極端に大きな質量を持つ「超大質量ブラックホール」と、それを中心に持ち激しく活動している「クエーサー」は、どのようにしてこの宇宙に誕生したのでしょうか?クエーサーは銀河の初期の形態であるとも考えられているため、この疑問は非常に重要ですが、解決するには多くの謎を解決する必要があり、現状ではその多くが未解明のままです。
信州大学の登口暁氏などの研究チームは、クエーサーに強く関連していると考えられている「ブルドッグ(BluDOG)」と呼ばれるタイプの天体が、誕生直後の宇宙にも存在することを「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」の観測データから発見しました。ブルドッグは “青い” ことから名付けられた天体ですが、今回見つかったブルドッグは “赤い” 天体である「JWST-ERO」の中から見つかっており、既知のブルドッグとの共通点と相違点がそれぞれ見つかっていることも併せて注目される発見です。
■「クエーサー」はどのように作られた?
地球が属する天の川銀河を始めとして、宇宙にある銀河の大半は、その中心部に「超大質量ブラックホール」があると考えられています。恒星の超新星爆発で生じるブラックホールは重くてもせいぜい太陽の数十倍の質量であると考えられている一方で、超大質量ブラックホールは軽くても太陽の数百倍、重いものでは太陽の数十億倍以上の質量を持つと考えられています。
超大質量ブラックホールはその莫大な質量で大量の物質を引き寄せることで、物質同士の摩擦で発生する膨大なエネルギーを放出することがあります。特に活動的な天体は「クエーサー」と呼ばれており、銀河の初期の形態ではないかとも考えられています。
超大質量ブラックホールやクエーサーがどのように誕生したのかについては長年の研究が行われており、今のところクエーサーの誕生のシナリオとして有力視されているのは次の通りです。
1. 初期の宇宙に存在したガスや塵に富む銀河同士が衝突する。
2. 銀河の中心部に存在したブラックホールに大量の塵が流入し、質量を増大させると共に活動的になる。
3. ブラックホールの活動が塵を吹き飛ばすほど活動的になると、クエーサーとして観測される。
このシナリオは、クエーサーの前段階の性質を持つ天体が中々見つからないという状況を説明できます。塵を吹き飛ばす前段階では塵が可視光線を隠してしまい、暗い天体となってしまうからです。一方で、中心部の活動が塵を加熱させることで、赤外線では明るく見える可能性があります。赤外線での観測は可視光線での観測よりも困難なため、これまでの初期宇宙の観測で見逃されていた可能性は十分にあります。
こうした塵に覆われて暗いという特徴を持つ銀河を “Dust-Obscured Galaxy(塵で覆われた銀河)” の略称から「ドッグ(DOG)」と呼ぶことを、2008年にArjun Dey氏らが提案しています。ドッグの研究はその後も続けられ、2012年には特に赤外線領域で明るいドッグが見つかりました。赤外線で明るいということは、他のドッグと比べて塵がより強く加熱されている可能性があることから、これは「ホットドッグ(Hot DOG)」と呼ばれるようになりました。
■クエーサーになりかけの “青い” 「ブルドッグ」
2019年には、すばる望遠鏡(アメリカ、ハワイ観測所)、VISTA望遠鏡(チリ、パラナル天文台)、WISE(広視野赤外線探査機)の観測データを照らし合わせた研究で、合計571個ものドッグが見つかっています。このうち8個には青色の光がかなり多いという特徴が見つかりました。この “青色が過剰に多いドッグ(Blue-excess DOG)” は「ブルドッグ(BluDOG)」と名付けられています。観測データを比較したところ、ホットドッグの一部は青色の光が多く、ブルドッグに似た性質を持つことが明らかとなりました。また、ブルドッグには中心部から外側へと向かう塵の流れがあることも判明しました。
これらの研究を総合することで、ドッグがどのような天体であるのかが少しずつ明らかとなりました。ガスや塵の多い銀河が衝突すると、まずは大量の恒星が生成され、次に中心部のブラックホールの活動が活発化します。この段階では可視光線が塵に遮られる一方で、赤外線では明るく輝くためにドッグとして観測されます。また、平均的なドッグよりも大きな質量のブラックホールを持つ天体はホットドッグとして観測されます。
やがて、中心部のブラックホールの活動が激しくなって塵を吹き飛ばし始めると、青い光が見えるようになります。ブルドッグと呼ばれる天体はこの段階を観測していると見られています。ドッグがブルドッグである期間は非常に短いと予想されますが、これはブルドッグがドッグ全体から見て少ないことからも裏付けられます。
そしてドッグの周りを覆う塵の多くが吹き飛ばされると、可視光線でも明るい天体であるクエーサーとして観測されます。ブルドッグがクエーサーの前段階の天体であることは、スペクトル (※1) に似たような特徴があることからも裏付けられています。
※1…光が物質を通過すると、一部の波長の光が吸収されます。光の明るさを波長ごとに細かく観測することで得られるスペクトルを観察すると、吸収された波長は暗い帯(吸収線)として現れます。スペクトルにおける暗い帯の現れ方は物質の性質によって固有であり、似たような性質を持つ天体からは似たようなスペクトルが得られるという特徴があるため、一見すると異なるタイプの天体同士を結び付ける手掛かりとなります。
■「JWST-ERO」はブルドッグと共通点があると判明
2022年から本格的な観測がスタートしたウェッブ望遠鏡は、地球から遠く離れた宇宙を観測する能力に長けています。遠い宇宙を観ることはより古い時代を観ることと同じであるため、天文学の研究において重要です。ブルドッグがクエーサーの前段階の天体であるという考えに基づけば、ブルドッグは遠い宇宙でも見つかると思われますが、これまでブルドッグは今から105~117億年前 (赤方偏移2~3) の時代でしか発見されていませんでした。
登口氏らの研究チームは、ウェッブ望遠鏡の観測で見つかった、今から126~132億年前 (赤方偏移5~9) の時代に存在する天体「JWST-ERO(James Webb Space Telescope Extremely Red Object)」に着目して分析を行いました。 “極めて赤い天体” という名の通り、JWST-EROから放たれる光(※2)は赤色から近赤外線(波長0.4~1µm)に富んでいます。その一方で、 “青色” に近い紫外線(波長0.2~0.4µm)も多く含まれることを特徴としています。
※2…いずれも静止系での波長 (遠方の天体は赤方偏移によって波長が変化するため) 。
JWST-EROから放たれる光の組み合わせは、星形成が盛んな銀河やクエーサーとは異なります。単純に考えると、銀河やクエーサーのうち塵が多いものと塵が少ないものの特徴を足し合わせるとJWST-EROの特徴に一致するため、まるで矛盾する特徴をミックスした天体であるかのようです。
初期の分析では中心部にブラックホールを持つらしいことも判明したため、JWST-EROはこれまで知られていなかった新しいタイプの天体ではないかという考えもありました。
これに対し、JWST-EROがブルドッグと似たようなスペクトルを持つことに気付いた登口氏らの研究チームは、JWST-EROが初期宇宙のブルドッグではないかと考えてより詳細な分析を行いました。その結果、JWST-EROのスペクトルの特徴がブルドッグとよく一致し、同じ天体であることが突き止められました。つまり、JWST-EROは “赤い” ブルドッグであることになります。
ただし、JWST-EROとブルドッグとの間で一致しない特徴もあります。例えば、JWST-EROはブルドックと比較して、ブラックホールの質量はより小さく、明るさはより暗いという特徴があります。また、ドッグの中でのブルドックは稀な存在、つまり青色の光に富む天体が稀であるという傾向があります。一方で、JWST-EROはそのほとんどが青色の光に富む天体であり、ドッグとブルドッグの関係性とは逆になります。この理由は分かっていません。
JWST-EROがブルドッグと同一の天体であることは、初期宇宙でいつクエーサーが誕生したのか、という疑問の答えにつながる発見です。一方で、JWST-EROとブルドッグの違いは単にJWST-EROの観測数が少ないために生じている可能性があることから、この答えは天体の観測数を増やすことで解決するかもしれません。現在計画中の赤外線宇宙望遠鏡「GREX-PLUS」では、より遠く、より暗いドッグやブルドッグを観測することができるようになると予想されているため、今後の展開に注目です。
Source
- Akatoki Noboriguchi, et al. “Similarity between Compact Extremely Red Objects Discovered with JWST in Cosmic Dawn and Blue-excess Dust-obscured Galaxies Known in Cosmic Noon”. (The Astrophysical Journal Letters)
- Akatoki Noboriguchi, et al. “Extreme Nature of Four Blue-excess Dust-obscured Galaxies Revealed by Optical Spectroscopy”. (The Astrophysical Journal)
- Akatoki Noboriguchi, et al. “Optical Properties of Infrared-bright Dust-obscured Galaxies Viewed with Subaru Hyper Suprime-Cam”. (The Astrophysical Journal)
- “宇宙の夜明けにもブルドッグはいた! ~すばる望遠鏡や JWST で見つかったブラックホールが急成長中の天体~”. (信州大学)
- “宇宙の夜明けにも存在した「ブルドッグ」- すばる望遠鏡が見いだした巨大ブラックホールの急成長 -”, (すばる望遠鏡)
- “宇宙の夜明けにも存在した「ブルドッグ」―すばる望遠鏡が見いだした巨大ブラックホールの急成長―”. (国立天文台)
- Arjun Dey, et al. “A Significant Population of Very Luminous Dust-Obscured Galaxies at Redshift z ~ 2”. (The Astrophysical Journal)
- Jingwen Wu, et al. “Submillimeter Follow-up of WISE-Selected Hyperluminous Galaxies”. (The Astrophysical Journal)
- Peter R. M. Eisenhardt, et al. “The First Hyper-Luminous Infrared Galaxy Discovered by WISE”. (The Astrophysical Journal)
- R. J. Assef, et al. “Hot Dust Obscured Galaxies with Excess Blue Light: Dual AGN or Single AGN Under Extreme Conditions?”. (The Astrophysical Journal)
- Guillermo Barro, et al. “Extremely red galaxies at z=5−9 with MIRI and NIRSpec: dusty galaxies or obscured AGNs?”. (arXiv)
文/彩恵りり