こちらは「ジェイムズ・ウェッブ」宇宙望遠鏡の「近赤外線分光器(NIRSpec)」を使って取得された「ヘルクレス座」のクエーサー「SDSS J165202.64+172852.3」(以下「SDSS J1652+1728」)の画像です。アメリカ航空宇宙局(NASA)によると、このクエーサーは今から約115億年前の宇宙に存在していました。
クエーサー(quasar)は、銀河中心の狭い領域から強い電磁波が放射されている活動銀河核(AGN:Active Galactic Nucleus)の一種で、活動銀河核のなかでも特に明るいタイプを指します。その活動の原動力は、質量が太陽の数十万~数十億倍にも達する超大質量ブラックホールだと考えられています。
一見するととてもカラフルな天体のように思えますが、ウェッブ宇宙望遠鏡は人の目で捉えることができない赤外線を主に利用して観測を行うため、公開されている画像の色は人の目で見た場合とは異なります。SDSS J1652+1728の場合、ウェッブ宇宙望遠鏡は2階電離した酸素原子からの光を捉えていて、画像の色は電離した酸素ガスの速度(※)に応じて着色されています。
※…クエーサーに対する視線方向の相対速度。クエーサーと比べて、青は地球へ近づく方向に動いているガス、オレンジや赤は地球から遠ざかる方向に動いているガスで、緑は視線方向の速度がクエーサーと同じガスを示している。地球から遠ざかる方向を正(プラス)とした場合の相対速度は、青:秒速マイナス350km、緑:秒速0km、オレンジ:秒速370km、赤:秒速700km。
NASAによれば、SDSS J1652+1728は既知のクエーサーのなかで最も強力なものの一つであり、その活動が銀河風(銀河の内部から外部へとガスが流れ出る現象)を引き起こすことで、将来の星形成活動に影響を及ぼす可能性があると考えられてきました。そこで、ハイデルベルク大学の天文学者Dominika Wylezalekさんが率いる研究チームは、天体の光のスペクトル(電磁波の波長ごとの強さ)を得る分光観測をウェッブ宇宙望遠鏡の視野全体に対して行えるNIRSpecを使って、このクエーサーを取り巻くさまざまなガスの流れや風の動きを調べました。
その結果は驚くべきもので、SDSS J1652+1728は単一の銀河ではなく少なくとも3つの巨大な銀河に囲まれており、クエーサーの周囲で原始銀河団が形成されつつあることがわかったといいます。「これほど早い時代で知られている原始銀河団はほとんどありません。発見するのが難しいことと、ほとんどの場合はビッグバン以降、形成するための時間がなかったからです」(Wylezalekさん)
確認された3つの銀河の動きをもとに、研究チームはこのクエーサー周辺について、初期宇宙の銀河形成における最も高密度な領域のひとつだと確信しています。Wylezalekさんは、暗黒物質(ダークマター)の巨大なハロー(暗黒物質のかたまり)2つが合体しつつある領域を観測している可能性が高いとコメント。研究チームは予想外の発見となったこの原始銀河団を追跡調査する計画を立てており、このように密集し混沌とした銀河団がどのようにして形成されたのか、その中心にある活発な超大質量ブラックホールからどのような影響を受けているのかを理解したいと考えています。
ウェッブ宇宙望遠鏡が観測したSDSS J1652+1728の画像は、NASA、欧州宇宙機関(ESA)、そしてウェッブ宇宙望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡を運用する宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)から2022年10月20日付で公開されています。
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Source
- Image Credit: ESA/Webb, NASA & CSA, D. Wylezalek, A. Vayner & the Q3D Team, STScI; Science: Dominika Wylezalek (ZAH), Andrey Vayner (JHU), Nadia Zakamska (JHU), Q-3D Team; Image Processing: Leah Hustak (STScI)
- NASA - NASA’s Webb Uncovers Dense Cosmic Knot in The Early Universe
- ESA - Webb uncovers dense cosmic knot in the early Universe
- STScI - NASA’s Webb Uncovers Dense Cosmic Knot in the Early Universe
- ESA/Webb - Webb Uncovers Dense Cosmic Knot In The Early Universe
文/松村武宏