NASA火星探査機「インサイト」の着陸地点、深さ300mまで水の氷が存在しない可能性
【▲ NASAの火星探査機「インサイト」の想像図(Credit: NASA/JPL-Caltech)】
【▲ NASAの火星探査機「インサイト」の想像図(Credit: NASA/JPL-Caltech)】
【▲ NASAの火星探査機「インサイト」の想像図(Credit: NASA/JPL-Caltech)】

カリフォルニア大学サンディエゴ校スクリップス海洋研究所の地球物理学者Vashan Wrightさんを筆頭とする研究チームは、アメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査機「InSight(インサイト)」の観測データを分析した結果、インサイトの着陸地点では表面から深さ300mまで水の氷がまったく存在しないか、あるとしてもわずかであるとする研究成果を発表しました。

■インサイトの足元は深さ300mまで水がほぼ存在しない可能性

火星の赤道付近に広がるエリシウム平原へ2018年11月27日に着陸したインサイトは、火星の内部構造解明を目的に開発された探査機です。2019年4月、インサイトの火星地震計「SEIS(Seismic Experiment for Interior Structure)」は史上初めて火星の地震(marsquake=火震)を検出することに成功しました。SEISは2022年6月までに1300件以上の地震を検出しており、地震波の解析を通して火星のコア(核)が液体であることをはじめ、コアのサイズ、地殻の厚さなどが判明しています。

【▲ 火星のエリシウム平原に設置されている火星地震計「SEIS」(中央のドーム状の装置)(Credit: NASA/JPL-Caltech)】
【▲ 火星のエリシウム平原に設置されている火星地震計「SEIS」(中央のドーム状の装置)(Credit: NASA/JPL-Caltech)】

関連:【前編】火星の内部構造が明らかに NASAインサイトのデータより

Wrightさんによると、インサイトのSEISで検出された地震波のデータを分析した研究チームは、火星の地殻が多孔質で弱く、堆積物が十分に膠結作用(※)を受けていないことを発見しました。分析の結果、インサイトの着陸地点では深さ300m以内にある堆積物の空隙を満たしているのは主に気体で、水の氷は存在しないか、あったとしても空隙を占める割合は少なく(20パーセント以下)、水の氷や液体の水で飽和した層は存在しないと研究チームは考えています。

※膠結作用(こうけつさよう)…緩い堆積物が硬い堆積岩へと変化する作用の一つ。セメント化。

古代の火星表面には湖や海が形成されるほどの水があったと考えられていますが、現在は失われています。水は大気の高層まで運ばれた水蒸気が紫外線によって分解されたり、火星の内部に取り込まれたりして表面から失われたとみられていますが、表面から比較的浅いところには今も水が存在するのではないかと考えられています。

たとえば、火星の北極周辺に広がるボレアリス盆地では、2008年5月に着陸したNASAの火星探査機「フェニックス」によって、表面下ごく浅いところで水の氷とみられる物質が見つかっています。また、欧露の周回探査機「トレース・ガス・オービター(TGO)」の観測データをもとに、火星の赤道付近にあるマリネリス峡谷(長さ約4000km)の中央付近では、地下の比較的浅いところに大量の水が氷や含水鉱物の形で存在する可能性も指摘されています。

【▲ NASAの火星探査機「フェニックス」がロボットアームで地表を掘ったところ、深さ7~8cmのところに水の氷とみられる物質が見つかった。2008年6月撮影(Credit: NASA/JPL-Caltech/University of Arizona/Texas A&M University)】
【▲ NASAの火星探査機「フェニックス」がロボットアームで地表を掘ったところ、深さ7~8cmのところに水の氷とみられる物質が見つかった。2008年6月撮影(Credit: NASA/JPL-Caltech/University of Arizona/Texas A&M University)】

関連:火星のマリネリス峡谷に大量の「水」が存在する可能性、欧露の探査機が検出

しかし、少なくともインサイトの着陸地点周辺では、地下の浅いところに何らかの形で水が存在する可能性は低いようです。「鉱物を結びつけていない氷の粒子が存在する可能性は残されています。問題は、そのような形で氷が存在する可能性がどれくらいあるのかという点です」(Wrightさん)

■地球外生命探査や有人火星探査でも注目される「水」

地球と比べて大気が薄く、磁場を失った火星の表面は生命にとって過酷な環境ですが、放射線から保護されている上に水が存在するかもしれない地下であれば、今も生命が存在しているかもしれません。また、採掘しやすいほど浅いところにある水の氷は、将来の有人火星探査計画で飲用水や燃料として活用できる可能性もあります。

現在、NASAと欧州宇宙機関(ESA)は共同で「火星サンプルリターン(MSR:Mars Sample Return)」計画に取り組んでいます。2021年2月に着陸した火星探査車「Perseverance(パーシビアランス、パーセベランス)」はその一環として岩石サンプルを集めていますが、Perseveranceで採取できるのは火星表面のサンプルに限られます。

【▲ 最新の内容を反映した「火星サンプルリターン計画」のイラスト(Credit: NASA/ESA/JPL-Caltech)】
【▲ 最新の内容を反映した「火星サンプルリターン計画」のイラスト(Credit: NASA/ESA/JPL-Caltech)】

関連:欧米の火星サンプルリターン計画、サンプル保管容器を回収する小型ヘリ搭載へ

そのいっぽうで、NASAは高緯度地域の地下2mからサンプルを採取する「マーズ・ライフ・エクスプローラー(MLE:Mars Life Explorer)」ミッションを今後10年間の優先事項に掲げており、MSR計画の後を見据えて動き始めています。

また、NASA・宇宙航空研究開発機構(JAXA)・カナダ宇宙庁(CSA)・イタリア宇宙機関(ASI)は、火星地下に埋蔵されている液体の水や氷のマッピングを目的とした国際火星探査計画「マーズ・アイス・マッパー(MIM:Mars Ice Mapper)」の検討を進めています。合成開口レーダー(SAR)を搭載する予定のMIM周回探査機によって、将来の火星における生命探査や有人火星探査を実施する場所が選ばれることになるかもしれません。

【▲ 火星表面下の水や氷の分布を観測する「マーズ・アイス・マッパー(MIM)」のイメージ図(Credit: NASA)】
【▲ 火星表面下の水や氷の分布を観測する「マーズ・アイス・マッパー(MIM)」のイメージ図(Credit: NASA)】

 

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文/松村武宏