エクソマーズ、そして「オデッセイ」…火星ブームは「きた」のか?

 

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画像:火星周回軌道に入る微量分析周回機と、着陸機「スキアパレッリ」の想像図

3月14日、ヨーロッパとロシアが共同で開発した火星探査機「エクソマーズ」が、無事火星に向けて打ち上げられました。

今回のエクソマーズは、火星大気中の微量元素を分析することができる「微量ガス分析周回機」と、着陸技術を試験する着陸機「スキアパレッリ」からなっています。2年後の2018年には、さらにローバーが火星へと赴く予定ですが、その際にはスキアパレッリで培われた技術が活かされる予定です。

火星の話題が最近多いように思います。それは、有人火星探査を主題にした超大作映画「オデッセイ」の影響もあるかも知れません。しかし、有人火星探査への道は、実はゆっくりとではありますが、着実に動き始めています。今回のエクソマーズも、その道のりの一つだといえるでしょう。

有人火星探査は、人類が目指す究極の宇宙探査といえるでしょう。なにしろまだ人類は火星に到達していません。月には人類が足跡を残していますが、月は地球の衛星です。人類はまだ異なる「惑星」には行っていないのです。

そして火星にはなんといっても行くべき理由がたくさんあります。まず、水の存在。火星には今でも水があるとされており、しかも氷ではなく、流れる(液体の)水も今でもある可能性が高いのです。水は生命を作るために欠かせない材料です。ひょっとすると火星には生命が存在した、いや、している可能性も十分に考えられます。

また、火星には大気があります。温度も平均してマイナス50度くらいと低いものの、金星のような極端な高温や、木星の衛星エウロパのような極端な低温ではありません。何とかすれば十分に住むこともできます。将来人類が移住したり、そこまでいかなくても基地を作って暮らすことだって可能でしょう。

しかし、火星は月とは比べものにならないほど遠い天体です。

月は地球から「たった」38万キロしか離れていません。アポロ宇宙船は片道約3日半で地球から月へと飛行しました。これに対し、火星はもっとも近づいたときでさえ6000万キロ、遠く離れれば3.5億キロもの距離があります。通信するのでさえ、往復で40分以上かかる可能性もあります。月とはまさにケタ違いの世界なのです。

また、火星と地球とは同じ惑星どうしですから、共に太陽の周りを回っています。その位置関係で、火星に行きやすいときと行きにくいときがあります。つまり、火星と地球がもっとも近いときが、火星に行くチャンスではないのです。両方がちょうどいい位置にあるタイミングを狙って火星に行かなければなりません。そのチャンスは約2年に1回巡ってきます。今年はちょうどよいチャンスで、次が2018年。エクソマーズのローバーが2018年に火星に行くのも、そういった理由があるわけです。

世界で活発に進められる火星探査

さて、そんな中で世界の火星探査はいま、どのように動いているのでしょうか。

火星探査機を最も多く送り込んでいるのはアメリカです。最近でも大型ローバーで有名になったマーズ・サイエンス・ラボラトリー(愛称「キュリオシティ」)や、火星大気を探る探査機「メイバン」を送り込んでいます。今年2016年にも火星内部構造を探るための探査機「インサイト」の打ち上げが予定されていましたが、直前になって機器の不具合が発見され、打ち上げは2018年5月に延期されました。

ヨーロッパは2003年に周回機「マーズ・エクスプレス」を火星に投入、今回のエクソマーズが2回めとなります。

ロシアは火星探査については不運、というか失敗が続いています。1996年には火星探査機「マーズ96」が打ち上げに失敗し地球へ落下、そして満を持して開発したフォボスからのサンプルリターン機「フォボス・グルント」は、2011年に打ち上げられたものの探査機の故障で地球周辺から脱出できず、そのまま地球へ落下するという悲惨な失敗となりました。しかし、ロシアはまだ単独の火星探査をあきらめていないようで、フォボス・グルントの「リベンジ」を狙っているとの情報もあります。

近年目覚ましい発展を遂げている宇宙大国といえば、インドと中国です。インドは2014年に火星周回機「マンガルヤーン」の火星周回軌道投入に成功し、世界で4番目に火星に探査機を送り込んだ国となりました。また、これはアジア初でもあります。

そんな中、火星探査には冷淡と思われていた中国がにわかに火星探査に動き出したという情報が入りました。先日ですが、中国が2020年にも火星探査機を打ち上げるという情報が入ってきました。探査機は周回機と着陸機からなり、約半年の飛行ののち2021年に着陸機を火星に下ろすという計画です。

そして、月・惑星探査ではニューフェイスである、アラブ首長国連邦(UAE)がここに加わります。UAEは「アル・アマル」(アラビア語で「希望」の意味)という火星探査機を計画しており、やはり2020年の打ち上げを計画しているとのことです。

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画像:2020年打ち上げ予定のUAEの火星探査機「アル・アマル」の想像図

では、日本はどうでしょうか?

日本は、2003年に火星探査機「のぞみ」を火星周回軌道に入れることができませんでした。つまり、火星探査は今まで一度も実施できたことがないのです。

インドや中国の追い上げの中で、日本も徐々に火星探査に動き始めています。昨年(2015年)、政府は日本の新たな月・惑星探査計画として、火星の衛星からサンプルを採取する、サンプルリターン計画を発表しました。

火星には衛星が2つありますが(フォボスとデイモス)、このどちらからサンプルを取得するのかはまだ決まっていません。ですが、この計画は早ければ2020年代前半に実施される可能性があります。火星本体ではないとはいえ、「はやぶさ」や「はやぶさ2」で培った日本の小天体サンプルリターン技術を活かせる場所としては、火星本体よりは火星の衛星であるともいえるでしょう。

このように、日本を含め、全世界でいま、火星探査の動きが活発になっています。なぜでしょうか。そのキーワードは「ポストISS」という言葉で象徴されます。

「宇宙ステーション後」は火星へ?

ポストISS…「ポスト」とは英語でpost、この場合は「〜のあと」という意味です。ISSは、いま宇宙空間に飛行している「国際宇宙ステーション」のことです。つまり、国際宇宙ステーションのあと、世界が共同で行う宇宙探査計画として、有人火星探査が急浮上しているのです。

ISSは、2011年に完成したあと、いつまで運用されるかが問題となっています。先日、2016年から2024年までは現在と同じように各国の資金で運用されることが決まりました。しかし、2024年以降はどうなるかわかりませんし、技術の進展のためにはISS以降のより新しい国際探査計画が必要でしょう。

一方、アメリカは2030年代なかばをめどに、有人火星探査を行うというビジョンを持っています。しかし、この計画を実施するとなると数兆円もの費用がかかり、一国ではとても負担できません。アメリカならずとも、ひとつの国で有人火星探査を行うのはまず不可能です。そうなれば自然と国際共同探査となります。

従って、今後の国際宇宙ミッションは、複数国による共同ミッションとなるわけで、そのためには調整する機関が必要になります。これがISECG(国際宇宙探査協働グループ)という組織です。世界各地の14の宇宙機関が参加し、当然日本のJAXAも入っています。

ここでの目標は、国際協働の有人探査計画について、宇宙機関の間での検討を行うことです。従ってISECGは宇宙機関からなるグループなのです。

ここでのシナリオとしては、ISS後は小惑星や月の有人探査を実施し、その後火星探査へ向かうということになっています。各国が火星探査に熱を上げてきているということは、その有人火星探査に向けて少しずつ動き始めてきた、ともいえるでしょう。

もちろん、だからといってこの計画が順調に進むという保証はありません。ISSにしても、四半世紀もかかって各国の利害を調整したり、大きな事故などに遭遇して、ようやく完成に至ったのです。有人火星探査も、おそらくそのような茨の道が予想されるでしょう。

しかし、日本も含め、こういった宇宙計画に参加していくことは、ただ単に技術を提供するだけではなく、同じ価値観を共有する世界の国と団結するという国としての意志を示すことにもつながってきます。

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画像:NASAが計画する有人火星基地の構想図

有人火星探査のスケジュールは?

では、有人火星探査が実現するとして、このあとどのようなスケジュールで動いていくでしょう?

技術的な面からみると、アメリカが考えている「2030年代なかばの有人火星探査」は割と多くの科学者・技術者が妥当と考えています。ただ、これには解決すべき多くの課題があります。例えば、ミッション全体で1000日(2年以上)と想定される有人火星探査計画で、クルーの安全をどう守るか…具体的には、ミッション全体で浴びることになる放射線(宇宙船など)からどう身を守るか、さらに長時間の宇宙滞在が人間に及ぼす影響を調べることも必要です。

3月2日、ISSからスコット・ケリー宇宙飛行士が帰還しました。約1年間という、これまでのアメリカではなかった長期の宇宙滞在でした。このような長期宇宙滞在の目的は、将来の有人火星飛行において、人体に及ぶす影響を調べるためです。今後、ケリー宇宙飛行士の双子の兄弟(地上にいる)との比較などが行われ、長期の宇宙滞在が人体に及ぼす影響が解明されていくことでしょう。

一方、人間を火星に運ぶ宇宙船の開発も着々と進められています。アメリカはオライオン(オリオン)宇宙船、ロシアはNGSなどです。こういった次世代の宇宙船を打ち上げるための新世代の輸送系(ロケット)も、例えばアメリカの新宇宙輸送システム(SLS)などの開発が進められています。オライオンは早ければ2018年に初飛行、2023年には月周辺軌道の有人飛行が予定されています。

繰り返しになりますが、こうやっていろいろなことが着実に進んでいるとはいえ、何らかの事故などがあればすべての予定が変わってしまうということは当然ありえます。しかし、火星探査にこれだけの国が参加し、いま火星には人間が送り込んだ探査機が7機活動中(エクソマーズが行けば8機!)もいることを考えてください。ちなみに、月は中国の嫦娥3号とアメリカのLROの2機だけです。世界の関心がどちらを向いているかはこの数をみても明白でしょう。

日本がこの流れとどう向き合うのか、私たちも見守っていく必要があります。

Image Credit:ESA, ATG Medialab, Mohammed Bin Rashiid Space Center, NASA

火星探査機エクソマーズ、打ち上げ成功(月探査情報ステーションブログ)