地球には大気や水があるため、金属鉄を放置すればすぐに錆びてしまいます。ところが、大気も水もない月面では金属鉄は錆びません。月は酸素などの酸化剤に乏しいため、鉄は基本的に酸化鉄よりも金属鉄 (Fe0) のままで存在します。特に、高度な酸化の結果として生じる3価の鉄 (Fe3+) は、月にはほとんど存在せず、少量の2価の鉄 (Fe2+) が硫化物やケイ酸塩鉱物の形で見つかることがほとんどです。

一方、月には予想外に強い磁場が存在するという長年の謎があります。最も強い磁力を持つ鉱物と言えば「磁鉄鉱(Magnetite)」です。和名も英名も強い磁力を持つことに由来する磁鉄鉱は、砂場で磁石を転がすとくっつく砂鉄の主成分であり、地球ではおなじみの鉱物です。しかし、磁鉄鉱は3価の鉄を含むため、高度な酸化環境でないと存在しない鉱物です。

過去の研究では、月に多くの磁鉄鉱が存在するという証拠はあまり示されていません。たとえば、アポロ計画では月の表面で直接土壌の分析が行われましたが、磁鉄鉱の存在は示唆程度に留まり、確定的な結果ではありませんでした。後年のリモートセンシング技術による上空からの調査では、表面に大量の3価の鉄の存在が示唆されたものの、どのような化学形態や分布を持つのかは不明です。

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月土壌の直接分析でマイクロメートルスケールの磁鉄鉱が見つかったケースはありますが、これは炭素に富む隕石や彗星の衝突によって一次的に生成された酸化環境で生じた磁鉄鉱であると考えられています。そのような衝突はめったになく、衝突時に生成された磁鉄鉱は月表面のごく一部にしか存在しないとみられています。このため、磁鉄鉱は月表面に広く分布するのか、そうだとすれば成因は何か、というのは長年の謎でした。

中国科学院地球化学研究所のZhuang Guo氏らの研究チームは、2020年12月に月探査機「嫦娥5号」が持ち帰った月土壌の詳細な分析を行い、この謎を明らかにしたと発表しました。嫦娥5号が着陸した月の表側にあるリュムケル山付近は、アメリカや旧ソ連による月探査ミッションの着陸地点よりも若い、約20億年前の玄武岩が広がっている地域です。分析の結果、サンプルのほとんどは採集地点に由来し、5%未満は採取地点付近のクレーター (アリスタルコス、シャープB、コペルニクス、ハーディング) から飛ばされてきた物質であることが判明しました。月における地質活動の乏しさを考慮すると、このクレーター由来の物質は、天体衝突時に起こる化学変化の内容をそのまま留めていると考えられます。

【▲ 図: 球状の硫化鉄 (Iron sulfide) の電子顕微鏡写真と元素分布。硫化鉄の組成を持つ鉱物であるトロイリ鉱 (Tro) や磁硫鉄鉱 (Po) の粒子の表面に金属鉄 (Fe0) が、内部には金属鉄と共に磁鉄鉱 (Mag) の微細な粒が見られる。 (Image Credit: Guo, et.al.) 】

【▲ 図: 球状の硫化鉄 (Iron sulfide) の電子顕微鏡写真と元素分布。硫化鉄の組成を持つ鉱物であるトロイリ鉱 (Tro) や磁硫鉄鉱 (Po) の粒子の表面に金属鉄 (Fe0) が、内部には金属鉄と共に磁鉄鉱 (Mag) の微細な粒が見られる。 (Image Credit: Guo, et.al.) 】

そこで、研究チームは月土壌サンプルの中から球形に近い形を持つ、直径2µm (0.002mm) 未満の硫化鉄を選び出し、電子顕微鏡による観察や元素組成の分析を行いました。すると、硫化鉄の表面や内部構造は複雑であり、表面には金属鉄、内部には金属鉄と磁鉄鉱が、サブマイクロメートルスケール (約100nm=約0.1µm) という極めて小さな粒として存在することが明らかにされました。角張っている形の硫化鉄ではそのような複雑な構造や化学組成の変化は見つからないことから、球形に近い硫化鉄の粒は一度高温で融けた後に表面張力で雫型になったこと、その時に受けた化学変化の結果として表面・内部の複雑な構造が作り出されたと考えることができます。

このような「金属鉄+硫化鉄+酸化鉄」という組み合わせは、先述のような炭素に富む天体の衝突で生じる酸化環境では生成しにくいものと考えられています。粒子に存在する他の鉱物の組成や分布、微細な空洞の存在などから、もっと高温の環境にさらされたことが示唆されます。具体的には、以下の化学変化が生じたと推定されています。

1. 天体衝突により高温が発生。硫化鉄 (FeS) は融解し、ケイ酸塩鉱物から準安定な酸化鉄 (FeO) の気体が発生する。
2. 高温により硫化鉄が分解して金属鉄ができる (2FeS → 2Fe + S2) 。または硫化鉄と酸化鉄が反応して磁鉄鉱ができる (2FeO + FeS → 3Fe + SO2) 。
3. 反応によって生じた硫黄 (S2) や酸化硫黄 (SO2) は、月の真空環境では気体として速やかに逃げ出し、サンプルには残らないが空隙を作る。

炭素に富む天体の衝突で生じる酸化環境は約500℃と推定されますが、今回の研究で示唆される環境は最低でも1000℃、おそらくは2000℃を超えていたと推定されています。これほどの高温が必要なのは、磁鉄鉱を生成する化学反応では準安定な酸化鉄 (FeO) の気体が生成される必要があるからです。これはおそらくケイ酸塩鉱物の分解によって生じると推定されています。つまり、月土壌の磁鉄鉱はそれだけの高温が生じる巨大衝突に起源を持つことになりますが、このような衝突は頻度が高いため、月面に磁鉄鉱が広く分布することの説明にもなります。

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今回の研究では、月ではあまり注目されていなかった磁鉄鉱の分布や生成過程に関する重要な説明がなされました。これほど微細な鉱物の分布は、過去の分析では技術的に手が届かず、見逃されていた可能性もあります。今回の分析結果を受けて、月表面の物質組成への理解が変わるかもしれません。

 

Source

  • Zhuang Guo, et.al. “Sub-microscopic magnetite and metallic iron particles formed by eutectic reaction in Chang’E-5 lunar soil”. (Nature Communications)
  • 侯茜. “地化所在嫦娥五号月壤中首次发现撞击成因的亚微米级磁铁矿”. (中国科学院地球化学研究所)

文/彩恵りり

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