金星探査に再チャレンジする「あかつき」の想像図。(c)JAXA
金星探査に再チャレンジする「あかつき」の想像図。見事成功し、「あかつき」は金星の衛星になった。(c)JAXA

2015年12月7日、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の金星探査機「あかつき」が、金星に到着しました。2011年12月7日に、エンジンのトラブルで金星を素通りしてしまって以来5年間、灼熱の太陽に耐えながら飛行してきた「あかつき」の、執念の再チャレンジは見事に成功。「あかつき」は金星を回る人工衛星になりました。地球以外の惑星の人工衛星は、日本では初めてです。

金星は太陽系第2惑星。3番目の地球より太陽に近いので、とても暑い。だから、その近くにいる「あかつき」も暑い…んん?本当にそうでしょうか。宇宙に関するよくある質問でも、「宇宙は暑いですか?寒いですか?」というのがあるのですが、宇宙の温度って何でしょうか?

真空の宇宙に「気温」はない

宇宙遊泳している宇宙飛行士のまわりは真空(c)NASA
宇宙遊泳している宇宙飛行士のまわりは真空(c)NASA

私たちが暑さや寒さの話をするときは、「今日は最高気温が38度だって!」「気温がマイナスだから、雪が降るかもな」なんていう表現をしますね。ここで言っている気温とは、空気の温度のことです。夏の熱い空気は体を温めるから日陰でも暑いし、冬の空気は日なたでも体を冷やすので寒く感じます。一方で、どれほど夏の日差しが強くても、レンズで光を集めたりしない限り、温度が何百度にもなってしまうことはありません。気温が30度であれば、それより熱くなった物は空気が冷やしてくれるからです。

ところが空気のない、真空の宇宙では気温というものがありません。空気が体を温めたり冷やしたりしない宇宙では、地球上のように気温で暑さ、寒さを考えることができないのです。

上は大水、下は大火事ってなーんだ

答えは風呂。昔の風呂は、下から直接火でお湯を沸かしていたからという、なぞなぞです。実は宇宙の暑さ・寒さは、これに似ています。

火に近付くと、火に触らなくても熱く感じます。これは火が出す赤外線が、肌を温めるからです。宇宙でも、熱いものは赤外線を出すので、物を温めます。地球や金星の近くで一番熱い物と言えば太陽。表面温度は5000度以上と、どんな物でも溶けて蒸発してしまうほどの熱さです。

宇宙にある探査機や人工衛星は、太陽が出す赤外線で加熱されています。しかも真空なので、いくら熱くなっても空気が冷やしてくれません。温度はどんどん上がってしまいます。

一方、探査機や人工衛星にも太陽とは反対側の日陰の部分があります。こちらは漆黒の宇宙しか見えないので、どんどん熱を吸い取られてしまいます。太陽などの星が全く見えない宇宙の闇では理論上、マイナス270度まで下がってしまう計算です。

日なたは灼熱、日陰は酷寒…これが宇宙の温度なのです。

お風呂の温度をちょうどよくするには

42度以上のお風呂はかなり熱いです。38度以下ではぬるくて風邪をひいてしまうかも。お風呂はそれより熱くもぬるくもならないよう、風を入れてさましたり、風呂釜で加熱したりして温度を調節しますね。探査機や衛星も、同じことをしています。

探査機や衛星の表面を覆う金ぴかのフィルムは、太陽熱を反射し、内部の熱を逃がさない断熱材にもなっています。断熱材のないむき出しの部分も作っておけば、太陽に向ければ温度が上がり、反対へ向けると温度が下がるでしょう。一方だけが熱くなりすぎないようにぐるぐる回ったり、ノートパソコンの冷却にも使われているヒートパイプで日なた側と日陰側をつないで温度を均一にしたり…いろんな方法で温度を調節しています。

金色の断熱フィルムに覆われた、打ち上げ前の金星探査機「あかつき」。(c)JAXA
金色の断熱フィルムに覆われた、打ち上げ前の金星探査機「あかつき」。(c)JAXA

さて、金星探査機「あかつき」の温度はどうでしょうか。「あかつき」は太陽電池を太陽に向けて飛ぶので、太陽側は金色の断熱材で覆って太陽熱から守り、反対側はむき出しの部分を作って熱を逃がすようにしてあります。地球を出発してから最初に金星にたどり着くまで、「あかつき」の中は0度から50度ぐらいの温度に保たれていました。そうなるように計算して設計されているからです。ところが金星を素通りしたあと、あかつきは金星より太陽に近い場所を通る軌道になったので、予定より強い太陽熱を浴びて、つねに100度を超える部分もあるような状態になってしまいました。

設計ではこれほどの高温になる予定はなく、また金星到着まで長くても2年程度と想定していたのですが、「あかつき」は予定外の高温に5年間も耐えるはめになってしまいました。しかしJAXAの発表では、12月9日までに確認された範囲では故障しているところもなく、誰も見たことのない鮮明な金星の写真を送り始めています。これから「あかつき」は予定通りの温度に下がり、搭載されている機械たちもようやく一服することができるでしょう。

温度の謎を解け!あかつきの反撃

平成27(2015)年11月9日 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 「あかつき」プロジェクトチーム 「金星探査機「あかつき」の 金星周回軌道投入及び観測計画について」より (c)JAXA
平成27(2015)年11月9日
宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 「あかつき」プロジェクトチーム
「金星探査機「あかつき」の金星周回軌道投入及び観測計画について」より
(c)JAXA

ところで、太陽の側が熱くなり、反対側は寒くなるのは探査機や人工衛星だけでなく、地球でも同じことです。太陽光が当たる昼は温まり、宇宙の暗闇に面した夜は冷えます。また、太陽にまっすぐ面した赤道近くは温まり、太陽とは横向きの北極や南極は冷えます。それでも地球の温度が「あかつき」のように100度以上になったり、冬の夜でもマイナス100度以下になったりしないのは、地球にも探査機や人工衛星と同じように温度を保つ仕組みがあるからです。地球は自転していますから、昼も夜も約半日しか続きません。空気や海水は赤道の熱を北や南へ運んで温めてくれます。こうして地球の温度は、激しく変化しないように保たれているのです。

一方、金星の自転はとてもゆっくりで、1日の長さはなんと地球の約117倍もあります。昼と夜が、地球の60日ずつも続いてしまうのですから、昼の気温はどんどん上がり、夜はひどく冷えるようにも思えます。そんな金星はこれまでの観測で、星全体を一周する猛烈な風が吹いていることがわかっています。風速はなんと秒速100m、時速なら360km。新幹線より速い風が、金星の昼と夜の空気をかき混ぜているのです。どうしてこんなことが起きるのかは、まだわかっていません。

金星探査機「あかつき」の最大の任務は、この猛烈な風「スーパーローテーション」の謎を解き明かすことです。地球では起きない現象を調べることで、地球の大気との違いを知ると、今までとは違った視点で地球を理解することができるようになるでしょう。そうすると、地球を研究するだけではわからなかった地球の謎も、解き明かされるかもしれません。

5年間、金星探査機「あかつき」を苦しめてきた宇宙の温度。その宇宙の温度の謎のひとつ、金星の「スーパーローテーション」を解き明かす。「あかつき」の反撃が、いま始まったのです。