深宇宙を観測するジェイム・ウェッブ宇宙望遠鏡の想像図
【▲ 深宇宙を観測するジェイム・ウェッブ宇宙望遠鏡の想像図(Credit: AlejoMiranda)】

宇宙に「銀河」が誕生したのは、宇宙誕生後どのくらい経ってからなのでしょうか?

銀河という物質密度の高い天体が誕生するには、重力で物質同士が引き合い、集合する必要があります。この物質同士が引き合う最初の段階は、宇宙誕生後の物質密度のわずかな違い(ゆらぎ)に由来すると考えられています。宇宙が誕生してから銀河が誕生するまでの時間は、初期宇宙の物質密度の違いがどの程度だったのかを決定するパラメーターとなります。

ただし、誕生から数億年程度の宇宙を観察するのは容易なことではありません。「過去の宇宙を観る」という行為は、「より遠い宇宙を観る」ことと同じであり、天体の見た目の明るさはそれだけ暗くなります。また、初期宇宙の銀河が放った光は宇宙の膨張によって波長が引き延ばされ、紫外線や可視光線は赤外線になります。赤外線は地球の大気をほとんど通過しないため、高性能な宇宙望遠鏡を打ち上げなければ初期宇宙の銀河の観察は不可能です。

2022年7月に稼働を開始した「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」は、初期宇宙の観察を大きな目的の1つとして打ち上げられた赤外線望遠鏡です。初期宇宙の観察プログラムはいくつかありますが、今回は「JADES (JWST Advanced Deep Extragalactic Survey)」というプログラムが大きな成果を公表しました。

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JADESプログラムは10か国・80人以上の天文学者で構成される国際研究チームであり、ウェッブ宇宙望遠鏡に搭載された近赤外線カメラ「NIRCam」と近赤外線分光器「NIRSpec」を使用して、初期宇宙の詳細な観測を目指しています。

今回観測された領域は「ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド」とその周辺部です。これは名前の通り、「ハッブル宇宙望遠鏡」が観察した空の領域を指す言葉です。視野に明るい恒星が含まれない領域として選ばれたハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールドの見かけの面積は、1m離れた場所にある1mm四方の紙片よりも小さなものですが、そこには推定1万個の天体が存在しており、当時の観測史上最も遠い天体であったものもいくつか含まれています。

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【▲ 図1: JADESプログラムで観測された領域全体と、その中でも特に遠いことが判明した4つの天体のスペクトルデータ。ライマンブレイク (Lyman break) の波長は、赤方偏移により長波長側へとシフトしており、ここから正確な距離の割り出しが可能となっている。 (Image Credit: NASA, ESA, CSA, M. Zamani (ESA/Webb), Leah Hustak (STScI)) 】
【▲ 図1: JADESプログラムで観測された領域全体と、その中でも特に遠いことが判明した4つの天体のスペクトルデータ。ライマンブレイク (Lyman break) の波長は、赤方偏移により長波長側へとシフトしており、ここから正確な距離の割り出しが可能となっている。 (Image Credit: NASA, ESA, CSA, M. Zamani (ESA/Webb), Leah Hustak (STScI)) 】

JADESプログラムではまず、10日以上のミッション時間でNIRCamを使用した観測が行われました。ミッション時間そのものはハッブル宇宙望遠鏡とほぼ同じですが、波長は4つから9つに増え、約15倍も広い範囲が観察されています。その結果、観測された範囲には約10万個もの天体が存在することがわかり、そのいくつかは極めて遠方にあることが推測されました。

次に、約28時間のミッション時間で約250個の天体を対象とした詳細なスペクトル分析が、NIRSpecを使用して行われました。その結果、赤外線の特定の波長が暗い「ライマンブレイク」が観察され、その波長が天体によって異なることがわかりました。ライマンブレイクの観察を通して、この天体は遠方にある銀河であることが証明されただけでなく、波長の変化度から距離を推定することもできます。その結果、特に4つの銀河が赤方偏移の値にしてz=10以上の極めて遠方に存在することが判明しました。

【▲ 図2: JADESプログラムで観測された、特に遠い4つの銀河。うち3つはこれまで知られていた最も遠い銀河を上回る値を持つ。また1つは、過去に観測されていた遠い天体であり、再観測による追試となった。 (Image Credit: 彩恵りり) 】
【▲ 図2: JADESプログラムで観測された、特に遠い4つの銀河。うち3つはこれまで知られていた最も遠い銀河を上回る値を持つ。また1つは、過去に観測されていた遠い天体であり、再観測による追試となった。 (Image Credit: 彩恵りり) 】

4つの銀河のうち「JADES-GS-z13-0」「JADES-GS-z12-0」「JADES-GS-z11-0」の3つは、それまでの最も遠い銀河の記録を保持していた「GN-z11」の値を上回り、現時点で観測史上最も遠い銀河の1位から3位を占めました。

また、「JADES-GS-z10-0」は「UDFj-39546284」の再観測であり、ハッブル宇宙望遠鏡の観測時よりも正確な測定がなされました。UDFj-39546284という名称は、ハッブル宇宙望遠鏡が初めて観察した時の名称であり、初観測では赤方偏移がz=10.3±0.8と算出されています。これは、観測当時最も遠い天体であることを意味していました。さらに後の観測では、より遠方に存在することを示すz=約11.9という値も主張されましたが、それとは逆に、もっと近くにある特殊なスペクトルを持つ天体を誤認しているという反論もあり、その正体を巡る議論がありました。JADESプログラムは今回、UDFj-39546284がJADES-GS-z10-0と同一の天体であるとして、最初の観測結果が正しかったことを裏付けています。

今回、JADESプログラムは大きな成果を発表しましたが、プログラムはまだ始まったばかりです。JADESプログラムでは2年間でのべ1か月強の観測期間が割り当てられているため、さらなる成果が発表されることが期待されます。

 

Source

  • B. E. Robertson, et.al. - “Discovery and properties of the earliest galaxies with confirmed distances”. (arXiv)
  • Thaddeus Cesari. - “NASA’s Webb Reaches New Milestone in Quest for Distant Galaxies”. (NASA/James Webb Space Telescope)
  • Linhua Jiang, et.al. - “Evidence for GN-z11 as a luminous galaxy at redshift 10.957”. (Nature Astronomy)
  • R. J. Bouwens, et.al. - “Photometric Constraints on the Redshift of z~10 candidate UDFj-39546284 from deeper WFC3/IR+ACS+IRAC observations over the HUDF”. (The Astrophysical Journal Letters)
  • Gabriel B. Brammer, et.al. - “A Tentative Detection of an Emission Line at 1.6 μm for the z~12 Candidate UDFj-39546284”. (The Astrophysical Journal Letters)

文/彩恵りり

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