代表的な火成岩の1つである「花崗岩」は、地球以外の天体ではめったに存在しません。惑星科学研究所(PSI)のMatthew A. Siegler氏などの研究チームは、月の裏側にある「コンプトン-ベルコヴィッチ」という放射性物質が特異的に多いことで知られる地域からのマイクロ波放射を計測することで、地下に熱源が存在することを突き止めました。この成果をもとに、コンプトン-ベルコヴィッチは35億年前に月の火山活動で形成されたと考えられています。

地球の表面は分厚い大陸地殻と薄い海洋地殻に覆われています。2種類の地殻は厚さだけでなく組成も異なっていて、例えば大陸地殻は主に花崗岩、海洋地殻は主に玄武岩で構成されています。陸地に存在する花崗岩は地上で暮らす私たちにとって最もなじみ深い火成岩の1つであり、その頑丈さや美しさから建築物の基礎や外壁、墓石などに利用されています (※)

※…石材としての花崗岩やその別名である御影石という名称は、学術的な意味での花崗岩を指してはいない場合があります。

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このように身近な存在である花崗岩ですが、地球以外の天体ではとても珍しい、逆の言い方をすれば地球では例外的に豊富な岩石です。花崗岩は地下の奥深くでマグマが固まって作られる岩石ですが、水には岩石がマグマに融けるために必要な温度を下げる性質があります。マグマとなる過程では水の存在が重要となるため、表面に海が広がり、水を地下に送り込む役割を果たすプレートテクトニクスが存在する地球は、花崗岩が作り出されやすい条件を備えた惑星なのです。

ただし、地球以外の天体に花崗岩が一切存在しないわけではありません。例えば、月の裏側にある幅約50kmの「コンプトン-ベルコヴィッチ」と名付けられた地域には、起源は不明ながらも花崗岩が豊富に存在することが知られています。この名称は、コンプトン・クレーターとベルコヴィッチ・クレーターの間に位置することから名付けられました。

【▲ 図1: NASAの月探査機ルナ・プロスペクターで観測された北極点周辺のガンマ線量。月の裏側は放射性元素が少ないが、コンプトン-ベルコヴィッチは例外的に豊富な地域の1つである。 (Image Credit: NASA, GSFC, ASU, WUSTL & B. Jolliff) 】
【▲ 図1: NASAの月探査機ルナ・プロスペクターで観測された北極点周辺のガンマ線量。月の裏側は放射性元素が少ないが、コンプトン-ベルコヴィッチは例外的に豊富な地域の1つである(Credit: NASA, GSFC, ASU, WUSTL & B. Jolliff)】
【▲ 図2: NASAの月探査機ルナー・リコネサンス・オービターで撮影されたコンプトン-ベルコヴィッチ。見た目に白っぽいことは、白っぽい岩石である花崗岩が存在すると推定する上で1つの根拠となる。 (Image Credit: NASA) 】
【▲ 図2: NASAの月探査機ルナー・リコネサンス・オービターで撮影されたコンプトン-ベルコヴィッチ。見た目に白っぽいことは、白っぽい岩石である花崗岩が存在すると推定する上で1つの根拠となる(Credit: NASA)】

コンプトン-ベルコヴィッチは、NASA(アメリカ航空宇宙局)の月探査機「ルナ・プロスペクター」によって、1998年にガンマ線量の多い地域として特定されたことで注目されるようになりました。ガンマ線の分析から、放射線源は花崗岩に豊富に含まれる放射性元素のトリウムだと推定されています。このため、コンプトン-ベルコヴィッチは「太古に存在した月の火山が固まった跡である」と推定されていたものの、仮説を裏付ける他の証拠はまだ見つかっていませんでした。

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Siegler氏などの研究チームは、中国国家航天局の月探査機「嫦娥1号」と「嫦娥2号」の観測データを用いて、コンプトン-ベルコヴィッチが本当に巨大な花崗岩の塊であるのかを分析しました。

もしも本当にコンプトン-ベルコヴィッチが花崗岩の豊富な地域である場合、トリウムなどの放射性物質が崩壊することで熱が発生します。発生した熱は地下深部から宇宙空間へとマイクロ波の形で逃げていくため、マイクロ波の強度から地下の熱源分布を推定できるはずです。嫦娥1号と2号には月を周回する探査機として初めてマイクロ波測定器が搭載されていたため、このような研究が可能となりました。

【▲ 図3: コンプトン-ベルコヴィッチはマイクロ波の放射量が多いことが今回明らかにされた。これは地下に熱源が存在することの強い証拠である。 (Image Credit: Siegler, et.al.) 】
【▲ 図3: コンプトン-ベルコヴィッチはマイクロ波の放射量が多いことが今回明らかにされた。これは地下に熱源が存在することの強い証拠である(Credit: Siegler, et.al.)】

熱放射の特徴を捉えることができる3~37GHzのマイクロ波の強度を分析した結果、コンプトン-ベルコヴィッチは月の裏側における高地の平均値と比べてマイクロ波の強度が約20倍も高い値である、1平方メートルあたり180mWの熱流束が計測されました。この結果は、コンプトン-ベルコヴィッチの地下には確実に熱源が存在しており、それは放射性物質を豊富に含んだ巨大な花崗岩である可能性が高いことを示しています。研究チームは、コンプトン-ベルコヴィッチは約35億年前に存在した月の火山が固まったことによって形成されたと考えています。

ただ、今回の研究はコンプトン-ベルコヴィッチにまつわる数多くの謎の1つを解決したに過ぎません。水もプレートテクトニクスも存在しない月において、これほど巨大な花崗岩の塊が形成されるには、地球よりも極端なマグマ生成環境が必要となるはずです。例えば、他の地域とは異なりコンプトン-ベルコヴィッチは豊富な水が存在していたかもしれませんし、あるいは温度が非常に高かったなどの特別な条件が整っていたのかもしれません。この謎を解決するには、さらに研究を進めなければなりません。そのための研究は、コンプトン-ベルコヴィッチに留まらず、月全体がどのように形成・進化していったのかを理解することにつながることでしょう。

 

Source

文/彩恵りり

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