち上げ用ロケットは筑波宇宙センターの第一宇宙技術部門が、高層大気の観測などに使われる観測ロケットは相模原の宇宙科学研究所(ISAS)が担当している。かつては、固体推進剤で衛星を打ち上げるロケットはISASが開発運用してきたが、最新のイプシロンロケットからは第一宇宙技術部門に移管された。

このように、実用宇宙ロケットは筑波、科学研究用の観測ロケットは相模原というのが現在のJAXAの体制で、いずれも文部科学省の予算が主体なのだが、今回の超小型衛星打ち上げは文部科学省ではなく経済産業省の計画だった。

-PR-

空中発射ロケットを検討していた経済産業省

2016_08_18_jss

経済産業省にはJAXAとは別に、宇宙システム開発利用推進機構(JSS)という財団法人がある。JSSはJAXAと違って自分で研究機関を持っているのではなく、企業や他の政府機関に費用を出して研究開発をしてもらう役割を果たしており、これまでも技術試験衛星の開発などで日本の宇宙産業を育成してきた。

実はJSSは以前から、超小型宇宙ロケットを航空機から空中発射する検討を盛んに行っているのだが、この方式は諸外国でも実用例が少なく、過去に行っていたアメリカの企業も地上発射に切り替えるなど、必ずしもうまくいっていない。そのためか、これまでのような検討ではなく実際の開発を目指した2015年の公募では「桁違いの低コスト化につながる研究開発」とだけ書かれており、空中発射に限定していなかった。この公募に、JAXAはSS-520による衛星打ち上げで応募し、採択されたということだ。なおこの公募には、民間で超小型宇宙ロケットの開発を進めているインターステラテクノロジズ社も採択されている。

SS-520が持っていたポテンシャル

20160610_ss520_2

SS-520ロケットはJAXAの解説ページでも「その目的は、高度800kmに到達することであり、同時に第3段を付け加えることによってミニ衛星を打ち上げるロケットを開発するための工学的実験を行うこと」と書かれており、当初から超小型衛星打ち上げを視野に入れて開発されていた。

今回のSS-520ロケット4号機は3段式だが、第1段と第2段は既存のSS-520ロケットと同じものだ。SS-520ロケットは発射後、ドリルのように回転することで安定する「スピン安定方式」で自然にまっすぐ飛んで行くが、第2段の向きを変えたい場合はスピンしながら向きを変える「ラムライン制御」が可能。そこで4号機は、ロケットを高く上げるのではなく水平に加速するよう、第1段から分離したあと第2段の向きを変えてから点火する。地上設備も基本的に通常運用しているものをそのまま使うということで、SS-520ロケットが本来持っていたポテンシャルの活用で宇宙ロケットに変身する。

第3段は新規開発、衛星ともども「ペイロード」

2016_08_18_ss520

SS-520ロケット4号機に使用される第3段固体ロケットモーターは、過去に開発された物の流用ではなく、新規開発品。第3段のロケットモーター自体が技術実証の対象になっている。

つまり、宇宙ロケットシステムとして考えた場合のSS-520ロケット4号機は「3段式のロケットに、ペイロードとして超小型衛星を搭載する」ものと見ることができる。一方、研究開発プロジェクトとして考えた場合は、「既存の2段式ロケットであるSS-520ロケットに、新規開発の第3段ロケットと超小型衛星からなるペイロードを搭載して、技術実証する」と見ることができるわけだ。

JAXAでは超小型衛星の打ち上げ機会を提供するためH-IIAロケット相乗りなどの機会を提供しているが、今回の打ち上げはこのような打ち上げ公募ではなく、搭載する超小型衛星も研究開発の一環となっている。衛星の名称はTRICOM-1、10cm四方のサイコロ3個を繋いだような「3U」と呼ばれるサイズの超小型衛星だ。開発は東京大学の中須賀研究室に依頼している。

今後は未定、とのことだが…

さて、何と言っても関心を集めるのは、今後はSS-520ロケットを使った超小型衛星打ち上げが本格的に行われるかだが、今回の打ち上げはあくまで経産省の技術実証プロジェクトによるもので、今後の具体的な計画はないということだ。

しかし経産省はプロジェクトの公募要項で、研究開発成果の実用化などを求めている。産業振興を目的とする役所である経産省としては、当然の要求だろう。技術実証だけして実用化しないのでは税金を使う意味はない。打ち上げ成功後、次の段階に進むことを期待したい。

ただ、課題もある。SS-520ロケットの製造打ち上げ経費は約3億円とのことで、第3段を追加すればさらに費用が掛かる。今回はSS-520ロケットをほぼそのまま使い第3段のみ新規開発となっているが、将来国内外で登場するであろう超小型宇宙ロケットと競争するには、今後はSS-520ロケットの低コスト化も必要だろう。

宇宙開発を「学ぶ」場としての小型ロケット

最後に、このような小型ロケットが宇宙開発の人材育成に果たす役割について聞いてみた。今年、X線天文衛星「ひとみ」が打ち上げ直後に機能喪失する事故があったが、その原因のひとつとして開発チームの経験不足が挙げられていた。そしてISASの常田佐久所長はプロジェクトマネジメントの経験を積む場のひとつとして、小型ロケットを挙げた。この点については、JAXAへの取材で回答して頂いた文章を、そのままご紹介したい。

「小型飛翔体の打上げは小規模であるため、プロジェクト内の職員が自身の業務を実施しながらプロジェクトが技術的にもマネジメント的にもどのように動いているのかを把握しやすく、このことから、機構内の若手職員の現場研修にも活用してきたところです。
今後、規模の大きなプロジェクトへ参画する通過点のプログラムとして、こういった機会は大事であると思っています。」

超小型衛星専用ロケットは、超小型衛星を自由に打ち上げる機会と、ロケット打ち上げを通じて人材を育てる機会の両方を提供してくれるだろうか。

Image credit: JAXA, JSS

-ads-

-ads-