アリゾナ大学のSarah Moranさんを筆頭とする研究チームは、「ジェイムズ・ウェッブ」宇宙望遠鏡で太陽系外惑星「グリーゼ486 b」(GJ 486 b)を観測した結果、水蒸気が検出されたとする研究成果を発表しました。
見つかった水蒸気は太陽系外の岩石惑星であるグリーゼ486 bに大気が存在することを示している可能性があるものの、後述する別の可能性もあることから結論は出ておらず、ウェッブ宇宙望遠鏡によるさらなる観測が待たれます。Moranさんたちの研究成果をまとめた論文は「The Astrophysical Journal Letters」に掲載されています。
グリーゼ486 bは「おとめ座」の方向約26光年先にある赤色矮星「グリーゼ486」を公転している系外惑星です。地球と比較して直径は約1.3倍・質量は約2.8倍で、いわゆるスーパーアース(地球よりも大きな岩石惑星、巨大地球型惑星)に分類されています。グリーゼ486 bの公転軌道の半径(軌道長半径)は約0.017天文単位(約250万km※)と短く、公転周期(グリーゼ486 bにおける“1年”)は約1.47日しかありません。
※…1天文単位(au)=約1億5000万km、太陽から地球までの平均距離に由来。
主星のグリーゼ486は直径と質量がどちらも太陽の3割程度と小さく、表面温度は約3060℃と比較的低い恒星です。その近くを公転するグリーゼ486 bは潮汐力によって自転と公転の周期が一致した状態(潮汐固定、潮汐ロック)になっているとみられており、常に主星に面している昼側の表面温度は約430℃に達すると推定されています。過去の研究ではグリーゼ486 bに大気が存在する可能性が指摘されており、ウェッブ宇宙望遠鏡による観測が期待されていました。
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今回、研究チームはグリーゼ486 bの透過スペクトルを取得するために、ウェッブ宇宙望遠鏡の「近赤外線分光器(NIRSpec)」を使用して分光観測を行いました。透過スペクトルとは、観測者から見て系外惑星が主星の手前を横切る「トランジット」を起こした時に、系外惑星の大気を通過してから届いた主星の光のスペクトルを指します(スペクトルは電磁波の波長ごとの強さのこと)。
透過スペクトルには系外惑星の大気中に存在する物質の痕跡(吸収線)が残ります。天体のスペクトルを得る分光観測を行い、主星から直接届いた光のスペクトルと透過スペクトルを比較することで、系外惑星の大気中にどのような物質が存在するのかを調べることができるのです。
研究チームはウェッブ宇宙望遠鏡のNIRSpecを使用して、約1時間続くグリーゼ486 bのトランジットを2022年12月に2回観測。得られたデータを分析した結果、スペクトルに痕跡を残した可能性が最も高いのは水蒸気だと結論付けられました。
問題は、検出された水蒸気が存在する場所です。NIRSpecはグリーゼ486 bの大気中に存在する水蒸気の痕跡を捉えた可能性……言い換えればグリーゼ486 bに大気が存在することを示した可能性があるものの、研究チームは断定することができませんでした。なぜかといえば、恒星であるグリーゼ486にも水蒸気が存在する可能性があるからです。
ウェッブ宇宙望遠鏡を運用する宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)によると、周囲よりも温度が低いために暗く見える太陽の黒点では、水分子の存在がスペクトルから判明しています。前述の通りグリーゼ486の表面温度はもともと太陽よりもかなり低く、その黒点(恒星黒点)にはより多くの水蒸気が存在することも考えられるといいます。つまり、NIRSpecが検出したのはグリーゼ486の黒点に存在する水蒸気の痕跡だったかもしれないというわけです。
「私たちが見たのはほぼ間違いなく水による信号でした。しかし、その水は惑星(グリーゼ486 b)の大気の一部である、つまり惑星に大気が存在することを意味するのか、それとも恒星(グリーゼ486)から届いた水の痕跡を見ただけなのかは、まだわかりません」(Moranさん)
また、赤色矮星は活動が活発で、表面で強力な爆発現象「フレア」が発生しやすいことが知られています。恒星から放射される強力な紫外線やX線は惑星の大気を破壊し剥ぎ取ってしまうことも考えられることから、仮に検出された水蒸気がグリーゼ486 bの大気に由来するのであれば、大気を構成する物質や水蒸気は火山活動を通して絶えず補充されていなければならないことになるといいます。
グリーゼ486 bに大気が存在するかどうかは、今後のウェッブ宇宙望遠鏡による観測で明らかになるかもしれません。大気が存在しないか、あったとしても非常に薄い場合、自転と公転の周期が一致しているとみられるグリーゼ486 bの表面で最も高温の場所は、昼側の中心にあると予想できます。しかし、もしもその場所が予想される位置からズレていた場合、熱を循環させる大気が存在することを意味する可能性があります。最も高温の場所がどこに位置するのかは、ウェッブ宇宙望遠鏡の「中間赤外線観測装置(MIRI)」による観測で明らかになることが期待されています。
いっぽう、NIRSpecで検出された水蒸気がグリーゼ486 bの大気とグリーゼ486の黒点のどちらに由来するのかは、最終的には「近赤外線カメラ(NIRCam)」や「近赤外線撮像・スリットレス分光器(NIRISS)」といった、ウェッブ宇宙望遠鏡の別の観測機器で得た観測データも用いて判断する必要があるといいます。STScIによると、これまでにも系外惑星で水蒸気が検出されたことはあるものの、太陽系外の岩石惑星の大気が明確に検出されたことはまだないとされています。
研究に参加したジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所のKevin Stevensonさんは「この惑星に大気が存在するかどうかは複数の観測機器を組み合わせることではっきりするでしょう」と語っています。
Source
- Image Credit: NASA, ESA, CSA, Joseph Olmsted (STScI), Leah Hustak (STScI), Sarah E. Moran (University of Arizona), Kevin B. Stevenson (APL), Ryan MacDonald (University of Michigan), Jacob A. Lustig-Yaeger (APL)
- NASA - Webb Finds Water Vapor, But From a Rocky Planet or Its Star?
- STScI - Webb Finds Water Vapor, But From a Rocky Planet or Its Star?
- Moran et al. - High Tide or Riptide on the Cosmic Shoreline? A Water-rich Atmosphere or Stellar Contamination for the Warm Super-Earth GJ 486b from JWST Observations (The Astrophysical Journal Letters)
文/sorae編集部