2つの赤外線宇宙望遠鏡のデータから、太陽系の外側に新たな惑星候補天体の存在が示唆

太陽系には、海王星よりもはるかに外側に、未知の惑星「プラネット・ナイン(Planet Nine)」があるのではないかと考えられていますが、未だに有力候補は見つかっていません。未知の惑星の発見に関する主張がされることは時々ありますが、それは単独の望遠鏡の観測データに基づくものであり、複数の望遠鏡で観測が報告された例はありません。

図1: 太陽系外縁部にあるとされる未知の惑星の想像図。
【▲ 図1: 太陽系外縁部にあるとされる未知の惑星の想像図。(Credit: Caltech & R. Hurt(IPAC))】

台湾・国立清華大学のTerry Long Phan氏などの研究チームは、赤外線宇宙望遠鏡の「IRAS」と「あかり」によって観測された23年間隔の観測データを分析し、プラネット・ナインとしての性質を持つ候補天体の調査を実施しました。その結果、惑星かもしれない天体1個の発見が示唆されました。

現時点では、この候補天体が実在するかどうかは分かりません。加えて現時点では天体の発見報告に欠かせない公転軌道を確定させることができないため、実在したとしても本当に惑星であるかを確定させるには、さらなる観測データが必要となります。しかし今回の惑星候補天体は、複数の望遠鏡で観測されたという点で興味深い天体であると言えます。

今回の研究は、本記事の執筆時点ではプレプリントサーバーの「arXiv」にのみ掲載されていますが、Astronomical Society of Australia誌への掲載が承認されています。

太陽系の外側に「プラネット・ナイン」はあるのか?

太陽系の惑星の数は、現在の定義によれば8個です。かつては冥王星が9個目の惑星として数えられてきましたが、2006年に決定された定義に基づけば惑星ではありません。

図2: 紫色で示されている太陽系外縁天体の公転軌道は偏った分布をしていることが知られています。この偏りを説明するものとして提案されたのが、黄色で示されているプラネット・ナインの公転軌道です。
【▲ 図2: 紫色で示されている太陽系外縁天体の公転軌道は偏った分布をしていることが知られています。この偏りを説明するものとして提案されたのが、黄色で示されているプラネット・ナインの公転軌道です。(Credit: Caltech & R. Hurt(IPAC))】

しかし、海王星のさらに外側にある「太陽系外縁天体」を調べると、その公転軌道の性質には大きな偏りがあることが分かっています。この偏りの原因については様々な意見がありますが、未知の天体の重力によって公転軌道がずらされたためであるとする意見が一定の支持を集めています。

もしそのような天体があれば、十分に強い重力を持つ質量の大きな天体であり、周辺の天体を一掃しているものと考えられます。この性質は現在の定義における惑星の性質を満たすと考えられるため、このような仮説上の天体は「プラネット・ナイン」と呼ばれています。直訳すれば「第9惑星」となるように、この名称には単に「通算9個目の新しい惑星」という意味も含まれますが、天文学者の間では「太陽系外縁天体の配置に影響を与える惑星」のことを指して呼ぶことが一般的です。さらに狭い意味として、特定の公転軌道を持つ惑星のみを指してプラネット・ナインと呼ぶ天文学者もいます(※)

※…特定の公転軌道を持つ狭義のプラネット・ナインと区別するため、「惑星X(Xはローマ数字の10ではなく、未知を意味するエックス)」や「カイパーベルト惑星」など、独自の呼称が使用される場合もあります。

一方で、天文学者の全員がプラネット・ナインの存在を肯定的に見ているわけではありません。太陽系外縁天体は十分な数が発見されていないため、公転軌道の偏りは単なる観測バイアスであり、発見数が増えればこのような偏りが消えると考える天文学者もいます。

いずれにしても、プラネット・ナインが実在したとして、それは太陽から遠く離れた軌道で公転しているため、可視光線で観測できる可能性はほとんどありません。赤外線による観測ならば、遠く離れた惑星であっても見つかる可能性がありますが、夜空での見た目の動きが極めて遅いことから、観測された候補天体が太陽の周りを回っていることを証明することが困難となります。

また、候補となる天体は、単独の望遠鏡で観測されるよりも、複数の望遠鏡で観測される方がより望ましくなります。個々の望遠鏡は性能や観測する波長が異なるため、異なる “目” で見て同じ候補天体を観測すれば、それは幻ではなく実在する可能性が高いことを示します。例えば2021年には、太陽から338億km(225±15au)の距離に地球の3~5倍の質量を持つ惑星候補天体があると主張されたことがありますが、これは1つの赤外線望遠鏡の観測データからのみ見つかっており、他の望遠鏡では見つかっていません。

複数の望遠鏡で観測された惑星の候補天体

国立清華大学のTerry Long Phan氏などの研究チームは、2つの赤外線宇宙望遠鏡の観測データを比較し、プラネット・ナインとなり得る候補天体の探索を行いました。1つはアメリカ航空宇宙局(NASA)、オランダ航空宇宙計画局(NIVR)、イギリスの理工学研究評議会(SERC)が共同開発して1983年に打ち上げた「IRAS」のデータ、もう1つは日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2006年に打ち上げた「あかり」のデータです。

IRASは1983年、あかりは2006年から2007年にかけて掃天観測(夜空の広い領域を観測すること)を行っており、両者の観測データには23年もの間隔があります。もしプラネット・ナインが実在するとすれば、両者の観測データを比較することによって、見た目の位置の動きから検出できる可能性があります。

これまでの研究から、プラネット・ナインの公転軌道は楕円形で、現在の位置は太陽から約700~1000億km(500~700au)、質量は地球の7~17倍である可能性が高いと予測されています。これらの性質を仮定すれば、夜空における見た目の動きや赤外線で見た時の明るさが予測できます。つまり、予測される性質に当てはまる天体を探せば、それはプラネット・ナインである可能性があることになります。

もっとも、IRASとあかりの観測データを比較するという研究は今回が初めてではなく、2022年には今回とは別の研究者たちによる分析が行われています。当時の研究ではプラネット・ナインと呼べるような天体は見つかっていません。理由の1つとして、宇宙空間に存在するガスからの赤外線放射である可能性を排除できなかったことが挙げられます。

図3: IRAS(左)とあかり(右)で撮影された、同じ空の領域の赤外線観測データ。それぞれの画像に写っている天体は、プラネット・ナインで予測されている赤外線での明るさや、見た目の位置の移動とよく一致しています。
【▲ 図3: IRAS(左)とあかり(右)で撮影された、同じ空の領域の赤外線観測データ。それぞれの画像に写っている天体は、プラネット・ナインで予測されている赤外線での明るさや、見た目の位置の移動とよく一致しています。(Credit: Terry Long Phan, et al.)】

そこでPhan氏らは、2022年の研究で使用されたものとは別の、あかりによる観測データを利用しました。見た目の位置と赤外線での明るさが理論と一致する放射源を絞り込むと、全部で13個の興味深い候補が見つかりました。これらについてさらに精査を行ったところ、その中の1個だけが有力候補として残りました。

この惑星候補天体は、IRASとあかりの両方で検出され、赤外線での明るさや波長の性質が似ており、かつガスの誤検出である可能性が低いと考えられています。また、見た目の移動速度が太陽の周りを回っていると考えられる速度で移動していることが推定されます。これまでのプラネット・ナインの発見報告と比べると、2つの赤外線宇宙望遠鏡で検出されているという点で、確証度がやや高い傾向にあります。

今回見つかった天体の正体がつかめるのはもう少し先

とはいえ現段階では、今回見つかった候補天体がプラネット・ナインであるかどうかは確定できません。今回の観測データだけでは、実在する天体であるかどうかが確定していないだけでなく、惑星であるかどうかを決定づける重要な要素である公転軌道も決定することができないためです。特に注意しなければならないのは、前章で挙げた太陽からの距離や質量は、過去の研究に基づき、赤外線の放射源を絞り込むための仮定された値であることです。今回の観測で新たに判明した値ではありません。

このため今のところは今回の天体をプラネット・ナインと呼ぶことはできません。また、今回の研究に参加していない天文学者から、既にこの主張に対する異論や反論も出されています。例えばGary Bernstein氏は、今回の観測データだけで、この候補天体が惑星なのか、もしくは小惑星・恒星・銀河のような無関係の天体、あるいはノイズであるのかを区別することは難しいと指摘しています。

また、今回発見された天体が仮に実在し、しかも惑星と呼ぶに十分な要素を備えていたとしても、それはプラネット・ナインとは異なる惑星である可能性もあります。プラネット・ナインの存在を最初に提唱した天文学者の1人であるMichael E. Brown氏は、今回見つかった天体の公転軌道を独自に計算し、軌道傾斜角が約120度の逆行軌道を持つと予測しました。これはプラネット・ナインとして予測されている、軌道傾斜角15~20度とは大きくかけ離れた数値です。また、この公転軌道の予測が正しい場合、太陽系外縁天体の公転軌道の偏りに影響を与えないことが予測されます。

Brown氏と共同でプラネット・ナインを予測したKonstantin Batygin氏は、この惑星が仮に実在したとしても、それはBrown氏とBatygin氏が予測したプラネット・ナインではなく、いわば “プラネット8.5” とでも呼ぶべき、別の性質を持つ惑星であろうと述べています。しかも、今回発見された天体とプラネット・ナインは、お互いに重力的影響を及ぼし合い、軌道を不安定化させます。今回発見された天体が実在する惑星ならば、プラネット・ナインとは共存できず、むしろ存在を排除してしまう可能性すらあります。

いずれにしても今回の観測データだけでは、新たな惑星の存在を示唆する興味深い発見ではあるものの、天体の実在性や性質を決定することはできません。既に稼働を開始しているセロ・トロロ汎米天文台(チリ)のブランコ4m望遠鏡に設置された「ダークエネルギーカメラ(DECam)」や、2025年中のファーストライト(観測開始前の調整)を予定しているチリの「NSFヴェラ・C・ルービン天文台」、そして打ち上げが予定されている「ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡」など、最新・次世代の望遠鏡は、確実にプラネット・ナインの存在する範囲を絞り込むことができます。おそらく近いうちに、太陽系の外縁部に惑星があるかどうかの決着が付くでしょう。

 

文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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参考文献・出典