仮説上の「暗黒光子」を検出する装置を開発 たった1個の電子を磁気トラップで保持

この宇宙に銀河が存在している以上、その回転速度は重力で恒星を引き留められる限界の速度よりも低いはずです。ところが銀河の回転速度を実際に調べてみると、恒星の数をもとに見積もられた銀河の質量から推定される重力では、恒星を引き留めることが不可能なほど高速で回転していることがわかっています。この観測データは、光などの電磁波では観測できず、重力を通じてのみ間接的に存在を知ることができる「暗黒物質 ()」の存在を示唆しています。暗黒物質は電磁波で観測できる普通の物質の4倍以上もの量があると算出されているにもかかわらず、その正体は現在でも不明です。

正体不明の暗黒物質、その有力な候補の1つは未知の素粒子です。もしそうだとすれば、未知の素粒子はどのようにしてしあっているのでしょうか?

素粒子同士の基本は4つ (重力、電磁、強い相互作用、弱い相互作用) ありますが、暗黒物質の性質上、重力相互作用以外の基本相互作用は働いていないか、あるいは相当に弱いと推定されます。この場合、暗黒物質を構成する未知の素粒子同士は「5番目の基本相互作用」とでも形容すべき、これまた未知の相互作用で引き合っていると推定することもできます。

基本相互作用には力を媒介する素粒子(ゲージ粒子)がそれぞれ存在していますので、暗黒物質同士の相互作用を担うのも素粒子であるはずです。このような推定の元で考案されたのが「暗黒光子 (Dark photon)」です。暗黒光子という名前は、光を構成して電磁相互作用を媒介する光子に似た性質を持つものの、観測されていないことから付けられています。

ユニークなことに、暗黒光子はわずかながらも質量を持つと推定されています。これは質量がゼロの光子とは異なる特徴です。このため、暗黒光子は暗黒物質同士を結び付ける性質を持つとともに、それ自身も暗黒物質の一部を占めていると推定されています。

また、暗黒光子は、極めて弱いながらも電磁相互作用に反応すると推定されています。このため、暗黒光子は暗黒物質でありながら直接検出できる可能性があります。ただしその反応は極めて弱いと推定されるため、観測手段の技術面が追い付いていませんでした。

【▲ 図1: 1個の電子で暗黒光子を検出する装置の冷却装置 (左) と、電子が浮遊する磁気トラップ (右上) 。もし電子が暗黒光子と相互作用した場合、左下のような信号が検出されるはずである。この図のシグナルは模擬試験としてμ波照射によって人為的に生み出したものである。 (Image Credit: Xing Fan) 】
【▲ 図1: 1個の電子で暗黒光子を検出する装置の冷却装置 (左) と、電子が浮遊する磁気トラップ (右上) 。もし電子が暗黒光子と相互作用した場合、左下のような信号が検出されるはずである。この図のシグナルは模擬試験としてμ波照射によって人為的に生み出したものである。 (Image Credit: Xing Fan) 】

ハーバード大学のXing Fan氏らの研究チームは、暗黒光子を検出できる装置の開発と、実際に装置を用いた実験を行いました。電磁相互作用に反応する素粒子として良く知られているものに「電子」があります。現在の技術レベルならば、たった1個の電子を磁気トラップの中で真空中に浮遊させ、長期間維持することも可能です。

【▲ 図2: 極低温の磁気トラップにある1個の電子は最低のエネルギー状態にある。暗黒光子が電子に衝突すると、電磁相互作用によりエネルギーが与えられることで、電子は高いエネルギー状態になる。この状態は不安定なので、電子は与えられたエネルギーと一致する光子を放出して再び最低のエネルギー状態に戻る。これにより、暗黒光子の存在と質量を測定可能である。 (Image Credit: Harikrishnan Ramani) 】
【▲ 図2: 極低温の磁気トラップにある1個の電子は最低のエネルギー状態にある。暗黒光子が電子に衝突すると、電磁相互作用によりエネルギーが与えられることで、電子は高いエネルギー状態になる。この状態は不安定なので、電子は与えられたエネルギーと一致する光子を放出して再び最低のエネルギー状態に戻る。これにより、暗黒光子の存在と質量を測定可能である。 (Image Credit: Harikrishnan Ramani) 】

Fan氏らはこの技術を元に、暗黒光子を検出する装置を開発しました。1個の電子を磁気トラップの中で浮遊させ、背景にある無関係なノイズを排除するために極低温下に置きます。この状態になると、電子は最低のエネルギー状態に置かれることになります。

もしも暗黒光子が実在すれば、電子と時々衝突するはずです。すると、わずかながらも電磁相互作用で反応する暗黒光子は、電子にエネルギーを与えます。エネルギーを受け取った電子は再び最低のエネルギー状態に落ち着こうとしますが、この時に受け取ったエネルギーを普通の光子の形で放出します。この方法を利用すれば、暗黒光子の存在を直接検出できるだけでなく、その質量を知ることができるというわけです。

今回の研究では装置の開発にあわせて実際に実験が行われましたが、残念ながら7.4日間の実験中に有意な信号は検出されませんでした。実験の設定から、暗黒光子は0.6meV (1.1×10^-39kg、電子の約10億分の1) の質量では存在しない可能性があることがわかります。今回は実験期間が短かったので、より長時間の実験を行えば観測される可能性もありますが、期間中に観測ができなかったことから逆算して、体積あたりの存在数の上限値を定めることができます。

今回の実験手法は、設定を変えることで0.1meVから1meVの質量の範囲内で暗黒光子の存在を探索することができます。もしも暗黒光子が見つかれば、他の暗黒物質の存在も示唆されると共に、これまでの理論では予測されていない未知の素粒子が実在することを示す強力な証拠となります。逆に、暗黒光子の存在が見当たらないという結果になったとしても、暗黒物質の探索において重要な結果を提示することになります。

 

Source

  • Xing Fan, et.al. - “One-Electron Quantum Cyclotron as a Milli-eV Dark-Photon Detector”. (Physical Review Letters)
  • Ingrid Fadelli. - “Study demonstrates a new method to search for meV dark photons”. (Phys.org)

文/彩恵りり