宇宙に普通の物質よりも多く存在するとされる「暗黒物質(ダークマター)」。その正体を探る研究の一環として、宇宙における暗黒物質の分布を調べる研究が行われています。
近畿大学の井上開輝氏などの研究チームは、大型電波干渉計「ALMA (アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計) 」(チリ、アタカマ砂漠)によるクエーサー「MG J0414+0534」の観測結果から、約3万光年という非常に小さなスケールでも暗黒物質の濃度にムラがあると推定した研究成果を発表しました。この結果が正しければ、暗黒物質の正体はある程度絞り込まれることになります。
■宇宙の大きな謎「暗黒物質」
私たちの宇宙に存在する物質の量は、物質によって発生する重力の影響(銀河の回転速度など)を測定することで推定できます。しかし、重力に関する観測結果から推定される物質の総量は、可視光線などの電磁波で観測可能な “普通の” 物質だけの量と比べて約5倍もあります。この大幅なズレは、電磁波で観測可能な物質とは別に、重力では観測できるものの電磁波では観測できない正体不明の物質が存在すると考えなければ説明できません。「暗黒物質」とは、この正体不明の物質を指す言葉であり、その正体を探ることは天文学における最大の課題の1つです。
暗黒物質の正体を探る研究の一環として、宇宙における暗黒物質の分布を調べる研究が行われています。暗黒物質と普通の物質は重力でしか(あるいは重力以外ではほとんど)相互作用しませんが、暗黒物質同士は重力以外の力でも相互作用する可能性があります。もしもそのような性質があれば暗黒物質の分布に影響を及ぼすため、暗黒物質の分布を測定することで、暗黒物質の正体をある程度絞り込むことが可能となります。
■小さなスケールの暗黒物質の分布は詳細不明
重力でしか観測できない暗黒物質ですが、逆に言えば重力が関わる天文現象を通して、宇宙における暗黒物質の分布を間接的に調べることができます。その代表的な現象の1つに「重力レンズ効果」があります。
重力レンズ効果とは、重力によって発生する天文現象です。一般相対性理論では、重力を時空の歪みの度合いで表します。光は時空に対してまっすぐ進みますが、時空が歪んでいる場合はその歪みに沿って進むことになるため、進行方向が曲がります。観測者と遠くの天体との間に何らかの重力源がある場合、遠くの天体から発せられた光の進行方向が観測者に集中する場合があり、重力源が無い場合よりも天体が明るく見えます。あたかも凸レンズが光を焦点に集中させる仕組みに似ているため、この効果は重力レンズ効果と呼ばれているのです。
重力レンズ効果が発生している場合、観測者には進行方向の変化した光が届きます。しかし、観測者にはその光が “まっすぐ来た” ように見えるため、本来の位置とは異なる方向に天体があるように見えたり、像が歪んだり、複数に分裂したりして見える場合があります。こうした重力レンズ効果による像の歪みや分裂は、一般相対性理論で計算可能です。つまり、重力レンズ効果を受けている天体について、手前にある電磁波で観測可能な天体から計算される像の歪みと、実際の観測結果にズレがあれば、それは目に見えない暗黒物質の重力による影響だと予測できます。
宇宙における暗黒物質の濃度のムラは、概ね300万光年(1メガパーセク)以上の大きなスケールにおいて、理論と観測の両面で説明がついています。一方で、それよりも小さなスケールでは観測が難しいことに加えて、理論と観測の間に矛盾する結果が得られています。例えば、暗黒物質によって発生していると考えられる重力レンズ効果のいくつかは、現在の暗黒物質の分布を示す理論とは矛盾しています。このような理論と観測が矛盾する重力レンズ効果を詳細に調べれば、これまで観測が難しかった小さなスケールでの暗黒物質の分布を知ることができるかもしれませんが、そのためには非常に詳細な観測が必要となります。
■ALMAの観測結果は「冷たい暗黒物質」を支持
井上氏らの研究チームはALMAを使用して、クエーサー「MG J0414+0534」の詳細な観測を行いました。MG J0414+0534は地球から見て「おうし座」の方向にあり、距離は約200億光年離れています (※1) 。MG J0414+0534が観測対象となったのは、重力レンズ効果によって像が複雑に分かれており、その像の一部には小さなスケールでの暗黒物質の分布による影響が現れていると予測されたためです。
※1…MG J0414+0534までの約200億光年という距離の値は、宇宙の膨張を考慮した「共動距離」に基づくものです。天体が発した光が地球で観測されるまでに移動した距離を示す「光行距離」に基づく距離の値は約110億光年です。
ALMAによるMG J0414+0534の観測結果とモデル計算をもとに、井上氏らはMG J0414+0534の像の歪みを説明できる、銀河間に存在する暗黒物質の細かなムラを描き出すことに成功しました。そのスケールは今までにムラが確認されてきたスケールを大幅に下回る、約3万光年(10キロパーセク)という小さなものです。これほど小さな暗黒物質の塊を重力レンズ効果で見つけることは困難であり、ALMAが極めて高性能であることを改めて示す観測結果となりました。
今回の観測結果は、暗黒物質の正体で最もよく支持されているモデルである「冷たい暗黒物質(コールドダークマター)」 (※2) の理論的な振る舞いとよく一致しています。冷たい暗黒物質は運動エネルギーが低いためにあまり分離することがなく、銀河や銀河団のような宇宙の集団構造を良く説明できます。しかし、従来の冷たい暗黒物質のモデルでは、小さなスケールにおける暗黒物質の分布について、理論と観測の食い違いが指摘されています。今回の研究成果は、暗黒物質が何でできているのかを調べる上で非常に重要なデータを提供することになります。
※2…暗黒物質が何らかの粒子で構成されている場合、粒子は移動するので運動エネルギーを持つことになります。粒子の運動が激しいほど温度が高いことを意味する普通の物質のふるまいになぞらえて、粒子の質量に対する運動エネルギーが高いものを「熱い暗黒物質」、低いものを「冷たい暗黒物質」と呼びます。
Source
- Kaiki Taro Inoue, et al. “ALMA Measurement of 10 kpc Scale Lensing-power Spectra toward the Lensed Quasar MG J0414+0534”. (The Astrophysical Journal)
- “アルマ望遠鏡でダークマターの小規模なゆらぎを初検出 ~ダークマターの正体解明へ重要な一歩~”. (ALMA)
文/彩恵りり