電磁波以外で初めて描かれた “ニュートリノ天の川” 高エネルギーニュートリノの起源が天の川銀河内にあることを確認
【▲ 図1: IceCubeニュートリノ観測所は、南極点にほど近いアムンゼン・スコット基地の地下に建造されている。 (Image Credit: Josh Veitch-Michaelis, IceCube/NSF) 】

宇宙の最小単位である素粒子の1つ「ニュートリノ」は、観測することが極めて難しいという特性を持ちます。特に、エネルギーの高い高エネルギーニュートリノがどこからやってくるのかは、宇宙物理学における大きな謎の1つでした。

国際研究チーム「IceCubeコラボレーション」は、南極にあるニュートリノ観測所「IceCube」の10年分のデータを分析し、高エネルギーニュートリノの一部は天の川銀河 (銀河系) 内部に由来する可能性が高いことを示しました。今回の研究で作成された高エネルギーニュートリノの分布図は、電磁波以外の観測手法で初めて描かれた天の川となります。

ニュートリノは “幽霊粒子” とも呼ばれています。それは、ニュートリノが他の物質とはほとんど相互作用せずにすり抜けてしまうためです。例えば、宇宙からは1平方メートルあたり毎秒100兆個ものニュートリノが地球に降り注いでいますが、その大半は地球を貫通して再び宇宙へと逃げてしまいます (裏を返せば、地球の反対側から通過してくるニュートリノもあることになります) 。たとえ厚さ1光年 (10兆km) の鉛を用意しても、半分以上のニュートリノは貫通してしまうでしょう。

それでも、一部のニュートリノは原子核と衝突することがあります。この時に生じる微弱な光 (チェレンコフ光) を捉えることで、衝突したニュートリノのエネルギーやその数を推定することができます。もちろん、そのような反応はめったに生じませんし、観測データには多くのノイズも含まれるため、巨大な検出器を用意しなければニュートリノを観測することはできません。

【▲ 図1: IceCubeニュートリノ観測所は、南極点にほど近いアムンゼン・スコット基地の地下に建造されている。 (Image Credit: Josh Veitch-Michaelis, IceCube/NSF) 】
【▲ 図1: IceCubeニュートリノ観測所は、南極点にほど近いアムンゼン・スコット基地の地下に建造されている(Credit: Josh Veitch-Michaelis, IceCube/NSF)】

南極点のアムンゼン・スコット基地の地下に建造された「IceCube」は、体積3立方キロメートルにもなる南極の氷床そのものをニュートリノを捉える “的(まと)” として使用する、世界最大のニュートリノ観測装置です。ニュートリノが氷を構成する原子核に衝突した時に発する光は5160個のセンサーが捉えます。

IceCubeは宇宙物理学における大きな謎の1つである高エネルギーニュートリノを観測することに特化しています。ニュートリノ観測装置は他にも日本の「スーパーカミオカンデ」などがありますが、高エネルギーニュートリノを観測できる装置は世界中でIceCubeのみです。ニュートリノは核反応によって生成される素粒子であるため、ニュートリノの持つエネルギーが大きいということは、それだけ激しい現象が宇宙で起こっていることを示しています。

これまで、高エネルギーニュートリノの発生源は「天の川銀河の中である」という説と、「天の川銀河の外である」という説が対立しており、天の川銀河の外に発生源を求める説でも地球からの距離を巡って様々な議論がありました。可能性が高いと見られていたのは天の川銀河の外であるとする説であり、実際に2018年には57億光年離れた活動銀河「TXS 0506+056」から、また2022年には4700万光年離れた「M77(メシエ77)」からそれぞれ飛来した銀河系外ニュートリノ(高エネルギーニュートリノの1種)の観測に成功しています。

とはいえ、これらの結果は全天の広さと比べれば点に等しい大きさの天体に由来するものです。高エネルギーニュートリノはこのように空間的に限られた発生源に由来するのか、それとも他の場所からも広く降り注いでいるのか、という点は謎のままでした。

特に、天の川銀河に由来する高エネルギーニュートリノの存在は、前述した銀河系外ニュートリノの発見後も指摘され続けてきました。高エネルギーニュートリノが発生するような現場では同時にガンマ線も生じる可能性が高いこと、そのようなガンマ線は天の川銀河でも捉えられていることがその理由です。

IceCubeを利用してニュートリノの観測と研究を行っている国際研究チーム「IceCubeコラボレーション」は、天の川銀河に由来する高エネルギーニュートリノの有無について調査を行いました。この研究には10年に渡る観測期間で捉えられた6万個以上もの高エネルギーニュートリノのデータが含まれています。

これまでに観測された2例の銀河系外ニュートリノとは異なり、大半の高エネルギーニュートリノは飛来してきた方向を探るのが非常に困難でした。しかし、10年分の膨大なデータに基づく機械学習を構築すれば、ニュートリノが飛来してきた方向を高い精度で導くことができます。

【▲ 図2: 上からニュートリノ、ガンマ線、可視光線で観測された天の川。高エネルギーニュートリノの分布はガンマ線で明るく観測される場所と一致している。 (Image Credit: IceCube Collaboration, U.S. National Science Foundation, Lily Le & Shawn Johnson (ニュートリノ) / NASA, DOE & Fermi LAT Collaboration (ガンマ線) / ESO & S. Brunier (可視光線) ) 】
【▲ 図2: 上からニュートリノ、ガンマ線、可視光線で観測された天の川。高エネルギーニュートリノの分布はガンマ線で明るく観測される場所と一致している(Credit: IceCube Collaboration, U.S. National Science Foundation, Lily Le & Shawn Johnson (ニュートリノ) / NASA, DOE & Fermi LAT Collaboration (ガンマ線) / ESO & S. Brunier (可視光線))】

分析の結果、高エネルギーニュートリノが飛来する方向は天の川銀河がある方向に有意に偏っていることが明らかにされました。また、ニュートリノの数が多い場所は、「フェルミガンマ線宇宙望遠鏡」などの観測で示されているガンマ線で明るく観測される場所と一致していることからも、高エネルギーニュートリノの多くが天の川銀河に由来する可能性が高いことが分かります。

これまで天の川銀河の写真は可視光線、ガンマ線、電波など様々な波長の電磁波で撮影されてきましたが、今回の研究は電磁波以外では初めて、ニュートリノによる天の川を描いたことになります。

【▲ 図3: 夜空にニュートリノによる天の川を重ね合わせた想像図。もしも人間がニュートリノを見る “目” を持っていれば、天の川はこのように見えるはずである。 (Image Credit: IceCube Collaboration (Yuya Makino)/U.S. National Science Foundation) 】
【▲ 図3: 夜空にニュートリノによる天の川を重ね合わせた想像図。もしも人間がニュートリノを見る “目” を持っていれば、天の川はこのように見えるはずである(Credit: IceCube Collaboration (Yuya Makino)/U.S. National Science Foundation)】

今回の研究により、高エネルギーニュートリノの一部は天の川銀河の中に起源を持つ可能性が高いことがわかりました。天の川銀河から飛来する高エネルギーニュートリノは、天の川銀河の外からやってきた高エネルギーの原子核が天の川銀河に存在する星間ガスの原子核と衝突することで生じたものであると考えられます。このような情報は、高エネルギーの原子核の起源である活動銀河やブラックホールのような天体が宇宙にどの程度存在するのかなど、宇宙全体の特性を知る上で役立つ情報となります。

一方で、高エネルギーニュートリノが飛来する方向を絞り込むには限界もあるため、地図は不鮮明な部分があります。ニュートリノが多く飛来する方向はこの地図の通りに薄く広く分布しているのか、それとも天の川銀河の内部やその近くにある小さな点から集中して放出されているのかまでは、今の段階では分かりません。高エネルギーニュートリノのより正確な飛来方向や発生源は、今後の観測を通してさらに多くのデータを集めない限り解くことのできない謎です。IceCubeは数年後にアップグレードが予定されているため、近い将来、さらに鮮明な “ニュートリノ天の川” が作成される可能性は十分にあります。

また、何でもすり抜けてしまう “幽霊” のようなニュートリノは、活動銀河の中心部や超新星爆発の内部といった、電磁波では決して見通すことができない超高密度な場の情報をそのまま提供してくれます。IceCubeのようなニュートリノ観測施設は、今回のように宇宙に関する他の謎も解決してくれるでしょう。

 

Source

文/彩恵りり