天の川銀河の中心部は、極めて物質密度の高い領域です。そこには「いて座A* (エースター) 」と呼ばれる超大質量ブラックホールがあり、その周辺を多数の天体が高速で公転しています。

いて座A*を公転する天体の大部分は恒星ですが、他にも惑星質量の数十倍程度という小さなガスや塵の塊もいくつか見つかっており、これらは「G天体 (G object)」と称されています。G天体の起源は調査が進められていますが、恒星同士の相互作用がその源ではないかと推定されています。天体同士の距離が短い銀河中心部では恒星同士が頻繁に接近や衝突していると考えられており、G天体は恒星同士の衝突過程で生じたガスの塊ではないかというわけです。ガスはその内側からの光を遮るため、仮にG天体の内部に恒星があるとしても、見つけることはできないと考えられています。この他にも、G天体の内部に恒星は存在せず、赤色巨星とコンパクト星の衝突で弾き出されたガスの塊だとする説もあります。

【▲ 図1: 天の川銀河中心部の画像。超大質量ブラックホール「いて座A*」のすぐ近くにある数多くの天体の中でも、X7は特徴的な細長い形をしている。 (Image Credit: Anna Ciurlo/UCLA) 】
【▲ 図1: 天の川銀河中心部の画像。超大質量ブラックホール「いて座A*」のすぐ近くにある数多くの天体の中でも、X7は特徴的な細長い形をしている(Credit: Anna Ciurlo/UCLA)】

しかしながら、天の川銀河の中心部では恒星でもG天体でもない天体が見つかっています。「X7」と呼ばれているこの天体は、2002年に初めて画像化されました。

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X7は一見するとG天体に似ています。推定質量は地球の約50倍で、他のG天体のように細長い軌道を持ち、2036年にいて座A*から4800億kmまで最接近すると考えられています。この距離はいて座A*からあまりにも近く、X7は最終的にいて座A*に吸い込まれてしまうと予想されていることから、ブラックホールに物質が吸い込まれる様子を “リアルタイム” で観測できる可能性があるとして注目されています。

【▲ 図2: X7の形状変化。恒星であるS0-14と比較すればわかる通り、X7は細長い形状をしており、時間が経つほどその形状が急激に変化していることが分かる。 (Image Credit: Anna Ciurlo/UCLA) 】
【▲ 図2: X7の形状変化。恒星であるS0-14と比較すればわかる通り、X7は細長い形状をしており、時間が経つほどその形状が急激に変化していることが分かる(Credit: Anna Ciurlo/UCLA)】

ただ、発見から約20年が経って連続的な観測データが揃ってくると、X7がG天体とは異なる性質を持つことが判明しました。例えば、G天体はいて座A*への最接近時に形状が引き延ばされるものの、それでもほとんど点のような大きさをしています。一方、X7は最接近のはるか前から引き延ばされていて全体がほぼ同じ明るさを示す線状の物体として識別されます。このため、X7の正体はどのようなものであるのかが議論の対象になっていました。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校のAnna Ciurlo氏らの研究チームは、謎の天体X7の正体を探りました。X7の正体にはいくつかの手掛かりがあります。例えば、X7の公転周期は約165年ですが、最接近時にいて座A*に吸い込まれてしまうことから、形成された時期は200年前未満だと推測されます。また、2020年に取得された画像からは、X7が断片化している可能性が示されていました。

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今回の研究では、以下の可能性は低いと推定できました。まず、推定されるX7の軌道は、銀河中心部にある巨大なガスの塊や、いて座A*を公転する恒星とは交差しないため、これらが起源の可能性を低くします。次に、恒星になる前のガスの塊である可能性は、X7の観測値や物理モデルとは適合しません。また、X7の独特の形状はいて座A*の潮汐力だけで十分説明可能で、いて座A*からの強力な放射や磁場の影響は低いとみられることから、電荷を持たない普通の粒子状物質……つまりG天体で推定されているようなガスや塵の塊である可能性を強くします。

【▲ 図3: X7とG3の軌道。その軌道は非常に類似していることが明らかにされ、恐らくは共通の起源を持つことが今回の研究で推定されました。 (Image Credit: Anna Ciurlo/UCLA) 】
【▲ 図3: X7とG3の軌道。その軌道は非常に類似していることが明らかにされ、恐らくは共通の起源を持つことが今回の研究で推定されました(Credit: Anna Ciurlo/UCLA)】

そして重大な手掛かりとして、X7は「G3」と名付けられているG天体のひとつと軌道が似ていることが明らかになりました。このことから、X7とG3は共通の起源を持つと推測されます。しかし、その一方でX7とG3は特徴が異なるため、細かな性質は異なると考えられます。

Ciurlo氏は他の可能性を除外した上で、X7とG3の起源は恒星の衝突ではないかと推定しました。この場合、G3にはガスに包まれて見えない恒星があると推定されます。一方、X7は衝突時にはじき出されたガスの塊であり、その内部に天体は存在しないと推定されます。こうしたガスの塊の中身の違いが、他のG天体とは異なるX7の性質の源であると推定されます。

今回の研究では、X7の正体と起源をある程度まで推定できたものの、決定的とは言えません。X7の正体を探るには、2036年の最接近時を含めた継続的な観測が必要となります。その時には、X7はいて座A*の潮汐力によって更に劇的な形状に変化することが予測されます。X7の正体は、今後のさらなる観測で判明するかもしれません。

 

Source

  • Anna Ciurlo, et.al. “The Swansong of the Galactic Center Source X7: An Extreme Example of Tidal Evolution near the Supermassive Black Hole”. (The Astrophysical Journal)
  • Holly Ober. “A mysterious object is being dragged into the supermassive black hole at the Milky Way’s center”. (University of California, Los Angeles)

文/彩恵りり

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