将来的に計画されている月面の長期滞在に関しては、様々な課題が指摘されています。重大な問題の1つは、月面での大量の水の確保です。人間の生命維持などに利用される水を地球から輸送しようとすれば膨大な費用がかかるからです。

幸い、月の表面には水が豊富に存在することが近年の研究で判明しており、特に多いのは月の両極付近のクレーター内部であることも分かっています。極地のクレーター内部には太陽光が半永久的に当たらない永久影となっている場所があります。永久影の水は霜のような非常に細かい氷の結晶の形で存在しており、レゴリス(月表面を覆う砂状物質)の約20分の1の割合で存在するとみられています。

ただし、砂と混ざった状態の氷を溶かし、水として取り出すのは難しいことが分かっています。氷を溶かすための熱源は、これまで太陽光やレーザーが考案されてきましたが、そのどちらも加熱には適していないのです。これは「大部分がレゴリスで占められている氷」という物質構成の問題と、「表面しか加熱できない」という熱のムラの問題があるためです。

そこで、代替として提案されたのがマイクロ波による誘電加熱です。簡単に言えば、月の砂を “電子レンジでチン” する方法です。液体の水と比べると作用は弱いものの、岩石であるレゴリスをマイクロ波で加熱することは可能です。物質の内部に浸透するマイクロ波を利用すると均一に温めることができるため、氷を溶かせるだけの熱をレゴリスに発生させることができます。また、電子レンジが一般に普及していることからもわかるように、この方法は仕組みが簡単であり、レーザーよりも電力効率が優れているといった長所もあります。

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過去には、1wt%から2wt%(wt%=重量比)という極めて少ない割合の氷を含むレゴリス模倣物質(レゴリスと同じ組成・粒の形状をした人工物)をマイクロ波照射で加熱し、水分を取り出すことに成功した研究事例もあります。しかしこの研究では、マイクロ波の出力が1000Wから1200Wとかなりの大電力になる点が問題でした。資源の限られる月面基地ではもっと低出力のマイクロ波で水を取り出す必要があると予想されますが、低い出力でも問題なく水を取り出せるのかは未知数でした。

【▲ 図1: 実験の様子。氷を混ぜたレゴリス模倣物質は、マイクロ波の照射でプラズマが生じて輝いている。 (Image Credit: James D. Cole, et.al.) 】
【▲ 図1: 実験の様子。氷を混ぜたレゴリス模倣物質は、マイクロ波の照射でプラズマが生じて輝いている(Credit: James D. Cole, et.al.)】

この疑問に応えるため、オープン大学のJames D. Cole氏らの研究チームは実験を行いました。用意されたのは、一般的な家庭用電子レンジよりもずっと出力が低い250Wのマイクロ波です (周波数は家庭用電子レンジと同じ2.45GHz) 。

Cole氏らは月面の観測結果に基づいて準備した化学組成が異なる2種類のレゴリス模倣物質について、それぞれ3.0wt%から14.7wt%までの様々な割合で氷を含むサンプルを用意しました。実験条件を合わせるため、25分間のマイクロ波照射でどの程度の水分が取り出せるのかを調べました。

【▲ 図2: 2種類のレゴリス模倣物質 (LHS-1およびLMS-1) での実験結果。最も氷を含んでいるサンプル (グラフ右側) は、それよりも氷が少ないサンプルと比べて水の抽出率が悪くなっている。 (Image Credit: James D. Cole, et.al.) 】
【▲ 図2: 2種類のレゴリス模倣物質 (LHS-1およびLMS-1) での実験結果。最も氷を含んでいるサンプル (グラフ右側) は、それよりも氷が少ないサンプルと比べて水の抽出率が悪くなっている(Credit: James D. Cole, et.al.)】

その結果、ほとんどのサンプルでは250Wのマイクロ波による25分間の加熱で、47%から67%の水分を取り出せることが分かりました。この割合は過去の実験で行われたレーザーによる加熱よりもずっと効率が良いことを示しています。さらに照射を続けた場合、6wt%のサンプルでは35分で88%もの水分を取り出せることもわかりました。

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また、レゴリス模倣物質の化学組成の違いによる水分の取り出し効率への影響は無視できるほど小さいことも明らかにされました。ただし、実際の月のレゴリスとは異なり、実験で使われたレゴリス模倣物質はマイクロ波によって加熱されやすい物質を含んでいないことから、実物ではより効率的な加熱と水分の取り出しも期待されます。

【▲ 図3: マイクロ波照射によりレゴリスが加熱され、その熱によって氷が融ける (上側) 。氷が多すぎるレゴリス (下側) は、レゴリスと接触していない部分の氷が融け残ってしまい、水分の抽出率が悪くなったと推定されている。 (Image Credit: James D. Cole, et.al.) 】
【▲ 図3: マイクロ波照射によりレゴリスが加熱され、その熱によって氷が融ける (上側) 。氷が多すぎるレゴリス (下側) は、レゴリスと接触していない部分の氷が融け残ってしまい、水分の抽出率が悪くなったと推定されている(Credit: James D. Cole, et.al.)】

一方、最大の割合で氷を含むサンプルの場合、水分を取り出す効率は低下することも判明しました。これは、レゴリスの隙間を埋める氷が多すぎるために、レゴリスに接触していない部分の氷が融けずに残ったためだと推定されています。また、固体の水は液体の水と比べて誘電加熱が弱く、氷自身が発熱しないことも、氷が融け残る原因となります。

今回の実験で試された最大の氷の割合は14.7wt%ですが、月面の観測では30wt%以上という豊富な氷を含むレゴリスも見つかっています。レゴリスから水分を取り出す方法はマイクロ波による誘電加熱が唯一ではなく、他の方法にも検討する余地があるかもしれません。

とはいえ、永久影に含まれる氷の割合は5.6wt%で、今回の実験で効率的に取り出せることが示された範囲内にあり、低い割合で氷を含むレゴリスは豊富に存在すると推定されます。マイクロ波による誘電加熱は、月で水を得る唯一の方法ではないにしても、主要な方法になる可能性があります。

 

【編集部追記】記事の内容を一部修正しました。(2023年5月31日16時31分)

 

Source

  • James D. Cole, et.al. “Water extraction from icy lunar simulants using low power microwave heating”. (Acta Astronautica)

文/彩恵りり

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