太陽から最も遠くを公転する惑星「海王星」の表面には、周囲と比べてより深い青色をした「暗斑(Dark Spot)」が現れることが知られています。しかし、暗斑の正体はこれまでほとんど分かっていませんでした。

オックスフォード大学のPatrick G. J. Irwin氏などの研究チームは、ヨーロッパ南天天文台(ESO)が運営するパラナル天文台(チリ、アタカマ砂漠)の「VLT(超大型望遠鏡)」に設置されている分光観測装置「MUSE」を使用して、海王星の暗斑の詳細な観測を行いました。その結果、地上の望遠鏡で初めて暗斑の撮影に成功するとともに、その反射スペクトルを観測することにも世界で初めて成功しました。この成功により、暗斑の正体に迫るだけでなく、その近くに存在する「輝斑(Bright Spot)」の発見という予想外の成果ももたらされました。

【▲ 図1: VLTのMUSEによって観測された、各波長での海王星の画像。暗斑と輝斑はほぼ同じ位置にあることがわかる。 (Image Credit: ESO, P. Irwin et al. / 文字と矢印は筆者が加筆) 】
【▲ 図1: VLTのMUSEによって観測された、各波長での海王星の画像。暗斑と輝斑はほぼ同じ位置にあることがわかる(Credit: ESO, P. Irwin et al. / 文字と矢印は筆者が加筆)】

■海王星の謎めいた「暗斑」

1989年、アメリカ航空宇宙局 (NASA)の惑星探査機「ボイジャー2号」が史上初の「海王星」接近探査を行いました。この時に撮影された多数の写真には、海王星の赤道付近にあった大きな暗い色の斑点がはっきりと写っており、「大暗斑(Great Dark Spot、1989年に観測されたことからGDS-89とも)」と名付けられました。

【▲ 図2: 1989年8月にボイジャー2号によって撮影された海王星のナチュラルカラー画像。赤道付近 (画像左側) に大暗斑が、南半球 (画像右下側) に暗斑2が写っている。 (Image Credit: NASA, JPL) 】
【▲ 図2: 1989年8月にボイジャー2号によって撮影された海王星のナチュラルカラー画像。赤道付近 (画像左側) に大暗斑が、南半球 (画像右下側) に暗斑2が写っている(Credit: NASA, JPL)】

主にガスでできた惑星の表面にみられる特徴的な大気活動の例としては木星の「大赤斑」が有名ですが、海王星の大暗斑は大赤斑とは異なる大気現象だと見られています。木星の大赤斑と比較して、大暗斑にはほとんど雲が見られません。また大暗斑は寿命も短く、ボイジャー2号の接近から5年後の1994年に「ハッブル宇宙望遠鏡」が海王星を撮影した時には、すでに消滅していました。

その一方で、大暗斑ほど大きくはない小ぶりな暗斑はボイジャー2号の撮影以来何個も見つかっており、出現と消滅を繰り返しています。たとえばボイジャー2号の撮影画像に写っていた南半球の小さな暗斑は「暗斑2(Dark Spot 2)」と名付けられましたが、こちらもハッブル宇宙望遠鏡による1994年の撮影時には消滅していました。このことから、海王星の暗斑は数年で誕生と消滅を繰り返す大気現象だと推定されてきました。

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しかしこれまでのところ、暗斑に関するこれ以上の理解は進んでいませんでした。寿命の短い大気現象であることに加え、海王星という最果ての惑星を地球から観測すること自体が困難なこと、暗斑の様子を知ることができる観測データが不足していたことが主な理由です。このため、海王星の暗斑は大赤斑と同じように低気圧の嵐なのか、それとも雲が晴れて大気の下層部が見えている高気圧なのか、といった正反対な仮説のどちらが正しいのかさえも未確定でした。

■史上初めて暗斑の地上観測に成功!

Irwin氏などの研究チームは2019年に、VLTに設置された分光観測装置「MUSE」で海王星の暗斑「NDS-2018」の撮影に挑みました。NDS-2018はハッブル宇宙望遠鏡によって2018年に発見された暗斑の1つです。海王星の暗斑は高度約540kmを周回するハッブル宇宙望遠鏡で撮影されたことはあるものの、これまで地上の望遠鏡で撮影されたことはありませんでした。

【▲ 図3: VLTのMUSEで2019年に撮影された海王星の画像。右上にある薄暗い反転が暗斑のNDS-2018である。今回の観測で、地上の望遠鏡で初めて撮影された暗斑となった。 (Image Credit: ESO, P. Irwin et al.) 】
【▲ 図3: VLTのMUSEで2019年に撮影された海王星の画像。右上にある薄暗い反転が暗斑のNDS-2018である。今回の観測で、地上の望遠鏡で初めて撮影された暗斑となった(Credit: ESO, P. Irwin et al.)】

観測の結果、VLTは地上の望遠鏡としては、世界で初めて海王星の暗斑の撮影に成功しました。それだけでなく、波長別の詳細な観測データから、NDS-2018の反射スペクトルを得ることに成功しました。反射光の波長ごとの強さを示す反射スペクトルは、暗斑に存在する物質の組成や状態を知るための手掛かりとなるデータでます。

観測データの分析の結果、少なくとも雲が無くなる高気圧によって暗斑が生じる可能性は除外されました。最も可能性が高いのは、海王星の表面 (※1) よりも下側で生じた硫化水素の “雲” (※2) が原因だとする説です。この説では、約5気圧の深さで生じた硫化水素の雲が (※3) を吸収することで暗く見えている、と考えています。

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※1…海王星のように明確な固体の表面がない惑星では、大気圧が1気圧になる場所を表面としています。

※2…論文中の以下の記述に基づきます。“… dark spots are caused by darkening at short wavelengths (<700 nm) of a deep ~5 bar aerosol layer, which we suggest is the H2S condensation layer.”「(前略) 暗斑は深さ約5バールのエアロゾル層の短波長 (700nm未満) での暗化によって発生し、これは硫化水素の凝集層であると考えられる。」

※3…700nm未満の可視光線。これは赤外線に極めて近い赤色を除いた、可視光線の大部分です。

そして、今回の観測では予想外なことに、硫化水素の雲と同じくらいの大気の深さで暗斑とは全く異なる「輝斑」が発見されました。「DBS-2019」と名付けられたこの輝斑は、暗斑であるNDS-2018のすぐ隣に存在しています。メタンの固体で構成されているとみられる明るい雲のような構造は過去の観測でも見つかっていたものの、これほど大気の深い位置で輝斑のような特徴が見つかったのは初めてのことです。

輝斑(DBS-2019)が暗斑 (NDS-2018) のすぐ隣で見つかったことに加えて、その深さも一致しているという事実からは、輝斑と暗斑が関連した大気現象であり、大気循環の中で暗斑が維持されるために輝斑が関わっている可能性が考えられます。

■地上観測の技術進歩が実現した研究

今回の観測結果は、海王星の暗斑にまつわる謎を全て解決したわけではありませんが、大きな進歩となったことは間違いありません。特に、暗斑と同じくらいの深さにある輝斑の発見は、暗斑の出現と消滅に関する謎を解明する大きな手掛かりとなるかもしれません。

海王星のような遠くの惑星の大気活動を詳細に調べるには、当初はボイジャー2号のように惑星探査機を送り込むしかないと考えられており、そのためにはコストも時間もかかるという問題がありました。しかし、ボイジャー2号接近観測の数年後には宇宙望遠鏡で、そして今回地上の望遠鏡で詳細な観測が行えたことは、コストや時間をそれほどかけない手法でも惑星科学上の謎を解明できることを示す例となりそうです。今回の研究に参加したカリフォルニア大学バークレー校のMichael H. Wong氏は、この観測技術の革新に触れた上で、ジョークとして「これではハッブル観測員 (Hubble observer) の仕事がなくなるかもしれない!」と述べています。

 

Source

文/彩恵りり

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