火星」の表面には無数の谷筋があり、その一部はごく最近流れた液体の痕跡であるようにも見えます。しかし、寒く乾燥した現在の火星では、地形に痕跡を残すほど大量の液体が流れたことを説明できそうにありません。しかし、カリフォルニア工科大学のJ. L. Dickson氏らの研究チームは、火星の自転軸が現在よりも傾いていれば、火星表面で液体の水が谷筋を作れるほど安定して存在できることを突き止めました。そのような現象は過去数百万年間で何度も起きたとみられており、直近では約63万年前に起きたと考えられています。

火星表面に刻まれた様々な地形は、液体の水が大量に存在した過去を物語っています。しかし、現在の火星は極度に乾燥しており、その表面には液体の水はもちろんのこと、極地を除いて固体の水さえ存在していません。

火星が現在のような低温と非常に薄い大気しかない環境になったのは、今から約30億年前だと考えられています。このような環境では水は氷から水蒸気へと直接昇華してしまうので、現在の火星表面に存在する氷は主に二酸化炭素の氷 (ドライアイス) です。

【▲ 図1: 火星の斜面やクレーターの縁には、ごく最近刻まれたと考えられる谷筋が無数に存在する。主に南半球の高緯度地域に存在する。地域Cは谷筋が見られる標高の上限である標高4500mに近く、それより標高の高い地域Bでは谷筋は見られない。 (Image Credit: Dickson, et.al.) 】
【▲ 図1: 火星の斜面やクレーターの縁には、ごく最近刻まれたと考えられる谷筋が無数に存在する。主に南半球の高緯度地域に存在する。地域Cは谷筋が見られる標高の上限である標高4500mに近く、それより標高の高い地域Bでは谷筋は見られない(Credit: Dickson, et.al.)】

その一方で、火星表面をよく観察すると、かなり最近になって形成された谷筋がクレーターや台地の斜面に幾つも見つかります。火星表面には二酸化炭素が大量にあるため、このような谷筋はこれまで二酸化炭素の昇華によって形成されたと考えられてきました。

しかし、二酸化炭素が固体から気体へと相変化する過程で生じる谷筋のモデル形状は、火星に存在する実際の谷筋の形状とは一致しないという問題がありました。谷筋の形状を最も良く説明するには「何かしらの液体が流れた跡」だと仮定しなければなりませんが、そのためには現在の火星表面に存在できる液体の正体が問題でした。

火星表面にランダー (着陸機) を送り込めるようになった現在、表土のすぐ下には固体の水……つまり氷がかなり豊富に存在することが分かってきました。つまり、条件次第では表土の下に埋蔵されている氷が融け出して、谷筋を刻むほどの流れになるかもしれません。

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これは地球の南極大陸でも見られるプロセスです。南極は極度の低温によって凍り付いているように見えますが、夏の短期間は温度が上昇して、昼間だけ流れる小川が形成されることがあります。しかし、ごく最近の火星にもそのように穏やかな環境が本当に存在したのかは分かっていませんでした。

Dickson氏らの研究チームは、火星の自転軸の傾きを様々な値に変更した時に、火星の各地域がどのような気候になるのか、その気候の下で液体の水が存在できるのかどうかを、地形モデルを作成してシミュレーションしました。現在の火星の自転軸は軌道面に対して約25度傾いていますが、これがどれくらいの値になれば適切な環境になるのかを調べたのです。なお、ここで言う “適切な環境” とは、地表面の温度が0℃を超え、地表の気圧が612Paを超える場合に限られます (※1)

※1…これは水の三重点 (物質の固体・液体・気体が共存する点) である0.01℃と611.657Paを基準としています。温度と圧力がこの値を上回らなければ、液体の水は現れません。現在の火星では、赤道付近が夏のごく短期間だけこの条件を満たします。

特に注目されるのは、最近刻まれたと考えられる谷筋のほとんどが南半球の高緯度地域に分布しているという事実です。新しい谷筋の78.4%は南緯25度~50度の地域に極端に偏って分布しているため、シミュレーションでは主に南半球の高緯度地域が穏やかな環境になる条件を探ることに重点が置かれました。

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まず、自転軸の傾きを現在と同じ25度とした場合、平均気圧は600Paとなり、低緯度地域と中緯度地域の標高マイナス2500m (※2) 以下の低地において、春と夏のごく短期間だけ液体の水が存在できることが分かりました。しかし、そのような地域には谷筋がほぼ存在しません。実際、火星の赤道付近は高緯度地域と比べて乾燥していると推定されており、仮に環境の条件が満たされたとしても、谷筋は形成されないと考えられます。

※2…火星における標高は、表面気圧が水の三重点とほぼ一致する610.5Paになる高度を0mと定義されています。

一方で、自転軸を現在よりも傾けた場合には異なる結果が得られました。傾きを30度にした場合の平均気圧は800Paとなり、北半球の谷筋がある地域は液体の水が存在できる環境になることが分かりました。例えば、北緯30度では (火星の) 1年のうち約13%の期間に渡って液体の水が存在できると推定されます。ただし、南半球の多くの地域では気圧が612Paを超えず、液体の水は存在できないと推定されるため、南半球に多くの谷筋が存在することとは矛盾します。

【▲ 図2: 様々な自転軸の角度において、液体の水が存在できるかどうかをシミュレーションした結果。色付きの点が黄色になるほど液体の水が存在できる可能性が高い気候であることを示し、黒点は谷筋が存在する場所を示す。最も一致度が高いのは自転軸が35度の場合 (図Eおよび図F) の場合である。なお、図F中のFig.4で示される白い四角の地域は、この記事における図1と一致する。 (Image Credit: Dickson, et.al.) 】
【▲ 図2: 様々な自転軸の角度において、液体の水が存在できるかどうかをシミュレーションした結果。色付きの点が黄色になるほど液体の水が存在できる可能性が高い気候であることを示し、黒点は谷筋が存在する場所を示す。最も一致度が高いのは自転軸が35度の場合 (図Eおよび図F) の場合である。なお、図F中のFig.4で示される白い四角の地域は、この記事における図1と一致する(Credit: Dickson, et.al.)】

ところが、自転軸の傾きがさらに大きく35度になった場合の平均気圧は1200Paとなり、南半球では赤道から高緯度にかけてのほとんどの地域で、季節や時間帯によっては液体の水が存在できる環境になることが分かりました。特に、中緯度よりも緯度の高い地域では、標高4500m以下の場合にのみ液体の水が存在できることが分かりました。これは南半球の高緯度地域に谷筋が存在することや、標高4500mよりも高い場所では谷筋が存在しないことと一致しており、現実の火星と最も一致することがわかりました。

Dickson氏らは、火星の自転軸の傾きは過去数百万年間で何度か35度に達しており、その頃に流れた液体の水がこれらの谷筋を刻んだと推定しています。直近では約63万年前にもそのような環境になったとも推定されていますが、これは数十億年に渡る火星の歴史の中ではごくごく最近のことだと言えます。前述の通り現在の火星の自転軸は約25度傾いていますが、このような変化は未来でも起こりうるでしょう。

今回の発見は、火星が考えられていたほどには不毛ではないことを示す1つの証拠となります。将来の火星探査ミッションでは、このような比較的最近形成された谷筋を調べることで、場合によっては生命の痕跡を発見できるかもしれません。

 

Source

  • J. L. Dickson, et.al. “Gullies on Mars could have formed by melting of water ice during periods of high obliquity”. (Science)
  • Juan Siliezar. “Gullies on Mars could have been formed by recent periods of liquid meltwater, study suggests”. (Brown University)
  • Samuel C. Schon James W. Head & Caleb I. Fassett. “Unique chronostratigraphic marker in depositional fan stratigraphy on Mars: Evidence for ca. 1.25 Ma gully activity and surficial meltwater origin”. (Geology)
  • James L. Dickson, et.al. “Recent climate cycles on Mars: Stratigraphic relationships between multiple generations of gullies and the latitude dependent mantle”. (Icarus)

文/彩恵りり

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