中性子星が「アクシオン」で “光る” 可能性を探索
【▲ 図: 中性子星の想像図 (Image Credit: ESO, L. Calçada) 】

私たちの宇宙には、普通の物質の5倍もの「暗黒物質(ダークマター)」が存在するとされていますが、その正体は現在でもよくわかっていません。有力候補として長年挙げられている未知の素粒子「アクシオン(Axion / アキシオン)」は、もし見つかれば暗黒物質の正体を明らかにするだけでなく、現在の素粒子物理学を書き換える大発見となりますが、未だに見つかっていません。

アムステルダム大学のDion Noordhuis氏などの研究チームは、「中性子星」の周りでアクシオンに由来する光がないかどうかを、中性子星の観測結果とシミュレーション計算を比較することで解析しました。結果としてはアクシオンの兆候はなかったものの、これまでとは異なる方法でアクシオンが存在する範囲の絞り込みを行うことができました。

【▲ 図: 中性子星の想像図 (Image Credit: ESO, L. Calçada) 】
【▲ 図: 中性子星の想像図(Credit: ESO, L. Calçada)】

■未知の素粒子「アクシオン」は暗黒物質の有力候補

私たちの宇宙に存在する物質の量は、物質によって発生する重力の影響(銀河の回転速度など)を測定することで推定できます。しかし、重力に関する観測結果から推定される物質の総量は、可視光線などの電磁波で観測可能な “普通の” 物質だけの量と比べて約5倍もあります。この大幅なズレは、電磁波で観測可能な物質とは別に、重力では観測できるものの電磁波では観測できない正体不明の物質が存在すると考えなければ説明できません。「暗黒物質」とは、この正体不明の物質を指す言葉であり、その正体を探ることは天文学における最大の課題の1つです。

暗黒物質の正体として長年有力候補に挙げられ続けているのが、未知の素粒子「アクシオン」です。アクシオンは物理学上の未解決問題である「強いCP問題 (※1) の解決のために予言された素粒子であり、現代の素粒子物理学の基礎となっている「標準模型」では予言されていない素粒子です。アクシオンが実在するかしないかは、物理学での大きな関心事となっています。

※1…原子核を安定化させる「強い相互作用」に存在する未解決問題。詳細は割愛しますが、強いCP問題を解決する最もシンプルな解決策に伴って出現する素粒子がアクシオンです。

理論的に予測されるアクシオンの性質は、暗黒物質の性質の多くの条件を満たしています。まず、アクシオンは非常に小さいながらも質量を持つため、大量に集まれば重力源となります。また、アクシオンは他の物質とほとんど相互作用をせず、特に可視光線を含む電磁波とは相互作用しないため、暗黒物質が電磁波で観測できないこととも整合します。さらに、暗黒物質の研究が進むにつれ、暗黒物質は「冷たい暗黒物質(コールド・ダークマター)」 (※2) である可能性が高いと考えられていますが、アクシオンは冷たい暗黒物質の性質を満たします。このため、アクシオンが存在する場合、暗黒物質と強いCP問題という物理学上の大きな未解決問題を一気に進展させる可能性があります。

※2…暗黒物質が何らかの粒子でできている場合、それは激しく運動している場合もあれば、ほとんど運動していない場合もあるでしょう。通常の物質では温度が上昇するほど粒子の運動も激しくなることから、これになぞらえ、暗黒物質を構成している粒子が激しく運動している場合を「熱い暗黒物質」、ほとんど運動していない場合を「冷たい暗黒物質」と呼びます。近年の研究の多くは冷たい暗黒物質を支持しています。

■中性子星はアクシオンで “光る” かもしれない

アクシオンそのものの検出は極めて難しいとされていますが、一方でアクシオンは強い磁場の下で光子(電磁波の素粒子)に変換されることが予想されています。強い磁場の下でアクシオンから変化した光子を検出できる可能性はあるため、アクシオン探索実験ではこの手法が使用されています。

残念ながら、地球の観測装置ではアクシオン由来の光子の検出には失敗していますが、別の方法ならばアクシオン由来の光子の観測が可能かもしれません。それは「中性子星」の周辺です。中性子星は太陽の8倍以上の恒星の中心核が潰れて生じる、非常に小さく高密度な天体です。中性子星の周辺には非常に強力な磁場が存在し、人類が生み出せるよりもずっと強力な磁力を継続的に放出しています。このことから、中性子星は “宇宙最強の電磁石” とも例えられます。

アクシオンは強力な磁場が存在する環境では大量に生成され、その一部が光子に変換されます。典型的な中性子星は毎秒約10の50乗個(100極個=100兆×1兆×1兆×1兆個)ものアクシオンを生成するため、光子に変換されるアクシオンの数も相当あると予想されます。この場合、実際の中性子星から放たれる電磁波の量は、アクシオンを考慮しない従来の物理学の理論で予想される電磁波の量よりも多くなるはずです。簡単に言えば、中性子星はアクシオンによって “光る” ため、これまでの予測よりも明るく見えるはずです。

■中性子星周辺の磁場を詳細に検討

Noordhuis氏らの研究チームは、中性子星から放射される光の中に、アクシオンから変化した光子が含まれている可能性があるかどうかを、中性子星の観測結果とシミュレーションを組み合わせて調べました。

この研究には前提として、中性子星の観測結果という点で大きな壁があります。アクシオンから発生する電磁波は、アクシオン以外の理由で放出される電磁波と比べて極めてわずかなため、中性子星から放出される電磁波の量が正確に観測できていなければ、アクシオン由来の電磁波を捉えることは困難です。

一方で、中性子星が放射している電磁波は電波からガンマ線まで様々な波長に及びますが、私たちが観測できているのはほとんどが電波であり、それ以外の放射は極めてわずかしか捉えられていません。元々観測されている電磁波の量が少ないため、ここから中性子星の実際の電磁波の総量を推定することは困難です。

今回の研究では、中性子星でアクシオンがどのように生成されて中性子星の重力を逃れるのかを厳密にシミュレーションしました。そのためには中性子星の周りに存在する磁場の正確な理解が欠かせません。このためNoordhuis氏らは、中性子星の磁場の研究のために開発されたシミュレーションに、アクシオンの生成についての項目を追加して研究を行いました。こうすることで、アクシオンの生成と光子への崩壊についての詳細が理解されました。

このシミュレーション結果を、非常に詳細な観測データが得られている27個の中性子星の観測データと比較しました。もし観測データとシミュレーション結果に大きな逸脱がある場合、それはアクシオンが光子に変換されたものである可能性があります。

■アクシオン由来の光は見つからず

しかし、今回の研究では中性子星周辺でアクシオンから変換された光子の観測証拠を見つけることができませんでした。

とはいえ全く成果がなかったわけではありません。例えば今回の結果からすると、アクシオンの質量は電子の1000億分の1から100兆分の1 (10のマイナス8乗~10のマイナス5乗eV) に絞り込まれることになります。これは今までの手法で推定されたアクシオンの質量とほぼ一致します。また、今までの手法のいくつかはアクシオンが暗黒物質であるという仮定の下で質量を算出していましたが、今回の研究ではアクシオンが暗黒物質であるかどうかに関係なく質量の推定が行えました。この前提の違いは重要です。

様々なアプローチからアクシオンの探索を行う実験や研究は、アクシオンが見つからなかったとしても、アクシオンが存在する範囲を狭めることに繋がります。アクシオンは見つかっても見つからなくても、それ自体が新しい物理学の理論を構築するための重要な情報となるため、このような研究はこれからも続けられるでしょう。

 

Source

文/彩恵りり