こちらは南天の「コンパス座」の方向約1万6000光年先にある天体です。紫色に着色された星雲が、まるで夜空に伸ばした人間の手のような形をしているのがわかりますでしょうか。
「宇宙の手(Cosmic Hand)」とも呼ばれるこの天体は、パルサー風星雲「MSH 15-52」です。パルサー風星雲(パルサー星雲)は高速で自転する中性子星の一種「パルサー」から吹き出すパルサー風(電子と陽電子の流れ)によって形成されると考えられている天体で、パルサー風が周囲の物質と衝突することでX線などが放射されています。MSH 15-52を形作っているパルサー「PSR B1509-58」は、“手のひら”の付け根にある明るい部分に位置しているといいます。
この画像はアメリカ航空宇宙局(NASA)のX線観測衛星「Chandra(チャンドラ)」と、X線偏光観測衛星「IXPE(Imaging X-Ray Polarimetry Explorer)」で取得されたデータをもとに作成されました。背景には地上の望遠鏡を使って赤外線の波長で取得された星々のデータが使われています。
チャンドラのデータはX線のエネルギーに応じてオレンジ(低エネルギーX線)もしくは緑と青(高エネルギーX線)、IXPEのデータは紫で着色されています。“手”の指先にある主にオレンジ色で着色された部分は、PSR B1509-58を生み出すことになった超新星爆発の残骸の一部です。
IXPEはX線偏光の観測を目的として2021年12月に打ち上げられました。空間を波として伝わる電磁波は進行方向に対して様々な方向に振動する波が入り混じっていますが、何らかの理由で特定の方向に偏って振動している場合もあります。このように波の進行方向が偏っている電磁波は「偏光」と呼ばれていて、身近なところでは液晶画面や反射光を軽減する偏光サングラスなどで利用されています。
偏光には電磁波が発せられた環境の手掛かりが含まれていて、X線偏光の観測では磁場に関する情報が得られるとされています。スミソニアン天体物理観測所のチャンドラX線センター(CXC)やNASAによると、IXPEによる観測データはMSH 15-52から放射されたX線の偏光度が理論上予想される最大のレベルに達するほど高いことを示していました。この結果はMSH 15-52の磁場がとても真っすぐで均一であり、乱流はわずかでしかないことを意味するといいます。
また、IXPEの観測データはパルサーから“手首”の方向(画像の下方向)へ放出されているX線ジェットの根元では偏光度が低く、先へ進むにしたがって高くなっていくことも示していました。このことから、パルサーから放出される粒子はパルサー付近の複雑な乱流の領域でエネルギーを与えられた後、“指”や“手首”に沿って磁場が均一な領域へと流れていくことが示唆されるといいます。NASAによると、IXPEの観測によって「ほ座パルサー」(ほ座超新星残骸)や「かにパルサー」(かに星雲)のパルサー風星雲でも同様の磁場が検出されていることから、このような粒子の加速は同様の天体では一般的な可能性が示唆されるということです。
チャンドラとIXPEの観測データをもとに作成されたMSH 15-52の画像は、NASAとチャンドラX線センターから2023年10月30日付で公開されました。IXPEの観測データをもとにMSH 15-52を調べたスタンフォード大学のRoger Romaniさんを筆頭とする研究チームの成果をまとめた論文は、The Astrophysical Journalに掲載されています。
Source
- NASA - NASA X-ray Telescopes Reveal the “Bones” of a Ghostly Cosmic Hand
- CXC - MSH 15-52: X-ray Telescopes Reveal the "Bones" of a Ghostly Cosmic Hand
- Romani et al. - The Polarized Cosmic Hand: IXPE Observations of PSR B1509−58/MSH 15−52 (The Astrophysical Journal)
文/sorae編集部