SpaceX社の「Starlink (スターリンク) 」は、地球低軌道に配置した多数の通信衛星(以下「Starlink衛星」)を連携させる衛星コンステレーションを利用して、文字通り地球のどこでも高速のブロードバンド通信を提供するサービスです。

Starlink衛星は2023年3月の時点で既に4000機以上が打ち上げられており、SpaceXは2030年までに1万機、最終的には4万2000機ものStarlink衛星打ち上げを計画しています。衛星コンステレーションを利用するアイデアは他の企業や国でも採用されていて、例えばアメリカには同様のサービスを提供するOneWeb(ワンウェブ)社がありますし、中国でも同様の通信衛星ネットワークが計画されています。

Starlink衛星の打ち上げが始まる前に運用中だった衛星の数は約1000機、運用停止されたものを含めても約5000機でした。このことを踏まえれば、Starlink衛星の数が膨大であることがわかります。このような大量の衛星が地球を周回するようになることで生じる様々な影響が、世界中で懸念されるようになっています。

特に指摘されているのは、天文学の研究に対する悪影響です。これほど多数の人工衛星が低軌道を公転すると、地上の天文台で撮影した写真に衛星の光跡が映りこむ可能性が高まるからです。天文台で行われる観測は綿密なスケジュールに従って実施されています。人工衛星が写り込んだ写真の全てが研究に使えないわけではありませんが、それでも撮影に失敗する可能性を考慮して追加の撮影を行わなければならないとすれば、全体の観測計画が長引く恐れがあります。

こうした懸念に対してSpaceX社のイーロン・マスク氏は、2019年に「Starlinkによる天文学への影響はほぼ0%である。それよりも大気による減衰がひどいので、望遠鏡を軌道上に打ち上げる必要がある」という主旨の発言をしています。

「軌道上には既に4900機の人工衛星があり、人々がそれに気づくのはそのうちのほぼ0%である。よほど注意深く見ない限りStarlinkは誰にも観られず、天文学の進歩に与える影響もほぼ0%に過ぎないだろう。いずれにしても、望遠鏡を軌道上に移動させる必要がある。大気による減衰はひどいものだ」

イーロン・マスク氏、2019年5月27日のツイートより

【▲ 図1: ハッブル宇宙望遠鏡の画像に写り込む人工衛星は、画像a群にあるように、露光中に高速で横切るために直線状になる。撮影条件によっては複数の発光や太い帯として写り込むこともある。画像b群は、ソフトウェア上での自動除去が不十分であるために、人工衛星の帯が残ってしまっている例である。 (Image Credit: HST / Kruk, et.al.) 】
【▲ 図1: ハッブル宇宙望遠鏡の画像に写り込む人工衛星は、画像a群にあるように、露光中に高速で横切るために直線状になる。撮影条件によっては複数の発光や太い帯として写り込むこともある。画像b群は、ソフトウェア上での自動除去が不十分であるために、人工衛星の帯が残ってしまっている例である(Credit: HST / Kruk, et.al.)】

しかし、マスク氏の見積もりは甘かったようです。それは1990年から30年以上に渡り地球低軌道で運用されている「ハッブル宇宙望遠鏡」の画像を解析したことで判明しました。

-PR-

Starlink衛星のメイン軌道(550km)はハッブル宇宙望遠鏡の軌道(538km)よりわずかながら上にあります。そのため、ハッブル宇宙望遠鏡の視野にStarlink衛星の光跡が入り込む可能性があります。マックス・プランク地球外物理学研究所のSandor Kruk氏などの研究チームは、2002年から2021年にかけてハッブル宇宙望遠鏡で撮影された画像を解析して、人工衛星の映り込む頻度がどの程度上昇しているのか、また将来的にはどのように増ていくと予想されるのかを分析しました。

この研究では、ある市民科学プロジェクトのデータが生かされました。それは、1万1000人のボランティアによって運営されている市民科学プロジェクト「ハッブル小惑星ハンター (Hubble Asteroid Hunter)」に端を発しています。

ハッブル宇宙望遠鏡が小惑星を捉えた場合、点状に見える恒星と比較して、短い直線のように写り込みます。これに対し、低軌道を公転する人工衛星は小惑星よりも高速でカメラの視野を横切るため、より長い直線として写り込みます。このような明らかなエラーがある場合、ボランティアは映り込みが確認されたことを示すフラグを立てます。

【▲ 図2: ハッブル宇宙望遠鏡の画像に人工衛星が写り込んだ割合を、2つのカメラごとに分析したグラフ。2009年から2020年まではほぼ同じ割合であったものが、2021年には増えていることが分かる。 (Image Credit: Kruk, et.al.) 】
【▲ 図2: ハッブル宇宙望遠鏡の画像に人工衛星が写り込んだ割合を、2つのカメラごとに分析したグラフ。2009年から2020年まではほぼ同じ割合であったものが、2021年には増えていることが分かる(Credit: Kruk, et.al.)】

Kruk氏らの研究では、このフラグが立てられた画像を元に2つの異なる方法で機械学習を行い、より多くのハッブル宇宙望遠鏡の画像を対象とした分析を通して、人工衛星の映り込みがどのように増減しているのかが調べられました。

その結果、2002年から2021年にかけて、ハッブル宇宙望遠鏡が取得した画像のうち2.7%に人工衛星が写り込んでいることがわかりました。これは全ての写真の平均であり、個々のカメラに焦点を当てると影響は異なります。例えば「掃天観測用高性能カメラ(ACS)」の場合、2009年から2020年までは平均3.7%の画像に衛星が写り込んでいましたが、2021年の1年間ではその割合が5.9%に増加しました

-ad-

2021年までにStarlink衛星は1562機、OneWeb衛星は320機が軌道に投入されています。もちろん、ハッブル宇宙望遠鏡に写り込んだ人工衛星はStarlink衛星とOneWeb衛星だけではありませんが、今後については懸念があります。

2005年から2021年までの間に、人工衛星の数は約40%増大しました。この増加率は、同じ期間中にハッブル宇宙望遠鏡の画像に写り込んだ人工衛星が約50%増えたことと一致します。2021年10月3日の時点でハッブル宇宙望遠鏡よりも上の軌道を公転する面積0.1平方メートル以上の人工衛星やスペースデブリは、全部で8460個存在しています。

ハッブル宇宙望遠鏡は2030年代まで運用される予定ですが、その頃には高度500kmから2000kmの低軌道上に6万機から10万機もの人工衛星が投入されると見積もられています。この場合、ハッブル宇宙望遠鏡の画像に人工衛星が写り込む確率は20%から50%にまで増加する可能性があります。

例えば、高度850kmに1万基の人工衛星が存在する場合、ハッブル宇宙望遠鏡の「広視野カメラ3(WFC3)」では33%、掃天観測用高性能カメラでは41%の確率で写り込みが発生すると見積もられています。

もしも幅3mの人工衛星が100kmの距離で視野を横切った場合、ハッブル宇宙望遠鏡のカメラでは6インチ(15cm)、または120ピクセルの光の帯となるため、この画像は研究に使用できない可能性が高くなります。ハッブル宇宙望遠鏡の視野は狭く、1つの領域を長時間露光することに特化していますが、それでも高い割合で写り込みが発生することは、運用終了が差し迫るハッブル宇宙望遠鏡の運用にも悪影響を及ぼす可能性があります。

今のところ、ハッブル宇宙望遠鏡の画像に写り込んだ人工衛星が具体的な悪影響を与えた事例は報告されていませんが、地上の望遠鏡では具体的な影響が既に現れています。例えばハワイのW.M.ケック天文台は、「GN-z11」 (※) からガンマ線バーストに関連する紫外線の発光を観測したと報告したことがありました。

銀河であることが確定している遠方の天体から4分以上に渡る信号が観測されるのは稀であるため、これは当時注目されましたが、後にこの発光は人工衛星の反射光を誤認したものであると指摘されています。

※…銀河であることが具体的に確認された最古級の天体。2022年にJADES-GS-z13-0が発見されるまで、最も古い記録でもあった。

2019年に欧州宇宙機関とスイス宇宙局が打ち上げた「CHEOPS」や、2009年にNASAが打ち上げた「WISE」 (現NEOWISE) など、低軌道に投入される宇宙望遠鏡は数多く存在しており、2024年には中国国家航天局がハッブル宇宙望遠鏡の300倍の視野を持つとされる宇宙望遠鏡「巡天」を打ち上げる予定です。そしてもちろん、地上には国立天文台ハワイ観測所の「すばる望遠鏡」をはじめ、無数の天文台と望遠鏡が存在します。

地球から約150万km離れたラグランジュ点L2周辺の軌道(ハロー軌道)へ投入された「ジェイムズ・ウェッブ」宇宙望遠鏡のように、低軌道よりもはるか遠くに宇宙望遠鏡を送り込めば、このような問題は(少なくとも当面の間は)回避されますが、そのためには低軌道に投入する場合よりも高額な費用と高い技術力が求められます。通信ネットワークの整備と天体観測を両立するために必要とされるのは、特定の軌道における人工衛星の数の上限や、複数の波長で暗い色となるように人工衛星を塗装するなど、夜空を守るための国際的な取り組みなのかもしれません。

 

Source

  • Sandor Kruk, et.al. “The impact of satellite trails on Hubble Space Telescope observations” (Nature Astronomy)
  • Jon Kelvey. “Starlink is Already Causing Hubble Headaches — and the Problem Could Get Worse” (Inverse)
  • Morgan McFall-Johnsen. “Elon Musk's Starlink satellites are ruining images from NASA's Hubble Space Telescope, threatening future science” (Insider)
  • Elon Musk. “2019年5月27日6時32分のつぶやき (UTC)” Twitter.
  • Linhua Jiang, et.al. “A possible bright ultraviolet flash from a galaxy at redshift z ≈ 11” (Nature Astronomy)
  • Charles Louis Steinhardt, et.al. “A more probable explanation for a continuum flash towards a redshift ≈ 11 galaxy” (Nature Astronomy)
  • Michał Jerzy Michałowski, et.al. “GN-z11-flash from a man-made satellite not a gamma-ray burst at redshift 11” (Nature Astronomy)

文/彩恵りり

-ads-

-ads-