“存在しないはずの惑星”はなぜ存在する? 提唱された2つのシナリオ
【▲ 合体前の連星を公転する「こぐま座8番星b」の想像図(Credit: W. M. Keck Observatory/Adam Makarenko)】

ハワイ大学天文学研究所(IfA)のMarc Hon博士を筆頭とする研究チームは、進化した主星を公転する約530光年先の太陽系外惑星「こぐま座8番星b」(8 UMi b)について、本来なら膨張した主星に飲み込まれたはずの軌道を公転している惑星だとする研究成果を発表しました。存在し得ない惑星が存在する理由について、研究チームは2つの仮説を提唱しています。

【▲ 合体前の連星を公転する「こぐま座8番星b」の想像図(Credit: W. M. Keck Observatory/Adam Makarenko)】
【▲ 合体前の連星を公転する「こぐま座8番星b」の想像図(Credit: W. M. Keck Observatory/Adam Makarenko)】

2015年に韓国の研究チームが発見したこぐま座8番星bは、主星である「こぐま座8番星」(8 UMi)から約0.46天文単位(※)離れた軌道を約93日周期で公転しており、最小質量は木星の約1.65倍、表面温度は約730℃と推定されています。主星のこぐま座8番星は質量が太陽の約1.5倍の赤色巨星で、半径は約0.05天文単位(太陽の約10倍)とされています。

なお、国際天文学連合(IAU)が2019年に実施した太陽系外惑星命名キャンペーンの結果、主星のこぐま座8番星は「Baekdu」(ペクトゥ、白頭山に由来)、惑星のこぐま座8番星bは「Halla」(ハルラ、漢拏山に由来)と正式に命名されています。

※…1天文単位(au)=約1億5000万km、太陽から地球までの平均距離に由来。

研究チームによると、恒星の振動を利用してその内部を探る星震学にもとづいて分析を行った結果、こぐま座8番星は中心核(コア)でヘリウムの核融合反応が起こる“ヘリウム核燃焼”の段階にあることが判明しました。分析にはアメリカ航空宇宙局(NASA)の系外惑星探査衛星「TESS」の観測データが用いられています。

赤色巨星は内部で起こる核融合反応の変化に従って膨張と収縮を繰り返します。ヘリウム核燃焼に進むためには、中心核の水素を核融合で使い果たした後に、その周囲で水素の核融合反応が起こる“水素殻燃焼”という段階を経なければなりません。水素殻燃焼の段階に達した恒星は大きく膨張します。こぐま座8番星の場合、半径が約0.7天文単位(太陽の約150倍)まで一旦膨張し、ヘリウム核燃焼が始まってから現在観測されている大きさまで収縮したはずだと推定されています。

ところが、こぐま座8番星bの公転軌道半径は前述の通り約0.46天文単位です。つまり、こぐま座8番星bは膨張したこぐま座8番星に一度飲み込まれたはずの領域内を公転していることになるわけです。

こぐま座8番星bは比較的真円に近い安定した軌道(離心率は約0.06)を公転しているため、ヘリウム核燃焼が恒星の寿命全体からすれば短期間しか続かないことも考慮すれば、膨張した主星に飲み込まれずに済む遠く離れた軌道から現在の軌道まで短い期間で移動してきたとは考えにくいといいます。研究に参加したニューサウスウェールズ大学のBen Montet博士は「存在しないはずの惑星なのです」と語っています。

【▲ 「こぐま座8番星b」を巡る3つのシナリオを解説した図(時系列は左→右の順)。上:主星が単一の恒星だった場合、惑星は膨張した主星に飲み込まれてしまう。中:主星が近接連星だった場合、大きく膨張する前にヘリウム核燃焼の段階に入るので惑星は生き延びられる。下:主星が近接連星だった場合、合体で生じたガス雲から惑星が形成され得る(Credit: W.M.Keck Observatory)】
【▲ 「こぐま座8番星b」を巡る3つのシナリオを解説した図(時系列は左→右の順)。上:主星が単一の恒星だった場合、惑星は膨張した主星に飲み込まれてしまう。中:主星が近接連星だった場合、大きく膨張する前にヘリウム核燃焼の段階に入るので惑星は生き延びられる。下:主星が近接連星だった場合、合体で生じたガス雲から惑星が形成され得る(Credit: W.M.Keck Observatory)】

こぐま座8番星bが存在する理由について、研究チームは2つの仮説を立てています。

1つ目は、こぐま座8番星がもともと近接した2つの恒星からなる連星だったとする説です。主星が晩年を迎えて赤色巨星に進化し始めた頃、外層のガスが伴星に流れ込むことで中心核が剥き出しになり、主星は白色矮星へと進化。続いて伴星が赤色巨星に進化し始めると、主星だった白色矮星は伴星と合体して単一の赤色巨星になります。この時、中心核の質量はヘリウム核燃焼が起こるのに必要な質量を上回るため、外層が大きく膨張する前にヘリウム核燃焼の段階へ進み、こぐま座8番星bは生き延びることができたのではないかというわけです。

2つ目の仮説でもこぐま座8番星は連星だったと想定されていますが、主星と伴星が合体するまでこぐま座8番星bは存在していなかったとする点が異なります。この説では、こぐま座8番星bは激しい合体にともなって形成されたガス雲を材料にして新たに誕生した惑星だと予想されています。

2つの仮説の根拠の一つは、こぐま座8番星の大気で検出された豊富なリチウムの存在です。リチウムは若い恒星にはよく見られるものの、年月を経た赤色巨星にはわずかな量しか存在しないといい、他の星との相互作用を介して晩年に獲得された可能性が指摘されています。

今回の成果についてHonさんは「老いた主星が膨張し始めた時、その近くにある全ての惑星が滅亡する運命にあるわけではない可能性を示しています」とコメント。またMontetさんは、リチウムが豊富な赤色巨星は約1000個見つかっていると言及した上で、その近くの惑星を探索することで興味深い研究の機会が得られるかもしれないとコメントしています。研究チームの成果をまとめた論文は2023年6月28日付でNatureに掲載されています。

 

Source

文/sorae編集部