図1: マーチソン隕石をはじめとした炭素質コンドライトの隕石には、アミノ酸のような比較的分子量の大きな有機物が含まれることが分かっていますが、その成因の詳細は分かっていませんでした。
【▲ 図1: マーチソン隕石をはじめとした炭素質コンドライトの隕石には、アミノ酸のような比較的分子量の大きな有機物が含まれることが分かっていますが、その成因の詳細は分かっていませんでした。 (Image Credit: United States Department of Energy / Public Domain) 】

太陽系の初期に形成され、その後ほとんど変質しなかったと考えられている「炭素質コンドライト」の隕石には、アミノ酸など比較的分子量の大きな有機物が含まれていることがわかっています。

炭素質コンドライトの起源と見られる天体は、たとえば宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ2」の探査天体である小惑星リュウグウや、アメリカ航空宇宙局(NASA)の小惑星探査機「オサイリス・レックス」(OSIRIS-REx、オシリス・レックスとも)の探査天体である小惑星ベンヌが候補です。

リュウグウについては、これまでの研究で炭素質コンドライトとの類似性やアミノ酸の存在がすでに示されています。一方、誕生直後の地球は高温であり、アミノ酸などの有機物は分解すると見られていることから、生命の源となるアミノ酸は、冷えた後の地球に炭素質コンドライトが落下することで供給されたと考えられています。

では、炭素質コンドライトに含まれるアミノ酸はどのように生成されたのでしょうか。これは長年の謎でした。星間塵の分析ではアミノ酸のような高分子はめったに見つからず、より単純な有機物や無機物が大部分を占めているため、アミノ酸はこれらの低分子化合物の化学反応によって生成されたと考えられています。しかし、炭素質コンドライトが形成されたと考えられている太陽系の外側の低温環境では、化学反応はほとんど停止してしまいます。実験の結果、それなりの量のアミノ酸が合成されるには、ある程度の熱と液体の水が必要であることがわかっています。

-PR-

太陽から遠く離れた環境における熱源の有力候補は、アルミニウムの放射性同位体「アルミニウム26」です。半減期が約72万年のアルミニウム26は現在の太陽系にはほとんど存在していませんが、初期の太陽系では豊富に存在していて、放射性壊変による崩壊熱が太陽光の届かない環境での主要な熱源だったと考えられています。

ただし、アルミニウム26は崩壊熱だけでなく、放射線のβ(ベータ)線とγ(ガンマ)線も放射します。このうちγ線はかなりのエネルギーを持つため、化学反応に影響した可能性がありますが、その点についての研究はほとんど行われてきませんでした。

横浜国立大学の癸生川陽子氏らの研究チームは、炭素質コンドライトの化学反応に対してγ線がどのように影響したのかを調べるため、次の実験を行いました。まず、炭素質コンドライトの内部で化学反応が進行する環境を再現するため、アンモニア、ホルムアルデヒド、メタノールといった低分子化合物を液体の水に溶かしました。これをガラス管に封入した後、アルミニウム26に代わるγ線源としてコバルト60 (※) を用意し、γ線を照射しました。そして様々な時間と強度でγ線を照射したとき、どのような物質が生成されているのかを分析しました。

※…アルミニウム26の半減期約72万年は、実験を行うには長すぎます。コバルト60の半減期は約5.27年であるため、実験に適しています。アルミニウム26とコバルト60では放射されるγ線のエネルギーが異なるものの、化学反応に違いをもたらすほどではないと仮定して実験を行っています。

-ad-
【▲ 図2: 様々な実験条件下でのアミノ酸の種類と生成量を表したグラフ。一般的にγ線の照射量が増えるほどアミノ酸の生成量も増えていることが分かる。 (Image Credit: Kebukawa, et.al.) 】
【▲ 図2: 様々な実験条件下でのアミノ酸の種類と生成量を表したグラフ。一般的にγ線の照射量が増えるほどアミノ酸の生成量も増えていることが分かる。 (Image Credit: Kebukawa, et.al.) 】

その結果、ガラス管内の溶液中では様々な種類のアミノ酸が生成され、γ線の強度や照射時間が増加するほど、生成量も増加することが示されました。最も照射量を与えている20万グレイ (2万グレイ×10時間) の条件では、炭素全体のうち0.14%がアミノ酸になっていることがわかりました。

分析の結果、アラニン、グリシン、α-アミノ酪酸、グルタミン酸などのα-アミノ酸や、β-アラニン、β-アミノイソ酪酸などのβ-アミノ酸が精製されていることがわかりました。特にγ線の量と生成量が相関していたのは、アラニンおよびβ-アラニンでした。

【▲ 図3: 今回の実験で示唆されるアミノ酸の生成プロセス。凍った天体の内部でアルミニウム26の崩壊が起こると、熱せられた水の状態が氷から液体へと変化し、アンモニアやホルムアルデヒドなどの低分子化合物からアミノ酸が生成されると考えられる。 (Image Credit: Kebukawa, et.al.) 】
【▲ 図3: 今回の実験で示唆されるアミノ酸の生成プロセス。凍った天体の内部でアルミニウム26の崩壊が起こると、熱せられた水の状態が氷から液体へと変化し、アンモニアやホルムアルデヒドなどの低分子化合物からアミノ酸が生成されると考えられる。 (Image Credit: Kebukawa, et.al.) 】

この結果から、次のような反応が起こっていると推定できます。アンモニア、ホルムアルデヒド、メタノールといった初期段階の分子は、γ線の強力なエネルギーによって部分的に切断され、ラジカルになります。ラジカルは不安定であり、すぐに他の分子と結合して安定になろうとします。この反応が重なることで、偶然アミノ酸となる反応が進行した、と考えられます。これは、低分子化合物からアミノ酸を合成するストレッカー反応と似たような化学反応が、γ線によって促されたことを示しています。

生成されたアミノ酸は、水が液体として存在する0℃以上の環境では徐々に分解してしまいます。たとえばアラニンの場合、室温下では約1500万年で50%が、約1億5000万年で99.9%が分解すると推定されています。50%が分解されるまでの時間は、50℃では約1万年、80℃では約1000年に短縮されます。

しかし、アミノ酸は低温環境ではかなりの安定性を得るため、一度生成されたアミノ酸が数十億年後の現在も検出されることはあり得る話です。実際、炭素質コンドライトの1つであるマーチソン隕石に含まれるアラニンおよびβ-アラニンの量は、今回の実験で生成されたアラニンおよびβ-アラニンの量とよく一致しています。マーチソン隕石に含まれる量が生成されるには1000年から10万年程度の期間が必要だと考えられますが、生成される量はその期間内に分解される量をはるかに上回ると考えられます。このことから、今回の実験結果はかつて炭素質コンドライトの内部で起きた化学反応を再現していると考えられます。

今回の結果は、宇宙のどこにでも存在する低分子化合物から、アミノ酸のように比較的分子量の大きな有機物を生成する環境が太陽系の初期にあったことを示しています。これは、生命の元となる分子が宇宙のどこに存在するのかという、地球や他の星の生命に関する研究に影響を与える可能性があります。

 

Source

  • Yoko Kebukawa, et.al. “Gamma-Ray-Induced Amino Acid Formation in Aqueous Small Bodies in the Early Solar System”. (ACS Central Science)
  • ACS Newsroom. “Meteorites plus gamma rays could have given Earth the building blocks for life”. (ACS Central Science)

文/彩恵りり

-ads-

-ads-